第百九十一話 『待ってくれ』
敵を倒してもまだ歩みは止めず、東側へと進もうとする翔英。
足はまだ動くのだ。
これで戦いは終わりではないのだ。
完全に村の平和が戻るまで、自分にできることをやらなければ。
「…………どこへ行く気だ……」
そんな彼を見上げるジェシスが呟く。
重症を負いながら倒れる彼女を見降ろしながら、翔英は言葉を返す。
「……決まってんだろ……。まだ、助けを求めている人がいるかもしれねえ……。ぶっ倒れるまで、動き続けるんだよ……」
「……私にトドメを刺さないのか……?」
「もうお前も動けないだろ……。……だったら、刺さない。そんなことよりも……みんなを助ける方が大事だ……。……じゃあな……」
初めてだった。
勝利して尚、敵の命をどうするかの選択権を得たのは。
これまではギリギリの戦い、または一気に決着を着けなければならなかったため、敗北した相手が形残ることはなかった。
だが、本来の彼は、出来る限り命を奪うようなことを望んではいない。
もう動けないのであれば、そこからさらに攻撃を加えたりはしない。
翔英の目的は敵の命ではない。
仲間の、人々の命だ。
そんな翔英の回答を受けたジェシスは、辛そうに首を動かしながら声を出す。
「……おそらく、この村に人間はもういないぞ……。人間の気配を感じない……。それに……我が軍の配下も全員死んだようだ……」
「……え……!? なに言い出すんだよ、いきなり……」
信じられない。
デタラメを言っている可能性が高い。
そう思う翔英に対して、ジェシスは続ける。
「嘘ではない……。私は感知が少し得意でな。じっとすれば、この村程度の広さの人間と魔物の存在くらいわかる……」
「……そうだとしても、なんで、そんなことを俺に言うんだよ……?」
「……今、この村にいるのは、私たちを除けばドラウク様と、あの女だけだ……。お前があの二人の元へ行ったところで、何の意味もない……。邪魔になるだけだ……」
「……ドラウク……!? あいつが来てんのか……!! じゃあ尚更……!!」
じっとしているわけにはいかない。
あの男がミドルハイムに来ているのならば、マービアンに何かあったことは間違いない。
それに、そんな相手の元にいるティローナが心配だ。
何の意味もないと言われても、ただここにいるなんてできない。
とりあえずそこに行ってみなければ。
……でも確かに、あの二人の戦いじゃ自分ができることがないというのも間違ってないけど。
「ま……待て……! 行くな……!! 無意味だと言っているだろう……!!」
しつこい。
まだ粘ってくる。
「なんなんだよ……? なんでそんな行かせたくないの……? 俺が行くって言ってたんだから……ほっといてくれよ」
「……それは…………お前がドラウク様の元へ行ってしまったら……私が『お前』に負けたことが……ドラウク様に分かってしまうからだ…………」
「……は……? 何……それ?」
「……ドラウク様は私が敗北したことに気付いておられるだろう……。もし、お前がドラウク様に顔を見せれば、察してしまう……。私は、お前に負けたのだと……。それは耐えられない……。失望されてしまう……」
「……ええ……? めっちゃ失礼じゃんあんた……。……そんなこと言われたら、尚更行ってやりたくなったわ」
「……待ってくれえ……!!」
ジェシスの必死の説得も虚しく、翔英は二人の元へ進んでいく。
ジェシスはもの凄い悲しい顔をしながら、晴天を見上げた。
しかし、少し歩いたところで、
「……いっ……!! ……くそっ……調子悪いな……」
顔面を何発も殴られた痛みが襲い掛かって来た。
大したことないと散々煽っていたが、別にノーダメージではない。
あの時は反撃のために鎮痛作用が出ていたのか痛みが弱まっていたが、決着が着いたことで普通に痛くなってきた。
その様子を後ろから見ていたジェシスは、腹に力を入れながら声を出す。
「……きつそうではないか……!! お前も休んでいったらどうだ……!! 無理はよくないぞ……!!」
「……うるせえよ……!! 何がなんでも、ティローナさんのところに行ってやらあ……!!」
もはや、「ティローナのために」みたいな気持ちはなくなっていた。
この状態で行っても本当に意味なさそうだし。
でも、後ろの女の言う通りになるのは、なんか悔しい。
だから、翔英はティローナの元へ向かう。
少しずつ、剣を杖のようにしながら、少しずつティローナの元へ。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――そしてその、ティローナ。
「(……この人……本当に……!!)」
彼女が、苦戦を強いられていた。
マービアンが言っていた通り、カルダ流が通用しない。
これまでティローナは、魔物相手ならば、数発で敵を葬って来た。
それは彼女のたぐい稀なる才能と強靭な肉体もあるが、やはりカルダ流の力が大きかった。
カルダ流は、人間に使うことはない。
肉体を完全に破壊してしまうからだ。
この力は、代々カルダート家に、『魔物を討つため』に受け継がれてきた。
今の相手は、間違いなく『魔物』だ。
姿形は人間に近いが、内にある妖気は人間のものではない。
帽子とマスクで顔を隠しているが、それを外して見えるのは間違いなく異形だろう。
ならば、この相手には、カルダ流は間違いなく有効打のはず。
しかし、彼にカルダは通じない。
父が敗北した理由が、少しだけ分かった。
その敵、ドラウクが笑い声をあげ、言う。
「――――さて、そろそろ行こうか。ティローナ・カルダート。俺の力を見せてやる」




