第二百五十九話 『置き土産』
上空へと、爆発。
ダクライズが死後に残した両腕が、大気を唸らすような衝撃を起こす。
「――――っ……!? なんじゃ……!!」
爆発と言っても、大きなものではない。
とても小さな爆発だ。
腕が壊れない程度の、
近くじゃなきゃ気付かない規模の、小さな爆発。
しかし、それを見たバールは本能的な恐怖を感じ取り、腕からの距離を取った。
だが、距離を取ったところで意味はなく、バールに異変が起こり始める。
全身に痺れ。
やがて激痛。
身体が動かなくなっていく。
「……く……どういう……ごはっ……」
その苦しみは時間が経つに連れて強くなっていく。
先に待っている死を感じ取るほどになっていく。
原因は間違いなく、あの空に浮いている奴の両腕。
――――これが、ダクライズの最期の技。
切り離した一部分に、全身の有害物質を集結させ、それを気体としてフルパワーで放出する。
近くの空気は毒となり、吸えばもちろん、触れるだけで身体に異常を生んでいく。
そして、この切り札の最大の怖さは、無限に感染が続いていくことにある。
核となる部分が叩けない限り、空気を破壊し続けていく。
つまり、この状態を永遠に放置し続ければ、やがて世界をも死の世界にできる。
だからこそ、ダクライズはこの力を使おうとはしない。
人間どころか、仲間の魔物すら生きられない、自分だけの死の空間になってしまうから。
だが、自分が死んだ後の世界なら、どうなろうと構わない。
彼の、絶対にただでは死なないという強い執念。
そして、世界をも何とも思わない卑劣な心が生み出した狂気の技。
「――――ぐっ……!! 呼吸が……息ができん……!!!」
一番近くにいた人間。
バール・バーランドの肉体は、瞬く間に限界へと近づいていく。
「(……!! ルナレジェン……!!!)」
そして、バールの次に近いルナレジェン。
気絶している彼女の身体も、破滅の目の前に連れていかれていく。
「(……どうにかして……あれを破壊しなければ……わしもルナレジェンも死んでしまう……!!! ――――いや、それどころではない……。おそらくこれは……他の戦場にいる皆にも、影響が及ぶ……!! わしが今……!! 何とかしなくては……!!)」
ルナレジェンは仕事を果たした。
一番近くにいる自分が、戦いに遅れてきた自分が、奴の破壊を終わらせなければ。
他の仲間たちが、戦い続けられるように。
罪なき人々の生活が脅かされないように。
――――だが、
「(……動かない……おのれ……)」
侵食が速い。
バール程の使い手でも、この距離では瞬く間に動けなくなってしまう。
意識を保つので精一杯だ。
おそらく、数分後には命が尽きる。
あそこにいるルナレジェンも同様だ。
「(……ま……まずいぞ……身体が……)」
バールの意識が消えようとした時、閉じかけている耳に、何者かが近づいている足音が聞こえてきた。
ドンッドンッと、地面を揺らすような激しい地響きを鳴らしながら。
怪物の匂いを醸し出しながら。
「……!! ……あれは……!!」
すぐに足音の持ち主はバールの元にやってきた。
その姿は、人間ではない。
巨大な――――鬼だ。
鬼はバールに見向きもせず、彼女を追い越していく。
走って向かう先は、ダクライズの両腕が浮かんでいる場所。
そして、バレーボールのアタックのように、腕を地面に叩き付けた。
「(……あれは……オーの……)」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
バールがルナの元に行く、少し前。
「……オーじゃな。どうしたんじゃ? 身体に異変が感じられるが」
「バールさんか。……情けない話だけど、今向こうでルナちゃんと戦っている、ダクライズって魔物にやられちまってね。奴の毒針が刺さりまくって、動けないんだ」
「……毒針か。お主を見殺しにはできん。この辺りに回復術師がおらんか見てくる」
「……いや、大丈夫だよ。僕のことは気にしないでくれ。それよりもバールさんは、ルナちゃんのところに行ってくれないか? 一対一では、かなり厳しい」
「…………なぜだ?」
「僕にはまだ、やれることがあるかもしれないからさ。最後に、まだね――――」
その後、オーの言葉を聞いたバールはルナの元に急ぎ駆けていった。
彼の言葉から、そうする『意味』があると感じ取ったから。
オーは、最後まで勝負を捨てるような男ではない。
命を無駄にするような男でもない。
彼がこのままにしてくれと言ったことには、必ず何か意味がある。
それが、勝利に繋がる要因となるはずだ。
そしてこれが、間違いなく。
オーの言葉の答え。
オーの最後の力。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――どうじゃ……?」
何とか顔を向け、腕の行方を見届けようとするバール。
だが、
「(……身体の異変が消えん……。まだ、終わっとらんのか……)」
バールの予想通り、腕はまだ破壊されていなかった。
依然、世界を破滅に向かわせようと、有害物質を出し続けている。
それを確認した、巨大な鬼は、
腕を握りつぶした。
「グアアアアアッ!!!」
聞いた者を押し潰すような咆哮を上げる鬼。
と同時に、ダクライズの残骸は消滅した。
「(……や……やったのか……)」
オーが残した置き土産。
これまで平和がネックとなり、小さな鬼しか出すことができなかったが、死人が出たことで、超怪力を持つ巨大な戦闘用の鬼を作り出すことができた。
通常では破壊できないであろう、強敵の部品を壊せるほどの。
死亡したのは――――オー自身だ。
オーはバールやルナよりも早く、最後の攻撃によって命を落とした。
その直前、彼は刀を突き刺し、鬼を呼び出していたのだ。
ルナレジェンとバール、そして、オーの覚悟がもたらした、人間の勝利だった。
「(……はっ……!!)」
バールが見上げる大きな鬼。
一瞬、その姿にオーの影が映った。
そして、満面の笑みを浮かべ、鬼も本来の場所へと帰っていった。
「(……すまぬオー……。お主の意思は……必ず継いでいくはずだ……。――――そして、いずれわしも逝く……。しばし待たれよ……)」
核となっていた腕が消滅したとはいえ、二人の身体は既に重傷。
特殊な肉体を持っているルナレジェンはともかく、バールの命も限界に近い。
やはり、身体を動かすことは出来ない。
他の者に危害が広がっていないことを祈りながら、バールは眠りについた。




