第二百四十六話 『あと一歩』
――――認められるはずもなかった。
一度下にいた者に登られるのは。
待ち望んでいたこの戦いをこんな形で終えるのは。
……怒りがある。
見違えるほど強くなっていたこの男に対する物もそうだが、格下に追い付かれ、追い抜かれてしまったことに対する自身への怒りが。
奴は今向かってきている。
剣を構えながら、確実に命を刈り取ろうと走ってきている。
このままでは、負ける。
だが、レウラの奥底から涌き出る怒りが、彼女の身体に変化をもたらす。
「(――――これで……決める……!!)」
座り込むレウラ。
四本腕は伸びきっており、防御に回すことが出来ない。
完全に、レウラへの道が開いた。
――――しかし、
「……な……!! なんだと……!?」
五本目の腕が、腹から伸びてきた。
腹部からピストルのように発射された腕は、翔英の胸に飛び込んでくる。
「……ちぃ……!!」
反射的に剣を構える翔英。
腕を受け止めるが、勢いまでは殺せず後ろによろめいた。
すぐに起き上がるが、
「な……!!」
さっき弾いた四本腕が既に翔英を囲み、次々と襲いかかっている。
「(…………なんじゃ……? これは……?)」
突如お腹から生えてきた腕にレウラ自身も驚きを隠せない。
が、お腹に力を入れれば、腕のように動かすことができる。
……ならば、理由などはどうでもいい。
逆境を乗り越えようする肉体に宿った新たな力だと捉えよう。
「(この五本の腕を持って、奴の動きを完全に止める……!!)」
お腹の手が加わった五本の腕。
無限に伸び続けながら、翔英の行く手を阻む。
一本増えたことで、当然翔英の負担も微増。
さっきは割と楽に斬って弾いてきたが、今度は中々レウラに近づけない。
触れられないように腕を斬るのに時間が取られる。
だがそれでも、徐々に距離を詰めていく。
全方向に剣を振り回し、レウラの腕を寄せ付けない。
「(……もう一歩じゃ……!! もう一歩で奴に……!! ……もう一歩なんじゃあ……!!!)」
レウラ。
再び、無言の咆哮。
「(……腕が疲れる……!! 早く……あいつんとこに…………ん……!? ……何い……!?)」
もう一本、増えている。
出所は背中だ。
普通に四本、腹と背から一本ずつ、さらに腕が伸びている。
「(……何なんだあいつ……!! どういう体質なんだ……!!?)」
もはや異形の妖怪のようになったレウラ。
普段の彼女であれば、こんなに気持ち悪い姿になった自分を受け入れられるはずもないだろう。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
この位置がおかしい腕は、後で撤去すればいい。
今は、勝つための武器として、最大限に活用してやる。
「……ふんっ……!!!」
さらに一本追加。
翔英もさすがに焦る。
だが、あの新たに増えた腕は、単純な物理攻撃に使用している。
やはり気を付けるのは右の両腕。
これにさえ注意すれば、とりあえずゲームオーバーになることはない。
――――が、
「しまっ……!! このやろ!!」
背中の腕に足を捕まれた。
すぐに斬って離すが、
「(もらったわっ!!!)」
一瞬ペースが乱れた翔英の隙を見逃さず、二本の右手が翔英に飛んできている。
一本は腹部、もう一本は首の後ろへ。
「くそっ……!!」
すぐに剣を振り下ろし、真ん前に来ていた腕は打ち落とす。
「(………もう一本は……!? ……後ろか!?)」
常に数を把握しながら対応していた翔英だが、死角からの腕には対応が間に合わない。
レウラの腕が翔英の首を掴みにかかった。
「(よしっ……!! ついに奴を……!!!)」
「(……しまった……!! 間に合わない……!!)」
翔英の剣が届くよりも、レウラの腕が掴む方が早い。
レウラは笑顔を爆発させた。
が、一秒後にガチビビリ顔に変貌した。
「!!!! なんじゃ……今のは……!?」
一瞬、触れるのを躊躇してしまった。
何故か分からないが、翔英の首を掴むのも躊躇ってしまったのだ。
それはレウラの意思というよりは、恐怖に対する本能によるものだ。
他の腕も同じように、数秒時間を止めている。
「(……!! ラッキー……!!)」
翔英はその隙にレウラの元へ猛ダッシュ。
動揺していたレウラは我を取り戻し、慌てて全ての腕を翔英に向けるが。
――――間に合わない。
この戦いに置いて、数秒のブランクはあまりにもでかすぎた。
「(……なんてことじゃ……。今のは……今の感覚は……)」
レウラが翔英の首に触れて味わった感覚。
それは、ある人物によるオーラの残り香だった。
自身に二度目の完敗を味合わせた男。
ガロト・クラーニクのオーラを一瞬感じ取ってしまったのだ。
彼への恐怖が無意識のうちに呼び起こされ、腕の前進を止めてしまった。
ジャーザンスとの戦いで翔英の首に巻かれていたガロトの力。
その残穢が、またしても翔英の命を救った。
翔英もレウラも、その事実に気付くことはないが。
だが、今はそれよりも、
「……ひっ……!! おのれ……!!!」
この戦いが終わろうとしている。
レウラの腹に剣を突き刺そうと走る翔英。
その突進を防ごうと、お腹の腕でパンチを繰り出すレウラだが、
「ぎゃあっ!!」
飛んでくる球を打つように、タイミングを合わせて腕を斬る翔英。
最後の防御でも止めることができず、完全に翔英の侵入を許した。
「くらえ……!!!」
「……や……やめ…………ぎょああっ!!」
今度は完全に、翔英の剣がレウラの腹を貫通した。
すると四本の腕は元のサイズに戻り、腹と背の腕は身体の中に戻っていった。
また四本腕になったレウラはがっくりと膝をつき、仇敵の前に跪く。
翔英は剣を抜き、レウラの動きに注意を払う。
この女がどう動くのか。
重症とはいえ、こいつは普通ではない生き物だ。
この一撃を持って、決まっているといいが。
「きっ……!! おあああっ!!!」
やはりレウラが動いてきた。
目の前の翔英にボディータッチしようと前に飛び出す。
だが当然、『それ』に備えていた翔英。
落ち着いてもう一度剣を振るい、彼女の胸を更に刻む。
「がっ……!!!」
うつ伏せに倒れるレウラ。
彼女の後頭部を見つめる翔英。
「……悪いな。俺だって、負けるわけにはいかないんだよ。みんなのために」
レウラはピクリとも動かない。
相性があるとはいえ、あのレウラを倒してしまった。
……このレウラをどうするか。
トドメを刺すか、誰かに引き渡すか……。
いくらレウラでも、この状態の彼女を消したくはない。
その思いは事実だが、次にいかなくてはならない。
みんな忙しいだろうし、レウラを引き受けてくれる余裕なんてないかもしれない。
翔英はレウラにトドメを刺すことにした。




