第二百七十話 『本物の』
「…………え……?」
思わぬ名詞が耳に入り、黒い顔を上げるソル。
マビュートは正解を引き当てたような、満足した表情を浮かべている。
「ソルちゃん? 貴女のご両親は人間かしら?」
「…………人間……です……」
「……あらそう……? ……じゃあ、違う……?」
「……違います……。私も私の家族も、人間です……。れっきとした……」
「いやいや、その姿で言われてもねえ。……まあ、こうやって私とお話できる理由が分からないのは確かだけど……」
ソルの中にアンヴァサイトがいないことは確認済みのマビュート。
でもこの姿は間違いなく、かつて何度も見た自分の子供。
……いや、もしかしたらソルが嘘をついているのかもしれない。
……そうなったら、これ以上理由を考察する意味は薄い。
「…………まあいいわ。気にならないといったら嘘だけど、貴女が違うというのなら、これ以上聞いても仕方ないしね」
そう言うマビュートだが、彼女は既に結論を出している。
ソルは違うと言ったが、先程の自分の予想は概ね正しいと。
ソルは嘘を憑いているわけではない。
知らないのだろう。
両親ではないかもしれないが、血縁者にアンヴァサイトが間違いなくいる。
対するソルは、震えながら頭を回転させていた。
マビュートの先の質問。
ソルは否定で答えたが、確信が持てていた訳ではない。
何故ならソルは、父親と会ったことがないから。
彼女が物心つく前、父は既に他界していた。
母と姉が言うには、自分が生まれてすぐに亡くなったらしい。
……もしかしたら。
二人は口にしなかったが、父親は『そう』だったのかもしれない。
いや、マビュートがそう予想してきた以上、限りなくその可能性は高いだろう。
……妙な感じだ。
長年憎み続けていたこの姿。
この女から産まれ、それが父、そして自分に降りてきた。
その姿を自分の物とし、その産みの親に牙を向けている。
そしてこの女は、会ったこともない父の仇なのかもしれない。
でも、怒るべきなのか、悲しむべきなのか、どういう感情になればいいのか分からない。
……いや、真実がどうかは今は確かめようがない。
ただ、この場ではこの運命を受け入れ、得た力を持って、皆を護ることだけ考えればいい。
ソルは、戦う目に戻った。
「……いいわね。そうこなくっちゃ。ごちゃごちゃ考えるのはよしましょう。私たちはただ、戦えばいいのよ」
「…………クッ……!!」
鋭利な牙と爪を剥き出しにし、一気に戦闘態勢へと入るソル。
マビュートも相変わらず笑みを浮かべながら、両の拳を握り構える。
「…………ウアアッ!!!」
雄叫びとともにソルが仕掛けた。
肉を引き裂くように爪を立て、マビュートへと振り下ろす。
「…………ふっ。……やっぱり、これくらいよねえ……。残念っ!!!」
再び右ストレートを噛ますマビュート。
ソルは痛みに吠えながら壁へと打ち付けられ、胸を押さえながら踠いている。
「……あーあ……。半端なのが惜しいわねえ。久し振りだし、百パーセントの力が見たかったけど、コントロールされちゃ、こんなものよね」
アンヴァサイトをマビュートが作り出す目的。
それは、自分の遊び相手、つまり、戦う相手を作るためである。
かつてのマビュートは暇な時、これを何でもない人に取り憑かせ、力試しがてら殺しまくっていた。
思考や理性はいらない。
ただ、破壊だけを求める怪物の方が都合がいいから、そうなるようにした。
一匹で長く楽しみたいという彼女の要望に応えるように、産み出せる魔物は、『耐久力』を一番の武器とするものになっていった。
それこそが、マビュートの強さの理由の一つ。
彼女は時間さえあれば、自分で作った怪物と戦っていた。
だが、その過程でパワーダウンしたソルに、そんな耐久力は備わっていない。
強さだって、存分には引き出せていない。
マビュートにとっては、赤ん坊状態だろう。
「……限界そうね。ソルちゃんもティローナさんも、もう引き出せるものは無さそうだし、そろそろ次の相手を探しに行くかしら。貴女達を殺してからね」
決着へと向かうマビュート。
まずは一番近くにいるソルへと手を伸ばす。
「やめて!!!」
「あら」
その前に立ちはだかるティローナ。
ソルを庇うようにマビュートの射程へと割って入る。
そのまま正拳突きを繰り出すが、
「貴女から先の方がいいかしら!?」
「うわっ……!!」
軽々と躱され、逆にカウンターを貰ってしまう。
特に順番を決めていないマビュート。
標的をティローナへと移し、彼女に迫る。
「……グアアアッッ……!!」
その前に、背を向けたマビュートにソルが吠える。
怪物ならではの攻撃。
口から渾身のゲロビームを放出した。
「……!! ふんっ……!!」
だが、放った攻撃はいとも簡単に素手で掻き消された。
「……そんな…………」
「効かないわよ。でも、こう邪魔されると面倒くさいわね。同時に行くかしら」
触手。
マビュートの背中から生えている五本の触手が伸び出した。
そして、五本はティローナに襲い掛かっていく。
「っ…!! うああっ……!!」
本体はまたソルの元へ。
拳を強く握りしめ、怪物の顔面を殴打する。
三発で、ソルの背中は地面についた。
「……面白いものが見れたわ。一応お礼を言っておくわね。ソルちゃん。ありがとう!!」
感謝の言葉と共に拳を振りかぶるマビュート。
完全に終わらすべく、急所へと狙いを定めながら。
……しかし、
「……!!」
その拳は僅かに軌道がそれ、急所には命中しなかった。
痛みの声を上げるソルだが、その命は首の川一枚繋がっている。
「……ソルから……離れろ……!! ババア……!!」
「……まだあの子がいたか……。それにしても、邪魔が本当に好きねえ。貴方たちは」
ソルから回復を受けていたラフェル。
何とか身体を起こし、マビュートの攻撃を反らしていた。
マビュートは特に気にすることなく、もう一発ソルへと拳を入れる。
「やめろっていってんだろっ!!!」
「……速いわね」
トップスピードで距離を詰め、マビュートをソルから遠ざけるラフェル。
一人、マビュートに挑む。
だが、
実力の差は明白。
終わりを見据えたマビュート相手では、数十秒と持たない。
「こっちも終わったようね」
隣ではティローナが倒れている。
五本の触手に、全身を串刺しにされながら。
ソル、ラフェル、ティローナ。
ここに集った三人の戦士が、動きを停止した。
「――――じゃあ、さよなら。…………何!?」
だが、動き出している者がまだ一つ、いた。
それは、ソルでもラフェルでもティローナでもなく。
「ヴウウアアアアッッ!!!」
少女に眠る、『本物の怪物』




