第二百六十二話 『魔法の一つ』
――――見えない。
終わりが見えない。
ただひたすら、永遠のような時を、闇の中へ、闇の中へと降りていく。
――――永い。
あれから、どれくらい経ったのだ。
見えるのは、闇だけだ。
ヒナノ・スエリアの姿は見えない。
彼女を足止めすることが使命だというのに。
「……どこじゃあ!!!!!! ここはどこなんじゃあっ!!!!!!!」
ひたすら落下していくこの状況では、動かすことができるのは口だけだ。
だが、叫んだところで、何の反応もない。
ここには、誰も、何もない。
「ヒナノ・スエリアあっ!!!!!!!」
「――――苦しそうね」
元の道。
魘される老人を見つめながら、呟くヒナノ。
「さて、行くかしら」
ヒナノはマイヤールの身体を浮かしながら引っ張り、本部へと帰り始めた。
――――ヒナノが発動したのは、精神魔法の究極版。
精神に作用する、所謂幻術のような術を、ヒナノ独自の技術と研究で洗練させた魔法である。
数十秒の時間が必要とはいえ、発動したら最後、対象の精神はヒナノが作り出した崖へと飛ばされ、落下を余儀なくされる。
底はない。
何もない。
闇への落下は永遠に続いていく。
いつ底にぶつかるか分からない恐怖と、いつまで続くか分からない絶望は、常人でなくても耐えられる物ではなく、確実に心をすり減らしていき、あっという間に廃人が出来上がる。
マイヤールもまた、例外ではなかった。
だが、人の作り出した技である以上、解除する方法がないわけではない。
落下途中で自ら命を絶つか、本体が強い衝撃を受ければ戻ってくることが可能である。
だが、皮肉なことにマイヤールは不死の肉体を持っていた。
彼には、『死』という選択肢がなかった。
これまでの戦いを見たヒナノは、この術が極めて有効に働くと考え、その考えは的中していた。
また、マイヤールの目的が時間稼ぎであったことも、敗因の一つだった。
精神魔法の発動には時間が掛かり、その間はほとんど無防備になる。
好都合と見て、天才ヒナノに十分な時間を与えてしまったのは、限りない悪手であった。
「……いや、辞めておこうかしら……」
ヒナノがストップ。
マイヤールをここに放置しておけば、誰かしらが衝撃を与える可能性が高い。
それでは、またこいつが戻ってきてしまう。
そう思ったヒナノは、こいつを本部まで運び、牢屋か何処かに捕えておこうと考えた。
だが、ヒナノはその考えを改めた。
現在、都市は戦場。
こいつを投獄できる場所が無事かどうかも分からない。
運んでいる途中に戦闘に巻き込まれ、こいつが復活してしまう可能性もある。
「…………そうするか……」
考え直した結果、こいつは埋めておくことにした。
魔法で深く穴を掘り、人が入れるスペースを確保。
マイヤールにはバリアを張り、そっと地面に埋めた。
その後地面を復元、元通りに戻す。
「……これで大丈夫かしら? いや、念のため……」
近くの石や瓦礫を動かし、マイヤールを埋めた場所の上に、小さな小屋を作り出すヒナノ。
念には念を、だ。
「――――よし……。待ってて、ソル、ティローナ、みんな……」
今度こそ、ヒナノは仲間達の待つ場所へと、急ぎすっ飛んでいった。
しかし、不死という性質を利用したマイヤールは、ヒナノの到着を遅らせるという十分な仕事をしていた。
ヒーラ-、タンク、アタッカーをも高水準でこなすヒナノ。
彼女が戦場にいない時間を増やしたのは、ラスドラーゴたちの期待どおりの働きだった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして時間を少し遡り、
中央都市のある場所。
「――――やっ……やべえ……!!」
不覚にも敵に見つかったのは、ショウエイ・キスギ。
レウラとの戦いで重傷を負った翔英は、とりあえず身体を休めようと建物の影へと隠れた。
だが、運悪く敵に出くわしてしまった。
「……弱そうだが、ここに残ってるってことは、仮にも聖鳳軍。命は貰って行くぞ」
「くそっ……!! ……あれ……? 剣は……!? ……あっ……!!」
剣はレウラ投げていたため、向こうに転がっている。
今は丸腰だ。
「(……まじでヤバい……。……せっかく勝ったのに、こんな野郎に……)」
いくら雑魚でも、このケガで丸腰では勝ち目がない。
だが、抗ってみるしかない。
まだ、終わるには早すぎるから。
「……死ねっ!!」
「くっ……!!」
敵の攻撃に翔英が構えた時、後ろから魔物が殴られた。
「あれは……!!」
魔物を殴った男は、更に攻撃を畳み掛けていく。
そしてあっという間に、敵を葬り去った。
彼は、笑顔を浮かべながら翔英の元へと歩み寄り、
「……よかった……!! 戻ってきていて……!!」
と、口を開く。
「ルンベ!! ありがとう!! 助かったよ!!」
駆け付けたのは、聖鳳軍三軍、ルンベ・ランだった。
先程、サツヤ・グルとともに、逃げ遅れた人がいないか戻ってきていたのだ。
翔英を発見したのは、偶然だったが。
「ショウエイさん……!! 微力ですが、私が回復魔法を掛けます……!!」
「おお! ありがとう!! 助かる!!」
何という幸運か。
とりあえず、翔英の肉体は戦闘可能な状態まで戻った。
「……ショウエイさん、こんな時に言うのも何ですが、昇格おめでとうございます。こうしてこの場に残り、魔物と戦っていること、尊敬しますよ」
「何言ってんのよ。俺は自分ができることをやってるだけだし、ルンベがいなかったら死んでたしさ。そんな褒められるもんじゃないよ」
「……ふふ、あなたならそう言うと思いましたよ……」
「ありがとうルンベ!! 大分よくなったよ!!」
言葉に嫌みはない。
ルンベが翔英の強さを尊敬していることも、逆に翔英がルンベに心から感謝をしていることも事実だ。
「――――それじゃあ俺は、また行くよ!! 俺の力を必要としてる人がいるかもしれないし!!」
「はいっ!! 頑張ってくださいっ!! ……と言いたいところですが、私も行きます……!!」
「おっまじで!? 心強い!!」
三軍以下としての仕事は終わった。
今度は、聖鳳軍としての仕事を果たそうと翔英に着いていくことを決めるルンベ。
……と、そこに――――
「……早速来たようですね」
「ああ、でも、心配ないよ」
ミワルナ軍がまた、姿を表した。
幸いにも、敵は一人だ。
「やりましょう! ショウエイさん!!」
「おうっ!!」
始まりの戦い以来の二人の共闘。
それは確実に敵を跳ねのける。




