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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第九章
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第二百六十五話 『認識の違い』

 中央都市、南口。

 ティローナ・カルダート対マビュート。


 「(…………ダクライズ。死んだようね)」


 長くを共にした同胞の死を感じとるマビュート。

 大きな気配が消えた感覚は、鋭く頭に残る。


 ダクライズが負けた。

 ただ、それだけのことだが。


 「はあっ……!!」


 動きを止めたマビュートに飛び掛かるティローナ。

 放った拳は顔面を捉え、マビュートを怯ませる。


 更に畳み掛けるティローナだが、その前にマビュートが距離を取った。


 「(……あいつが負けるなんて、もしかしたら私も? ――――いや、そんなわけないわ。この私が負ける可能性など、万に一つもあり得ないわね)」


 そして、笑う。

 マビュートは自身を最強だと捉えているから。

 仲間の敗北など、あてにはならない。


 「(……でも、人間の力が上がっているのも確かだわ。この子は、強い)」


 搦め手を用いるダクライズとは対照的に、自らの身体で戦うのを良しとするマビュート。

 自分と同じように、拳で戦うこの女性に親近感を抱いていた。


 「……そういえばお姉さん、名前を聞いていなかったわね。聞いてもいいかしら?」


 「……ティローナ・カルダート」


 「ティローナ……いい名前ね、凛々しさが伝わってくるわ。私はマビュート、よろしくお願いね」


 「……名前を褒められたのは初めてだよ、ありがとう」


 「……ところで、ティローナさん。ちょっと質問があるのだけど、よろしいかしら?」


 警戒を強めるティローナ。

 先程まで繰り出してくるのは拳と触手だけだったのに、急に馴れ馴れしく話し掛けてくる。


 何かを狙っているのか?

 そうティローナが身構えた時、


 「あらあら、そんな顔をしないで。別に何も狙っていないわ。今はただ、ティローナさんと話したいだけよ」


 と、見透かしたように警戒を解こうとするマビュート。

 ティローナはあくまで戦闘態勢を維持しつつ、敵の質問に応じることにする。


 「……何? 質問って」


 「貴女は何故戦うの? 聖鳳軍に入ったということは、戦う事を選んだということでしょ?」


 「……何でそんなこと聞くの?」


 「似ていると思ったからよ。貴女は、私とね。もしかしたら、それも私と一緒かと思ってね」


 四十年間眠っていたとはいえ、己の肉体で戦う同姓の魔物に、マビュートは出会ったことがない。

 いや、それは魔物だけではなく、人間も同じだった。

 挑んで来たのは、武器を持った女と拳を振るう男。


 初めて出会った。

 自分と似た気質の生物に。


 ならば、対話を試みたいと思うのは、古の怪物も同じだった。


 「……『何故戦う』……か。……『皆の笑顔を護りたいから』……だね。……前の私だったら、責任で戦っていたけど、今の私は、心からそう思って戦っている。町の人を襲って、仲間達を苦しめたから、私はあなたと戦っている。皆を護るためにね」


 トライフとの因縁に勝利してから、ティローナは自分の立場を天命と受け入れ、立派な大義を掲げて戦っていた。

 

 勝つためではなく、負けないために。

 倒すためではなく、護るために。


 「………………それだけ?」


 「……え?」


 だがマビュートは、ティローナの回答にピンと来なかったようで、すっとぼけた様な顔をしている。

 「いいこと言ったな」って自分で思っていたティローナも、向こうの反応にびっくりだ。


 「……いやだって、そんな理由じゃ戦ってても楽しくなくない?」


 「……楽しい……?」


 「そうよ。私は、『楽しい』から戦っているの。相手の戦い方を見るのが、どうやって攻略するか考えるのが、そして、敵を殺すのが。……拳で戦う貴女なら、その気持ちが分かるんじゃない?」


 戦いに楽しさなんて、結びつけたことがない。

 素直にマビュートの言うことを飲み込み、ティローナは考えてみる。


 三秒で結論が出た。

 そんなこと、考えるまでもなかった。


 「ごめんね、全く分からないよ」


 元はと言えば、拳を振るうことすら嫌だった彼女。

 好きだった子を追いかけていたら、いつの間にかこんな立場になっていただけだ。

 当然、戦いに楽しさなど見つけられるはずがない。


 何なら、聖鳳軍の中で最も戦い嫌いと言ってもいい。

 聞く相手を明らかに間違えている。

 

 「………………そう」


 対するマビュートは、心底残念そうに呟いた。


 せっかく気が合うと思ったのに。

 初めて出会った同じタイプだと思ったのに。

 

 「戦いに楽しさなんていらない。私には、戦いに目的があるから。『生きるため』って目的が」


 「…………どうやら、私の勘違いだったみたいね。まあ、いいわ。――――じゃ、再開と行きましょうか」


 「!!!」


 マビュートのスイッチが入った。

 一秒でも気を抜けば、その瞬間に首が地面に落ちるような緊張感だ。


 「(……来るっ……!!)」


 一瞬の予備動作を見逃さず、ガードの構えに入るティローナ。

 マビュートの攻撃を正確にブロックした。


 ……のに、


 「ううっ……!!!」


 ガードごと吹き飛ばされるティローナ。

 民家の壁に打ち付けられる。


 「思い知らせてあげるわ。戦いに対する認識、それが生み出す力の差をね!!!」


 休む暇もなく襲い掛かるマビュート。


 何とか民家を蹴って空に回避するが、マビュートの追撃も速い。

 更に上を取られ、地面に叩きつけられた。


 「うあっっ……!!!」


 このままでは埒が明かない。

 すぐに起き上がったティローナは、回避ではなく、攻撃の構えに入る。


 「頑丈ねえ!! でもいつまで持つかしら!?」


 「ううっ……!!」


 一撃目は受け止める。

 だが、貫通ダメージで痺れ、更に蹴りを入れられ、またしても飛ばされる。


 そして、またしても起き上がるティローナ。


 ティローナが完全にダウンするまで、猛攻を仕掛けるつもりのマビュート。

 立ち上がったティローナに、さらに突撃する。


 ――――が、


 「……!!? 何……!? これは何!!?」


 駆け出したマビュートの腕が破裂した。

 痛みよりも衝撃が大きく、足を止めるマビュート。


 「…………貴女……何かした…………あらっ……!!」


 マビュートが足を止めた隙に、ティローナが拳を振りかぶっていた。

 

 ティローナの攻撃も高速の域。

 集中を切らしたマビュートは反応できず、顔面に正拳突きを叩き込まれた。


 顔を破裂させながら、吹き飛ばされる怪物。


 「……認識がどうだって……関係ない……!! ――――私は、負けられない……!!」


 戦いを好まない彼女もまた、怪物だ。

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