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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第九章
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第二百五十一話 『ファイナル・レウラ』

 ――――夢にまで見た瞬間。

 ついに、奴の息の根を止める時が来た。


 レウラが放った渾身の手刀。

 確かに、確実に、翔英の首へと突き刺さった。


 ――――しかし、


 「………………?」


 絶句。


 攻撃を繰り出したレウラの方が、目の前の光景に戦慄した。


 翔英の首に放ったレウラの指。

 ポロポロと、崩れ落ちていた。


 痛みが全く無かったため、レウラの理解は遅れた。

 

 崩れて尚、痛みはない。

 それが更にレウラの認識を遅らせるが、指が無くなった自身の左手を見つめ、現実を認識した。

 

 「……まさか……そんな……わらわの……」

  

 この長期戦で度重なったダメージ。

 一度は死に掛けた肉体。

 

 それらは既に、レウラの生を奪い取る程に彼女の身体を蝕んでいた。 

 

 もはや、ボロボロのレウラの攻撃よりも、ただ停止しているだけの翔英の首の方が固くなっていた。


 「…………バカな……。……そんなはずはない…………。そんなはずは……!!!」


 頭では理解していても、未だ、現実を受け入れられないレウラ。

 今度は右拳を握り締め、動かない翔英の顔面に打ち込んだ。


 「……うわ…………。なぜ……じゃあ……なぜ…………」

 

 おそらく翔英も痛みを感じているだろう。

 元に戻れば、誰かに殴られた痛みは感じるだろう。


 しかし、文字通り砕けたのは、レウラの拳だった。

  

 「…………これは…………」


 変わらず痛みがないため、実感が湧かない。

 が、翔英に放ったレウラの両手は、先端からみるみる消えていっている。

 

 それだけではない。

 もう一方の両手もまた、ゆっくりと塵になっていく。


 レウラはここでようやく理解した。


 死が、目の前にまで迫ってきていると。

 肉体が、限界を迎えていると。


 彼女の肉体は、あの時既に終わっていたはずだった。


 ただ部下たちに背中を押させ、無理やり延命処置をしていただけに過ぎなかった。


 「……いや、違う……!! せめて……こいつの命を取るまでは……死ねぬ……!!!」


 そう。

 一度三途の川を飛び越えた彼女が戻ってきたのは、翔英に勝利するため。

 

 彼らの主として、送り届けてくれた彼らのためにも、このまま死ぬわけにはいかない。


 「……はぁああ……!!!」


 先端が無い拳で翔英の腹を強打。

 ……しているつもりだが、もう拳に力は入ってない。

 この程度の攻撃では、とても命を奪うことなどできない。


 「……負けぬぞお……!!!」


 今度は蹴り。

 戦闘では使ったことの無い足を使い、停止する翔英の身体に衝撃を与える。


 しかし、やはり力を込めればそこから力は抜けていく。

 足の指先も、同じように。


 「……くそっ……!! これでは……こやつにトドメは刺せぬ……!!!」


 何もしなくてもゆっくりと進んでいるし、衝撃を与えれば、その部分がドンドン消滅していく。

 しかも、有効なダメージは全く与えられない。


 周りには誰もいない。

 誰かに助けを求めることもできない。

 

 「……そうじゃ……!! やむを得ぬが……!!!」


 もはや一人の力では翔英の命を奪うことはできないと判断したレウラ。

 だが、何としても翔英を倒すべく、次の行動に出る。


 自身が助かってトドメを刺せるなら一番。

 誰かが翔英を倒してくれるのは二番。


 絶対に避けたいのは、このまま自分が死に、翔英が再び動き出すこと。


 「……これで……」


 服の下から「紫の小さな玉」を取り出そうとするレウラ。

 

 この玉は、ファンドルから渡されている帰還用の足。

 鍛練場でロジェとデゼスポが使用した物とは異なり、行き先が固定されているものだ。

 今回は中央都市にしか用がないため、こちらを渡されていた。

  

 レウラは、これで本部へと帰還しようと考えたのだ。

 

 本部に治療者がいればよし。

 もしいなくとも話の通じる者がいればそれでいい。

 

 レウラは玉を取り出した。


 そしてこれは、握り潰すことでゲートが発生し、目的地へとワープできるわけだが。


 「……!!! そんな……!!! 割れぬ……!!! 割れぬぞお……!!!」


 拳の無いレウラに、玉を破壊するのは至難の技。

 腕で挟み、何とか壊そうとするが……。


 「あっ……!!」


 滑った。

 挟む過程で丸っこい玉はツルリと滑り、地面に転がり落ちた。


 「……くそっ……!!」


 焦りながらも足で玉を踏み潰そうとするレウラ。

 とにかく壊せば、ここから離れることができる。


 だがしかし、


 「何故じゃあ……!!!」


 元々戦闘に持ち込むことが多いこの玉。

 簡単な衝撃では発動されない用、多少頑丈に作られている。

 そうでなければ、戦闘中に変な所にワープしてしまうから。

 

 それが、仇となった。


 足が消え掛けているレウラの踏み付けでは、破壊するほどの威力が出ない。


 それだけではない。

 全身が、徐々に徐々にこの世から消えていく。


 「……!!!! ふざけるなぁ!!!!」


 四本の腕は完全に消滅した。

 足は半分以上無くなった。

 

 誰にも助けは求められない。

 前には、敵しかいない。


 そんなレウラが本能で取った行動。

 

 「……一人では……死なんぞっ!!!」


 それは――――噛みつき。

 

 半壊する肉体を前方に投げ、変わらず時間の止まった翔英の首に噛みついた。


 「(……死ねっ……!! ショウエイ・キスギィ……!!! わらわと一緒に……逝くのじゃあ……!!!)」


 顎に全力を。

 

 何かに噛み付いた経験などこれまた一度もないが、翔英の首を切断する気迫で歯を食い縛る。


 「…………く……おのれ……」


 だが、消えていくだけの生物にそんな力があるはずもない。

 足も完全に消えたレウラは、地面に転がった。


 そして、翔英の顔を見上げる。


 ――――無理だ。


 やはりこの程度の攻撃では、こいつは死なない。

 時が戻っても、気絶しない程度のダメージしか受けないだろう。


 もう、身体は動かさせない。

 ゆっくりと、上半身も透明になっていく。


 ――――レウラは、涙した。


 「いやじゃいやじゃ……!!! 死にたくない……!!! 死にたくないい……!!! まだまだ生きたい……!!! 生きたいんじゃあ……!!!」


 高潔な武人の仮面なんてもう被ってられない。


 瀬戸際に落ちたレウラは、レウラとして死に抗った。

 駄々っ子のように、泣き叫んだ。

 

 「わらわはまだ……!!! わらわは……!!!! まだ……死…………っ」


 口が消えた。

 声が出なくなった。


 最後に眼に写ったのは、仕留め損なった仇敵の顔。

 

 最後まで彼の面を睨み付けながら――――

 レウラは、消滅した。

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