第二百六十七話 『恐怖を払う』
――――何を言ってるの……?
鳥肌を立てながら一歩後退るティローナ。
目の前の女性から、底知れない恐怖を感じ取り、戦いの拳を引っ込める。
カルダは通じない。
そう思った矢先に、何を言い出すんだ。
「そんな顔しないでよティローナさん。貴女にとっても悪い話ではないはずよ。貴女のカルダはまだ、生きてるんだから……ね!!!」
壊れた腕をブラブラさせながら、満面の笑みで口を開くマビュート。
その姿もまた、ティローナの戦意を鈍らせる。
「――――さあさあっ!! どんどん打ってきなさいっ!! 全て受け止めてあげるわっ!!!」
「……っ……!!」
敵の理解が全く出来ないティローナ。
意味が分からない。
こんな人に会ったことはない。
彼女の揺るぎない自信に怯えが付き始めた。
「……その顔……どうしたの? ここ、空いてるわよ?」
まだ破裂していない右頬を指差しながら、「打ってこい」とばかりにアピールするマビュート。
それを見たティローナは、
「…………はあっ……!!」
溢れ出る恐怖を抑え込み、カルダの力で指差す方へと拳を突き刺した。
ボンッと破裂音が町に鳴り響き、マビュートの顔に更に傷が生まれる。
「……やっぱり面白いわね。この感覚、堪らないわ」
「えっ……!?」
「…………でもね、さっきの方がよかったわ……。ティローナさん……貴女今、鈍ったわね、拳が」
「……え……?」
「……どうしてかしら? ……まさか、怖がっているの?」
「……いや、そんなこと……」
「貴女の覚悟はそんなものだというの!!? せっかくいい力を持っているのに!! 失望させないでよ!!」
急にキレ出したマビュートの拳がティローナに炸裂。
鈍い音を立てながら、ティローナの身体を吹き飛ばす。
「ごはっ……」
ノーガードでモロに喰らった。
敵の言葉に動揺し、反応が遅れた。
……それに、立てない。
いつもならすぐに立てるのに。
身体が鈍い。
足が重い。
「早く立ちなさい!! 私を楽しませなさい!! ティローナさん!!!」
……倒せる気がしないからだ。
カルダを楽しもうとする敵の異常さに、拳が出せなくなるほど動揺している。
見る限り、敵の身体はかなりボロボロ。
それなのに、眩しいほどに笑いながら、拳のおかわりを要求してくる。
強い上に、恐い。
そんな彼女に、勝機が見えない。
戦意を見い出せない。
みんなのために、立ち上がらなきゃいけないのに。
体ではなく、心が悲鳴を上げている。
「………………何……何よおっ!!!! どうしたっていうの!!? さっきまであんなに自信たっぷりだったのに!? 冗談じゃないわ!!!」
転がりっぱなしのティローナに、地団駄を踏むマビュート。
彼女からしてみれば、超久しぶりに起きたら、物凄い楽しい遊び相手がいきなり現れたと思ったのに、その相手がこれまたいきなりふて寝を始めたようなものだ。
当然、もう一回遊ぼうと起こそうとする。
「……しょうがない。無理矢理にでも起きてもらおうかしら……。簡単に死なないでよね!!?」
まだ起き上がらないティローナに痺れを切らし、急接近するマビュート。
まだまだ、遊び足りないという感じだ。
勝機は見えなくても、敗北は許されない。
そんな思いで、ティローナは何とか体を起こす。
が、
「うあっ……!!!」
起き上がった瞬間に飛び蹴りが飛んできた。
せっかく起きたのに、また地に寝かされる。
「何よその顔は!!!? 勝つのを諦めたかのような顔だわ!! 情けないっ!!! あの美しい目に戻るまで、説教よっ!!!」
今度は間髪入れずに来た。
理不尽に激怒しながら、更にティローナに襲い掛かる。
「(……避けないと……。ダメだ……間に合わない……)」
回避する時間がない。
これでは、マビュートの連撃が止まらない。
そう思った時、
「……んんっ……!? 何……!? これは!?」
何処からか吹き出した突風が向かい風となり、マビュートの接近を遅らせた。
その生まれた時間に起き上がったティローナは、急いで敵との距離を取る。
「……今の風……。人為的な物ね……。どこにいるのかしら!? 出てきなさい!!!」
「言われなくても今出てくよ。おばさん」
西に見える民家の屋根の上。
そこから顔を覗かせる、少年。
「……ラフェルくん……!!」
聖鳳軍二軍、ラフェル・フルミーネ。
翔英唯一の同期であり、史上最年少で聖鳳軍の一員となった天才児が、そよ風と共に颯爽と現れた。
「……お坊ちゃん。初対面の人に「おばさん」と呼ぶのは失礼よ。その辺の教育はママにされてないのかしら?」
「何言ってんのさ。ティローナ姉ちゃんのこと傷つけるようなババアに、そんな配慮するわけないだろ」
「……ババア……ねえ……。……分かったわ。それなら、私が教えてあげるわ!!! 敬うべき強者に対しての態度ってのをねえ!!!」
対ティローナの邪魔をされたことに加え、地雷となるワードを浴びせられ、大人げなく激怒するマビュート。
ティローナへの狙いを一旦忘れ、屋根の上のラフェルへと肉食動物のように襲い掛かる。
「ラフェルくんっ……!!」
ラフェルの名前を呼ぶティローナだが、彼女の手は間に合わない。
だが、当のラフェルは全く動じず動こうともしていない。
「言い忘れたけど……その道、気を付けてね」
「はあっ!? 何をっ……!?」
「獲物を狙ってるからさ」
「……なっ……!! おえっ……!!」
ラフェルへの道中の開けた道路。
そこで、マビュートは右に光を見た。
そちらへと顔を向けた同タイミング、光の正体がマビュートの顔面にぶち当たる。
「……!? あれは……」
「……ふぅ……。上手く当たってよかったです……」
「……ソルっ!!!」
聖鳳軍二軍、ソル・スエリア。
姉譲りの炎魔法をぶつけたのは、彼女だった。
ラフェルが敵を誘き寄せて、予めエネルギーを最大に溜めていたソルが魔法を見舞う。
先程合流していた二人の作戦は、無事に決まった。
「ナイスソル!! 次は……俺だっ!!!」
間髪入れずにラフェルが竜巻を落とす。
マビュートはその中心で身体を痛めながら猛回転。
「はあっ……!!」
更にその隙にソルが爆破。
渦の中心で、爆発を起こす。
「うああっ……!!」
中でマビュートの痛そうな声が聞こえる。
あの時から更に洗練された二人の魔法の組み合わせが、強大な敵へと牙を向いた。




