第二百一話 『勝ち負け』
再び戦闘態勢に入るトライフ。
対するティローナは動けない。
ただでさえ戦うこと自体が嫌な彼女。
この状況で、戦意を宿すことなんて不可能だ。
ただ、泣いていることしかできない。
そんなティローナの前に立つトライフは、怒りを募らせている。
「……いい加減しろよティローナ……。戦えと言ってるんだ。俺と……戦えと」
「……いやだ……!! できない……!! 戦えない……!!! あなたを傷つけることなんて……できないよ……!!!」
舌打ちしながら天を見上げるトライフ。
――――がっかりだ。
せっかく、ティローナを超えた自分を見ることができると思っていたのに。
何年も自力で技を磨き、この身を鍛えてきたのに。
それを試すことすらできないとは。
――――まあいい。
自分の命が危機に陥れば、嫌でも生きるための戦う意思を見せるだろう。
ティローナが構えるのを諦めたトライフ。
地面に顔を伏せている彼女との距離を詰めていく。
そのまま、殴り掛かった。
「ああっ……!!」
殴り飛ばされるティローナ。
トライフはまた、ゆっくりと彼女の元へ向かって行く。
そして、今度は蹴りを入れた。
「……俺はこうやって攻撃を続けていく。死にたくなければ、俺と戦うしかないぜ、ティローナ」
「…………お願い……やめて、トライフ……」
「…………ちっ……!!」
無抵抗のティローナへの一方的な攻撃が続いていく。
耐久力が限界突破していることも仇となり、気絶することはできない。
だが、戦う意志は生まれてこない。
たとえ自分が死ぬとしても、この人に拳を振るうことなんてできない。
――――どうしてわかってくれないの?
トライフ……あなたの方が強いよ。
私なんかよりよっぽど強い。
それでいいじゃない。
それで終わりでいいじゃない。
私たちが戦う必要なんて、何もないじゃない。
「……トライフ……あなたの勝ちだよ……。だから、もう辞めよう……? 私は弱いの……。あなたに否定されるような強さなんて持ってないの…………。お願いだから……帰ってきてよ……トライフ……」
絞り出すように言葉を告げるティローナ。
もうあちこち殴られている。
痛い、どうしようもなく痛い。
でも、それ以上に、『あなたに殴られている』ことの方が痛い。
本当に痛い。
しかし、そんなティローナの言葉や行動の全てが、トライフを激しく刺激していく。
「…………馬鹿にしてんのかティローナ……。何が『私は弱い』だ。ふざけやがって。平気で起き上がってきながら何言ってんだ。――――俺、知ってんだぞ、お前のふざけた強さを。あの時……初めて見たあの試験の時からずっとな」
「……えっ……。……試験のって……」
「……決まってるだろ。お前がヒナノ・スエリアと戦った時からだよ。あれはおかしかったな……」
「……なんで…………見てたの……? でも……どこで…………」
「客席からだ。俺も試験を受けてたからな」
「え……!? そんな……どういう…………?」
理解が遅れる。
あの日。
ヒナノと初めて出会ったあの日のことを忘れたことはない。
あの日、同じ場所にいたの?
同じ受験者として一緒にいたの?
私と、彼が。
気づかなかった。
そんなに近くにいたのに。
私は聖鳳軍に正式に入隊してから、トライフが在籍していないことに衝撃を受けた。
昨年を担当していた試験官にも話を聞いたけど、「覚えてない」と言われてしまった。
受験の予約は名前が必須ではないこともあり、トライフの記録と記憶は、聖鳳軍に何一つ残っていなかった。
だからきっと、トライフは別の使命を見つけたのだと、無理やり自分を納得させていた。
……でも、いたんだ。
あの時、会場に。
「……どうして……どうしてあの時言ってくれなかったの……!? あんなに近くにいたのに……あんなに時間があったのに……!!」
「ティローナ、お前本当に馬鹿なんじゃないのか……? ……言えるわけねえだろ!!! 情けなくて……恥ずかしくて……そんな状態でお前に会えるわけないだろ!!!」
「そんなこと私気にしない!! あなたに会えたらそれだけでよかったのに!! もし事情を話してくれたら、私、辞退してたよ!! あなたが合格できなかったなら、あなたと一緒になれる道を選んでた!!!」
「……最悪だ、お前は。俺の心にどうしようもない傷を増やし続けていく。その気持ちの悪い考えが、どれほど敗者を傷つけるか分からないのか……!!! ――――あの時の目だってそうだ……お前も覚えているだろう……? あの日の最後の試合で、一方的にボコボコにされた奴がいたことを……。あの情けない奴が俺だ……!!!」
「…………そんな………あの人が………」
「ティローナ、さっきお前言ったよな。「あなたの勝ち」だって。これを聞いても、まだそんな風に思えるか!!? まだ俺は勝ってねえんだよ!! ずっと負け続けてきたんだよ!!! 今日初めて勝つんだ!! ティローナ……全力を出したお前にな!!!」
怒りのまま、ティローナの顔面にブローを喰らわすトライフ。
ティローナは血を吹きながら倒された。
「……ごめんなさい……トライフ……」
「ちっ……!! まだそんなことを……!!」
「ごめんなさい……気づいてあげられなくて……。声を掛けてあげられなくて……」
ティローナは涙した。
先程までの感情とは違う物による涙を流した。
あの時、自分がトライフのことを認識できていれば、こうはならなかったかもしれない。
そして何より、私はあの時、トライフのことを『可哀想』だと思ってしまった。
その気持ちが、努力してきたトライフを無意識に否定してしまったのかもしれない。
「……でも……!! ……あなたは強い……!! ずっと……強いままだよ……!!」
「……そう思うんなら……俺に本気を出してみろ!!!」
今度は飛び蹴りが入った。
吹き飛ばされた先で、立ち上がるティローナ。
その姿は、トライフの怒りをさらに増大させていく。
「――――がはあっっ……!!!」
とうとう、倒れた。
結局、ティローナが抵抗することはなかった。
自分の身を護るために、大好きな人に拳を向けるのは、耐えられなかった。
期待していた。
トライフが、考えを改めてくれることを。
しかし、トライフの攻撃が止むことはなかった。
「――――つまらねえ……本当に戦わない気かよ……。――――じゃあ、もういいよ。終わりにする。お前殴り続けるのは、痛いから」
破壊の拳を宿すトライフ。
これを喰らっては、いくらティローナでも不味い。
「(……ごめんなさい……みんな……。私、戦えなかった……勝てなかった……。――――それに、ごめんなさい……トライフ……。あなたの心を救うことができなかった……)」
悔し涙を流しながら、地面に横たわるティローナ。
トライフはトドメを刺さんと、彼女の元へ。
「じゃあな、ティローナ」
無表情。
トライフはそう言うと、ティローナに拳を振り下ろした。
「――――ギリギリセーフですかね……ティローナさん……!!!」
しかし、その拳は駆け付けた翔英によって防がれた。




