第百九十四話 『始まりの出会い』
――――九年前。ミドルハイム。
「――――どこ行ったんだ……!!!」
その中央、カルダート家。
大男が家中を走りながら叫んでいた。
「あなた……! そう騒がないでください…!」
そんな彼を制止する女性。
ニーファ・カルダート。
「だがもう何度目だ……! さっきまで家にいたのに……!!」
そして彼は、マービアン・カルダート。
カルダート家の長で、ニーファの夫。
「……やはり、いやなんでしょう……。いつものように、そのうち戻ってくると思いますが……」
「……昨日きつくやりすぎたか……。帰ってきたら、少し話をするか……」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その頃、村の北側にある空き地では、
一人の少女が蹲りながら泣いていた。
――――逃げ出して来たのだ。
家から、父から、己に課された使命から。
ダメだということは分かっている。
カルダートの血を引いている自分がやらなければならないことだということも。
だから、辛い。
もっと意味の無いことだったら、軽い物だったら、投げ出すことも楽だったのに。
でも、痛いんだ。苦しんだ。
どうしようもなく、嫌な気持ちになるんだ。
強くなったって、何のいいことも無い。
普通に生きたい。普通の女の子らしく生きたい。
なんで私なんだろう。
一族の力を受け継がなきゃいけないのが、どうして私なんだろう。
ティローナ・カルダート。十六歳。
十五歳になった時から、鍛錬が始まった。
前々からその時になったらやると聞いていた。
本当は嫌だったけど、最初のうちはしょうがないと割り切ってやっていた。
でも、最近は毎日のように直前になると憂鬱になってしまい、こうして逃げ出してしまっている。
だけど、こうやって泣いた後、私はまた向こうに戻っていく。
そうするしかないと、分かっているから。
「――――ねえ! 何してんの?」
「…………え……?」
声を掛けられた。
声を掛けられたこと自体は初めてではない。
でも、それは大人ばかりだった。
「なんかあったの? ――――でも、いいところだね。ここ」
こんな風に、同い年くらいの子に話し掛けられたのは初めてだった。
金髪をなびかせて、爽やかな笑顔を浮かべた好青年。
初めて見る顔だ。
でも、彼の話し声は何だか落ち着く。
「ねえ、君、名前は? 俺はトライフ。昨日、この村に引っ越してきたんだ」
「……そうなんだ。私、ティローナ」
「よろしくな、ティローナ。で、何してたの?」
会ったばかりの男の子だ。
でも、こんな風に聞いてくれている。
ティローナは、話してみることにした。
誰かに伝えたことはなかったけど、この人なら話してみてもいいかなって思ったから。
「――――へえ、そうなんだ……。大変だね……」
「……うん……でも、頑張るしかないの。だから私、そろそろ戻るね。お話聞いてくれてありがとう。トライフ」
一通り話し終わったティローナ。
少し気持ちが楽になった。
今日もまた、修業の地に戻ろうとする。
「……ちょっと待って、ティローナ」
「……うん……?」
だがそんなティローナをトライフが呼び止める。
「そんなに嫌なら、辞めたっていいんじゃない? 一族の使命だとか言ってるけど、そんなことよりも、ティローナの意思の方が大事だと思うよ」
「……意思……」
「そう。戦うことが嫌なのに、戦うための力を付けなきゃいけないなんて、そんなのおかしいよ。ティローナはティローナらしく生きるのがいいと思う。……会ったばかりの俺が言うのも変だけどね」
「…………ありがとう、トライフ。トライフに話してよかった。――――おかげで私、頑張れる気がするよ」
トライフの言葉を受けて尚、そこに戻ろうとするティローナ。
そんな彼女の様子を見たトライフは、ティローナにある提案をする。
「ねえ! ティローナ! 俺も、一緒に行くよ!!」
「……え……?」
「ティローナ一人に、そんな使命は負わせない。俺も、一緒に行ってやる!」
「……ええ……? ……でも、これはカルダート家の話だから……。トライフを巻き込むわけにはいかないよ……」
「いや、そんなの関係ない! とにかく俺も行く!!」
「……えええ……? ……分かった、じゃあ行こう……」
ティローナはトライフと一緒に戻ることにした。
心の中では彼と一緒に行きたいとは思っていた。
でも、元々逃げ出してきているのだ。
謝りながら戻るつもりでいた。
彼が隣にいることで、父になんと言われるか分からない。
「……な……!! なんだそいつは……!!!」
「ひいっ……!!」
案の定第一声はそれだった。
父は激しく動揺している。
逃げ出した娘が、見知らぬ男と一緒に戻って来た。
それだけで、父の驚きはキャパオーバーだ。
ティローナもビビる。
何と説明するのがいいのやら。
だが、先にトライフの方から口を開いてくれた。
「あんたが、ティローナのお父さんか。俺は、トライフ。昨日、この村に来た。――――で、あんたに一つ、お願いがあるんだ」
「……お願いだと……」
「ああ。俺にも、カルダ流ってやつを教えてほしい」
「……なんだと!!?」
唐突過ぎる。
予想もつかないお願いだ。
だが、そんな父を説得しようとトライフはさらに続ける。
「さっき、ティローナから聞いたよ。ティローナが、そのカルダ流ってやつのために、嫌だけど頑張ってるって。だから俺も、ティローナの力になってあげたいんだ」
「お父さん……!! 私も、トライフと一緒がいい……!!」
勇気を出したティローナも想いを叫ぶ。
こんな風にティローナが気持ちを伝えるのは久しぶりだ。
マービアンは思った。
確かに、一緒に修業に励む者がいる方が、ティローナにとってもよいのかもしれない。
自身の祖父も、カルダート家ではない弟子に継承させていたと聞いたことがあったし、そこも問題ないだろう。
何より、ティローナがこう言っているのだ。
マービアンは少し目を瞑ると、口を開いた。
「……一つ聞くぞ。トライフとやら。何のために、カルダ流を習う。ティローナの力になりたいと言っても、お前が習う理由はないはずだ」
もう半ば決めていたが、意思確認の質問をしてみた。
何と答えるか。
トライフは、真っすぐマービアンの目を見ながら、答えた。
『ティローナを護りたいから』
その純粋な、だがはっきりと力の籠った答えに、その場にいた一家全員が胸を打たれた。
その日以降、トライフは正式にマービアンの弟子となり、ティローナと共に修業に励んだ。
毎日一緒にいた。
月に何度かは、同じ屋根の下で過ごした。
家族が一人増えたようだった。
それから、数か月の時が経った。




