第二百五十三話 『四十年前』
――――東門。
翔英がレウラに勝利した後、すぐ。
「――――どうした? 何かあったのかの?」
ヴァナベールが戦闘中のラスドラーゴに声を掛ける。
突然、彼の意識が別の場所に向いたように見えたから。
「……いや……。何でもない……」
宿敵にはそう答えるラスドラーゴだが、彼の頭は感じ取っていた。
今、この中央都市にいる魔物の中で、最も付き合いが長い者。
レウラの死を感じ取っていた。
「(……レウラが死んだか…………。相手は誰だ……)」
ラスドラーゴは予てより、レウラの気概を気に入っていた。
命令を聞いてくれることはあまり無かったが、それは上昇志向の表れとして否定的には見えていなかった。
何より、自分が軍のトップになって、初めてスカウトした魔物だ。
彼女への思い入れは深い。
「部下でも死んだのか? 動揺しているぞ」
「……何でもないと言っているだろう」
敵には容赦がない男だと知っているが、他の奴と違い、ラスドラーゴは部下の命を投げやりしない男だということも知っているラスドラーゴ。
感じられる精神の揺らぎは、それに関する物だと予想する。
「……まあ、なんでもよいがな……」
ヴァナベールも覚悟している。
仲間が命を落とすことを。
この戦いが終わった時に、全員とはもう一度話すことはできないかもしれない。
ラスドラーゴは息を整えると、再び戦闘モードに切り替えた。
「……ヴァナベール。貴様に見せてやろう。この四十年間で生まれてしまった、私と貴様の差をな!!」
更にラスドラーゴが加速する。
対するヴァナベールも、合わせるようにスピードを上げていく。
高速と高速が、激突する。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――北門。
オーVSダクライズ。
「……ふんっ……!!!」
オーの刀が唸る。
彼の武器は二本の刀。
自らの一部のように扱い、巨大な魔物を切り裂いていく。
「はははっ!! かなり強くなったなお前!!! そうではなくてはつまらんが」
対するダクライズは素手で戦っている。
オーの剣に、拳をぶつけている。
しかし、武器を使っている分オーの方に分がある。
剣よりも強い拳というわけではない。
「……あれから、色々あったからね……。僕もただ遊んでいた訳じゃないし」
「そのようだな。若かったあの時のお前とは風格が違う。『歴戦の戦士』……といったところか?」
「……まあね、今や僕より先輩はヴァナベールの爺さんしかいないし。お前たちと戦ったことがあるのも、僕と爺さんの二人だけさ」
「……ヴァナベール……。ラスドラーゴを倒したあの男か……。よし、お前を殺したら、次は奴のところに行くかっ!!」
突撃するダクライズ。
オーは冷静に構え、敵の攻撃に対処する。
しかし、ダクライズには妙な所がある。
オーの記憶と今のダクライズの戦闘スタイルが全く違うのだ。
「(……なぜあれを使わないんだ……ダクライズ。何かを待っているのか……? まあ、使わないでくれるに越したことはないが……)」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――四十年前。
オー・ラッセは、ダクライズと初めて遭遇した。
彼は、魔王・ザラボラスの右腕的存在として、人間たちに猛威を奮っていた。
彼の他にも、マビュート、ハビニック、ラスドラーゴ、マイヤールといった強力な魔物たちが魔王の元に集結し、世界を支配しようと企んでいた。
だが、人間がそのまま滅びを待つはずがなかった。
強力な魔法や武器を使用できる人間たちが、魔物を倒すために立ち上がったのだ。
その中心となったのが、『セイホウ・バッフォンベルク』と、『ダウフィルト・イスカ』という二人の男だった。
彼らは圧倒的な実力とカリスマ性を持ち、一癖も二癖もあった人間の力を一つに纏め、魔物に立ち向かう軍を設立した。
名は、中心となった二人のうち一人の名前に由来し――――
セイホウ軍と名付けられた。
聖鳳軍と魔凰軍の戦いは熾烈を極め、両軍多くの死者が出る凄絶なモノとなった。
だが、優勢だったのは、魔物側の方だった。
その状況を覆すべく、当時最強の人間であったセイホウは、禁忌の魔法で戦いを終わらせた。
自らの全てを代償に、魔王とその配下たちを石化し、闇に閉じ込めたのだ。
この戦いの顛末は後世に受け継がれ、生まれた世界の違う来生翔英ですら最近把握した。
その後、魔法を免れていたラスドラーゴが封印を解きつつ、仲間を集め、軍を建て直した訳だが……。
――――聖鳳軍を苦しめた主な原因として、
ラスドラーゴの『スピード』
マビュートの『タフさ』
そして、ダクライズの『殺戮兵器』があった。
当時、十九歳だったオーは、仲間と共にダクライズとの命を掛けた勝負に臨んでいた。
しかし、彼が造り出す凶悪な力を前に、自分以外の仲間は全滅した。
自分自身も、命を落とし掛けた。
だからこそ――――
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「(――――なぜ使わない……)」
拳で戦いに来るダクライズの姿が、却って不気味に映っている。
確かに、基本的なパワーやスピードも、人間を軽く凌駕するものではあった。
だが、もしそれだけだったなら、あの時勝てていた可能性は高かった。
それほど、こいつの武器は、戦況を変える力があったのに。
「(……もしかして使えなくなったのか……?……いや、そう考えるのは甘過ぎるか……。なら、使わないうちにさっさと決めてやる……!!!)」
腕を切り裂くオー・ラッセ。
ダクライズにも確実にダメージは蓄積されているはず。
こっちはまだ攻撃をほとんど受けていない。
いいペースだ。
四十年前は、一人では手も足も出なかった相手だった。
やはり、ただ封印されていただけのダグライズと、四十間もの間、最前線で戦い続けてきたオーの力の差は、確実に縮まっていたようだ。
「……はあっ……!!!」
更にオーの二刀流が炸裂。
ダクライズからは派手な血飛沫が飛んでいる。
「…………やっぱこれだな……」
「……!?」
ダクライズが手に付いた血を見ながら呟いた。
その呟きは、攻勢だったオーの動きを鈍らせるような重みがあった。
「……これだぜこれ。この痛み……。……これこそが生きているって感じだっ!! はははははっ!!! 最高だぜ!!」
「……なんだって……」
「―――さあ、そろそろ戦いを始めるか!! 人間!!!」
まだ、ダクライズはこっちを見ていなかった。
奴が見ていたのは、生の実感だった。




