第百九十八話 『弱者の蹂躙』
「――――はっ……!!」
「あ、起きたのね」
目を覚ましたティローナに声を掛けるヒナノ。
ティローナはガバッと身体を起こし、辺りを見渡した。
そこは、闘技場ではない。
部屋にはヒナノしかいない。
自身もベッドに寝ている。
いつの間にか、移動されていたようだ。
「……ヒナノちゃん…!! あれからどうなったの……!?」
ヒナノと戦っていた所までは覚えているが、それ以降は全く記憶にない。
「まだ試験中。私は、あなたを治療するために抜けさせてもらったの」
あの後、ヒナノはマーノにティローナの治療を名乗り出た。
本来であるならば、聖鳳軍正隊員が治療を担当するが、ヒナノの力強い言葉と目、何より、彼女と常軌を逸した力を目の当たりにしていたため、それを了承した。
「そうだったんだ……!! 本当にありがとう、ヒナノちゃん!! ――――あっ!! それから本当に凄かったよ!! 私、びっくりしちゃった! もしヒナノちゃんが本気だったら私、手も足も出なかったよ!」
「……なに言ってるのよ? 私、本気だったし。それに、私よりも、あなたの方が凄かった」
「ええ!? ……嬉しい。ありがとう!!」
「……でも、次は負けないわよ。……ティローナ……さん……」
ヒナノの心境の変化。
初めての敗北を味合わせてくれたこの女性に、敬意を表するようになっていた。
ティローナとの戦いは、ヒナノが人として成長できたことに繋がっていた。
「え!? どうしたの今更!? 呼び捨てでいいよ! ヒナノちゃん!!」
「……あなたの方こそ、呼び捨てでいいわよ。……ティローナ」
「分かった! ヒナノちゃ……いや! ヒナノ!!」
「――――じゃ、私たちも戻りましょ。大丈夫そうだったら、戻ってきてって言われてるから」
「うん!」
さらに距離が縮まったヒナノとティローナ。
まだ試験途中の闘技場へと戻っていった。
お互い、この日の出会いを忘れたことはない。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……なんか居づらいね、ヒナノ……」
「そうかしら?」
客席に戻ってきた途端に、他の注目は試合から二人へと移る。
受験者とはとても思えない、異次元の戦いを繰り広げた少女だ。当然だろう。
そんな風に見られてしまうと照れてしまうティローナ。
対する相方は自身の凄さが認知されて満更でもなそうだ。
試験の方は残り二試合のところまで進んでいた。
今やっているのが終われば、ラストだ。
「――――そこまで!!」
十九試合目も終わった。
いよいよ、次で最後。
「じゃあ次、三十九番と四十番、降りてきて」
呼び出され立ち上がる残された二人。
一人は大柄な体格をした人相の悪い男。
もう一人は帽子にマスクを付けた、怪しい男だ。
「――――では、始め!!」
最後の試合が始まった。
大男は余裕そうに笑っている。
対する帽子の男、トライフは、
絶望と緊張で、フラフラになっていた。
自分が護りたかった人間に、あんな力を見せられた。
遥かに人間を超越した力だ。
追い付ける気がしない。
俺の力じゃ、あいつを護れる気がしない。
これまでの自分の想いや行動全てが、無駄になったような絶望を感じてしまう。
それだけじゃない。
すぐ目の前にティローナが座っているのが見える。
さっきまでいなかったのに、どういうわけか自分の番に間に合ってしまったらしい。
しかも、なんであの席なんだ。
上を見たら、あいつの顔が目に入る。
さっきの怪物女と仲良く話しているのが見える。
これじゃあ、力なんて上手く入らない。
でも、情けない自分は、絶対に見せられない。
「(――――はっ……!! しまった……!!)」
集中不足。
もう、試合は始まっていたのだ。
見た目で判断してしまったが、この男、思ったより大分素早い。
こんなすぐに、距離を詰められてしまった。
「(動け俺……!!)」
一発目は何とか回避。
しかし身体がいつもよりずっと重い。
さらに放ってきた相手の拳は、深く、トライフの胸に叩き込まれた。
「うあ…………」
息が苦しい。
ダメなところに当たってしまった。
痛みにうずくまるトライフに、男がさらに襲いかかる。
正義を掲げる聖鳳軍とはいえ、全員が正しい心を持って入隊の意思を示すとは限らない。
中には、合法的に暴力を使いたい者や、組織の力を利用したい者だっている。
こいつは、まさにそうだった。
「ぐわぁぁぁ!!」
動けないトライフをボコボコにしていく男。
こんなのは試合ではない。
一方的な蹂躙だ。
「(……く、くそ……。こいつ……ふざけやがって……。いつもだったら、こんな奴なんかに…………)」
相手は全く攻撃を辞めようとしない。
トライフの意識が無くなるまで続けるつもりだ。
何とか逆転の一手を模索するトライフ。
一年間も努力し続けてきたのだ。
こんな形でなんて、終わりたくない。
――――しかし、
トライフの身体は完全に停止した。
痛みによるものではない。
――――目があったのだ。
虚ろな目で天を見上げるトライフ。
その視線の先には、ティローナがいた。
弱者を見るような、哀れむような、そんな目でトライフを見ているティローナが。
「(…………なんだその目は…………。辞めてくれ……。そんな目で見ないでくれティローナ…………。お前にそんな目で見られたら、俺はもう生きていけない……)」
トライフはやがて、ピクリとも抵抗しなくなった。
いや、動くことすらできなくなった。
「――――そこまで!! ――――君!! そこまでだと言っているだろう!!」
やっと終わった。
地獄の時間が。
トライフは運び出され、治療を受けることになった。
運び出される最中にもやっぱり、ティローナはあの目で俺を見ていた。
「――――大丈夫かな……? あの人……」
「……確かに今のは可哀想だったわね。でも、軍に入ったらきっと、あんな目に遭うことも珍しくないと思うわ」
「え……。……うん、そうだよね……」
その後正隊員に治療されたトライフが戻り、受験者一行は再び闘技場からホールへと戻っていった。
「――――はい。皆お疲れさまでした。今年も、中々見所のある者たちが多かったよ。しかし、今回の合格者は、二名に絞らせてもらった。――――合格者は、ヒナノ・スエリア。ティローナ・カルダートの二名だ」
「え!? 私!!? やったあ!!」
「……当たり前でしょ。まあ、それは私もだけどね」
この年の合格者は、この二名となった。
ヒナノは自分の力を世界に広めながら人々の役に立つことを望んだ。
ティローナは、やっと憧れだった男の子に面と向かって会えると、恋心を爆発させた。
後にこの二人は聖鳳軍の主力として、大いに活躍することになる。
――――だが、
この後、些細な事件が起こっていたことを、二人は知らない。




