第二百二十七話 『彼の原点』
――――まだ近くにいるはずだ。
あれだけダメージを与えたのだ。
少し足止めされたとはいえ、そんなすぐに離れられるはずもない。
必ず今日、決着をつける。
――――森を抜けた。
二本の道が広がっている。
「(……いたっ……!!!)」
森の先には何も無いことが幸いし、敵の姿が一瞬見えた。
リュノンはまた足に力を込め、全力で敵を追いかける。
やはり、先の攻防での打撃は実に効いていたようだ。
まだ全然追いつけるところにいた。
「……!! 何っ……!? まさか……!!!」
急接近に感づいたグランデは、驚いたように後ろを振り返る。
今にも追いつきそうな所に、鬼の形相でリュノンが迫ってきている。
――――確実に捕まる。
そう悟ったグランデは、逃げの歩みを止めた。
そして、迫るリュノンを迎える。
「……ダメだったか……。……しょうがない……。――――やはり、お前を倒してから安全に逃げるしかないようだな……!!!」
グランデも迎え撃つ覚悟を決めた。
あの森からこの殺風景な道に移動できただけでもよしとする。
分身でもう一人の方を解放されてしまっては勝機はゼロになるし、木の影を使う腕は敵の方が上手い。
だがここならば、もしかしたら勝てるかもしれない。
「……ようやく追い詰めたぞ……。今度こそ……終わらせる……!!!」
何気にリュノン本体が戦場に来れたのは今回初。
懐から愛用の短剣を取り出すと、二体の分身を展開する。
対するグランデは拳を構え、目の前の敵に意識を集中させる。
――――が、本体が加わったことで、さらにリュノンに形勢が傾く。
もとより、二人の実力差は明確だった。
リュノンは敵を倒すために、己を磨き続けてきたのだ。
「……ぐっ……!! なんてことだ……!!」
グランデが焦り始める。
いや、最初から彼自身も勝ち目が薄いことを理解していただろう。
こうなることは、分かっていただろう。
「おがっ……!!!」
壁に打ち付けられるグランデ。
その彼に分身を消し、短剣を回しながら迫るリュノン。
「……とりあえず、完全に動きを奪わせてもらう」
座り込むグランデに、リュノンが剣を構えた。
足を突き刺し、歩く力を奪うために。
グランデはぐったりと俯いたまま、反応を見せない。
「(……諦めたか……。……けど……!!!)」
同情できる相手ではない。
確実に倒さねばならない、敵だ。
リュノンは剣を振り下ろした。
だが――――
「うっ……!!!」
背後から殴り飛ばされた。
完全に不意を突かれた一撃に、思わず短剣を手放してしまう。
「なっ……!!! なん……!! がっ……!!!」
リュノンが体勢を整える前に、さらに一撃飛んできた。
だが二発だけは終わらず、まだまだ攻撃を畳み掛ける。
連撃を仕掛けたのは、グランデの霊体。
リュノンに吹き飛ばされた直後、彼の背後に霊体を飛ばしていたのだ。
グランデに訪れた最後のチャンス。
これを絶対に逃すまいと、全く攻撃の手を緩めない。
「(……なんだ……!? グランデが二人……!? 俺と同じ分身か……!? ……いや、違う……分身ではない……!! ……これが……奴の秘密か……!! でも、そんなことはもうどうでもいい……!!)」
押し返せない。
自身の全てを拳に乗せている。
このコンボで勝負をつけるつもりだ。
数十発、殴っている方も痛みに耐えられない程、連撃が続いた後――――
今度は逆にリュノンの方が壁に叩き付けられた。
「……はあ……ははははは……。形勢逆転だな……小僧……」
息を切らしながらも乾いた笑いを見せ、リュノンが落とした短剣を拾うグランデ。
そして、リュノンがやろうとしたように彼の足に突き刺した。
「ぐあああっ……!!!」
「こんなに大変な思いをしたのは初めてだよ。しかも、これからがさらに大変だ。大切な仲間もアジトも、お前のせいで失ってしまった……!! この痛みがお前に分かるのか……!!!!」
足の痛みにもがくリュノンの顔面を怒りのままに蹴り飛ばすグランデ。
リュノンは血を吐きながら、地面に横たわる。
「――――本当ならば……この恨みをお前の身体で晴らしたいところだが……ご存じの通り、ゆっくりしている時間はない……。このまま、お前を串刺しにして、さっさと死んでもらおう」
ベラベラと喋りながら、足に刺さった剣を抜くグランデ。
そしてその言葉通り、リュノンの胸に突き刺した。
「ぐああっ……!! ぐっ……!!!」
意識が飛び掛ける。
天を見上げる。
思い出される。
何故、今自分はこいつと戦っているのか。
何故、長い間ずっとこいつを追い続けてきたのか。
いや――――忘れるはずがない。
わざわざこんな状態にならなくたって、常にそれは俺の中心に有った。
だが、強く再認識するには、いい機会だ。
今の俺の――――原点を。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リュノン・アーリー。
彼は、ケバロー・ホサルトンに孤児として引き取られる前までは、『ツインフラン』という北東にある小さな村に、二個下の妹、ルージェと二人で暮らしていた。
彼らの両親はリュノンが幼い頃に蒸発。
同じ村の優しき老人に引き取られたが、その人も五年経った後に老衰で死去。
それからというもの、幼いリュノンは小さな妹のために村中を駆け回り、仕事を見つけては働くという生活を送っていた。
当然、賃金は知れたもの。
生活は貧しかったが、リュノンにとっては、ルージェさえいれば何も問題はなかった。
ルージェが生まれ落ちたことが、リュノンにとっての唯一の幸運だったのかもしれない。
そんな生活が続く内、ルージェも無事に大きくなっていった。
彼女は兄以上の美貌の少女に育ち、村の皆からも人気が高かった。
ルージェが育ってからは、村の人たちが優しくなった気がした。
彼女が年を重ねる度に、少しずつ生活が楽になっていく気もした。
だが、ルージェは兄に頼り続けることはなかった。
彼女が八歳の頃、リュノンと同じように働くようになったのだ。
基本的には軽い仕事だったとはいえ、まだ幼い彼女にとってはどれほど大変だったかは想像に難くない。
しかし、兄はさらに小さい時から働いてきた。
それを考えれば、ルージェにとっては何でもなかった。
二人は互いに助け合いながら、紛れもない幸せを感じながら、平和に暮らしていた。
――――そして、今から九年前。
リュノン十二歳。ルージェ十歳の時。
兄妹の分岐点となる日が訪れる。




