第二百六十六話 『戦いへの愉楽』
――――何をしたの……?
知らぬ間に腕が破壊され、今殴られた頬も破壊されている。
破裂した顔面でティローナを見つめながら、状況を分析するマビュート。
「(……私の顔……あの子に殴られてこうなった……。……ということは、この腕は……あの時か……)」
先程一度拳を受け止められた時、軽く殴られていた事を理解する。
この二つのダメージは、同じ原理。
ティローナの拳をもらったからだ。
「どういう理屈なのかしら? これは?」
思わぬ反撃を貰ったことで、ティローナへの興味を強めるマビュート。
攻撃の原理を知ろうと、再び彼女との会話を試みる。
「…………私の技って事は教えてあげるよ。それにしても、効いてて安心した」
「……そ。……ま、正直理屈なんてどうでもいいわ。ただ貴女が、可笑しな力を持ってるってことが分かったからね」
……今の会話で安心したことがある。
ティローナは、この魔物が「カルダ流を知っているのではないか」、あるいは「対処方法を知っているのではないか」と予想していた。
だから使うのを少し躊躇った。
かつての使い手が仲間にいたのだ。
情報が共有されていてもおかしくない。
だが、今分かった。
こいつは、カルダを知らない。
こいつに、カルダは有効だ。
切り札である力を構えるティローナ。
トライフは他の仲間とはほとんど話していないため、また、上級魔物がティローナと接触するのを妨害していたため、カルダを知っている魔物はほぼいない。
あの時、ティローナについての情報をジャーザンスが知らなかったのもそのためだ。
「……でも、ティローナさん。こんな力を持っているのに、あんな言葉が出たの?」
「…………そうだけど」
「変だわそれは。こんなの、ただ破壊するためだけの力じゃない? そんな力を持っていながら、何故戦いを好きにならないの? 戦い嫌いが持って良い力じゃないわ」
二ヵ所壊れながらのマビュートの言葉に目を細めるティローナ。
「だから欲しくて得た力じゃないんだよ」と出てきた言葉を抑える。
今は、あの日を乗り越えた今は、一族間で継がれてきたこの力に誇りを持ちたいと。
力を得た意味を持ちながら戦いたいと思っているから。
「……確かにあなたの言う通り、この力は破壊の力だよ。……でもね、私は、破壊に意味を持ちたい。壊すためじゃない。『護るため』の破壊の力。だから、変じゃないよ。どんな力も、使い方次第だから」
「……あらそう。……でも、その力さんも、貴女みたいのに使われるなんて気の毒だわね。きっともっと、壊したいと思っているだろうに」
「……!! ……そんなわけないよ……!! カルダは……護るための力だから……!!!」
完全武装で飛び掛かるティローナ。
対するマビュートは、背中から触手を生やしながら迎え撃つ。
「(……『カルダ』というのね……。あの子の手に触れたものを破壊する力……。……でも、初めての体験で面白かったわ。さっきはちょっとびっくりしちゃったけど……)」
「(……カルダは効く……!! だったら、この人の全身に叩き込み続ける……!! 倒れるまで……ひたすら……!!!)」
「――――ふんっ……!!!」
ティローナのボディブローが入った。
カルダも同時に炸裂し、マビュートの腹が弾け飛ぶ。
更にもう一撃。
今度は胸の辺りを破壊する。
「まだまだまだっ!!!」
相手に反撃の暇を与えることなく、宣言通り全身をボコボコにしていく。
一発打ち付ける度に、マビュートの皮膚が飛び散り、身体に穴が空いていく。
見るからに無事とはいえない姿と変化していく。
――――だが、
「(倒れない……!!)」
全く倒れない。
カルダ流は本来、早期決着を前提とした技法である。
肉体の内部からの破壊。
そんなものを受ければ、直ちに決着はつく。
また、カルダート家は魔物にしか使わないと決めている。
人間が耐えられるものではないから。
それなのに、この女は立ち続けている。
その姿は、痛みに耐えながら懸命に拳を振るティローナに対して、精神的なダメージを与えた。
――――それどころか、
笑っている。
血の匂いがする歯を見せながら、痛ましい姿で笑っている。
「面白いわねえ!!!」
「!!?」
顔を上げながら、急にマビュートが叫んだ。
それを見たティローナは、攻撃が止まり、反射的に距離を取る。
「理屈は分かったわ!! 貴女の膨大なマナを尋常じゃないほど送り付けることで、私の内部を破壊しているのね!!?」
「(……バレちゃった……。……ううん、別にそこは大した問題じゃない……。――――問題なのは、倒れないこと……)」
「……その顔、正解のようねえ。……そして、ということは!!」
「(――――でも、生物なんだから、倒れないなんてことはないはず……!! それに、長引かせたくない……!! この人、怖い……!!)」
テンションが上昇したマビュートに戦くも、もう一度距離を詰めるティローナ。
再び洗練されたマナを纏わせ、マビュートに拳を振り掛かる。
マビュートは目をガン開きながら、拳の軌道に腕を伸ばした。
「…………!! あれっ……!!?」
拳を振るった側、ティローナが動揺する。
爆発が起きない。
カルダが炸裂していない。
確かに拳は、マビュートの腕に触れているのに。
――――まさか……
「こういうことよねえ!!!」
「ええっ……!? ……ううっ……!!」
拳を止められたティローナ。
驚きで動きも止まる。
その隙にマビュートが一撃。
すぐにバク転して起き上がるが、動揺は抑えられない。
「それを防ぐには、貴女のマナに、私の方からもマナをぶつければいいんでしょう!? ――――やっぱり面白いわ戦いって!! こういう風に、正解を見つけた時とか特にね!!!」
「……そんな…………」
初めてだった。
戦いの中で、カルダの対策法を見破られたのは。
数発受けたとはいえ、尋常なダメージを伴いながら、冷静に分析して答えを見つけ出すなど、できることではない。
だが、マビュートの天才的な戦闘センス、そして、痛みをも幸福に変える狂気的な戦いへの想いが、それを可能にした。
「(……どうする……。カルダは通じない…………。カルダ無しで戦うしかない……!!)」
すぐに切り替えるティローナ。
武装無しでの、素手での戦闘に望もうとする。
だが、
「でも、安心なさい。今のはもうやらないわ」
「……え……!!?」
「貴女のそのカルダってのを受けるの、気持ちが良いもの!!!」
それ以上の恐怖を、感じ取った。




