第百八十三話 『矛先は村』
――――その男。
帽子を被って黒いマスクをしている。
帽子から垂れた長めの金髪前髪もあり、顔は目元少ししか見えない。
その格好や声からは、若さが見て取れる。
しかし、この男。
「――――え……?」
聞き返す翔英。
こいつは何を言っているのか。
それに、後ろにいるマービアンの名前を呼んだ。
彼とはどういう関係だ。
マービアンの表情を確認する翔英。
普段の彼には考えられないほどの冷や汗をかいている。
――――なにかヤバい。
「……あれ……?」
振り向いた翔英が驚きを見せる。
――――いない。
さっきまでそこにいた男がいない。
「……なにいい!?」
男は翔英を抜き去り、奥のマービアンの元へ突撃していた。
男の拳を受け止めるマービアンだが、吹っ飛ばされて地面に転がっている。
「……マービアンさん……!!」
急いでマービアンの元へ。
こいつ、普通じゃない。
そんな翔英に蹴りが飛んできた。
腹をまともに蹴られ、翔英も同じように地面に転がってしまう。
「うぐ…………」
普通の蹴りではない。
ダメージは重く、身動きが取れない。
一方の男は、倒れるマービアンの頭を破壊しようとしている。
「(……や……やばい……)」
ここはミドルハイムとワンババを繋ぐ、何もない道端。
周りに人はいない。
建物もない。
助けを求めるには、困難な場所だ。
――――だが、
男の拳をマービアンが受け止めている。
そのまま、男に腹パンを噛ますマービアン。
そして、男を退け立ち上がった。
「……何者だお前は……? なぜこんなことをする……」
「何者でもいいだろ? とりあえず、あんたを殺しにきたってことだけ教えてやる」
道端でぶつかり合う二人。
肉弾戦だ。
お互いに武器は用いず、己の肉体のみでやり合っている。
「(……強い……どっちも……………)」
ようやく身体を起こした翔英が立ち止まる。
動きはなんとか見えるが、割り込むには難しい。
あの男。
おそらく人間じゃない。
さっきの蹴りの感触。
あれは人間のものじゃなかった。
そんな奴と張り合っているマービアン。
彼の方も、こんなに強かったのか。
ティローナに武術を教えた人間なのだから当然といえば当然だが、初めて見る彼の戦いっぷりには驚かざるを得ない。
「……よし……!!」
翔英は剣を変形させた。
そして、久しぶりの戦闘モードに入る。
見ているだけではいられない。
何とかして、マービアンを援護しなくては。
こっそり奴の後ろに近づき、男の背中を斬りつけた。
一瞬怯んだ隙に、マービアンが顔面パンチをお見舞いする。
「マービアンさん……!! 一緒に戦いましょう……!!」
「うむ……」
すぐに体制を立て直す帽子の男。
そして、乱入してきた翔英を激しく睨みつける。
「なんだよお前は。邪魔するんじゃねえ」
「邪魔してんのはお前だろ!! これから大事な用があるのに、なんてことするんだ!!」
「俺のこれも大事な用だ。何年も待ってたんだ。――――もし、このまま俺の邪魔をするようなら、お前にも死んでもらうぞ」
「……なっ……!!」
マスクを少しずらした彼。
それを見た翔英は、思わず怯んでしまう。
――――口元がまっ赤だ。
歯がサメのように鋭利だ。
やはりこいつは人間ではない。
だが、翔英が怯んだ理由はそこだけではない。
奴が放つ、気迫。
この感じ、初めてレウラに会った時と同じだ。
胸にナイフを突き立てられているような。
「……ショウエイ・キスギ……」
「……はい……なんでしょう……」
「お前は……先にミドルハイムに戻っていろ……」
「ええ……!? なんで!? 俺も戦いますよ!!」
「お前では足手まといだ。奴は思った以上に、強い」
男の圧に押されたのはマービアンも同じだったようだ。
彼は、先に翔英だけを向こうに戻そうと動き出す。
翔英が奴にやられてしまってはまずい。
「……!! でも……!!」
「なんだよお前。ミドルハイムの人間なのか?」
話を聞いていた男が会話に乱入。
いきなり質問された翔英は、
「いや違う。少し泊めてもらってるだけだ」
と、正直に答える。
翔英の回答を聞いた男は、さらに食いついてきた。
「なんだと? こいつの家にか?」
と。
「そうだよ。なんか文句でもあんのか」
「……いや、文句はない。――――だが、やはりお前も死んでもらうことにしたよ。あの村に関わっている人間は、全員殺すことにしてるんでな」
――――動き出す。
翔英に向かって、一直線に。
慌てて翔英も剣を構える。
だがそこに、マービアンが割って入った。
「……!! すいません、マービアンさん……!!」
「お前はミドルハイムに戻れ!!!」
「なんで……!? なんでですか!? 俺も戦いますって!!」
「……いや、違う。……ミドルハイムが危ないかもしれん……!!」
「なんですって……!?」
「ほう。よくわかったな。その通りだ。おそらくは今頃、ミドルハイムには俺の部下どもが行っているところだ」
「……!! なんだと……!?」
ここからおよそ一キロ先にあるミドルハイム。
マービアンはその付近から微かな声や気配を感じ取っていた。
さらにこの男は先ほど言っていた。
「あの村に関わっている人間が標的」だと。
だとすれば、村そのものが襲われている可能性がある。
そう考えたマービアンの予感は的中してしまっていたようだ。
「――――分かっただろ! ショウエイ・キスギ!! 俺なら大丈夫だ!! お前は、ミドルハイムを頼む……!!」
マービアンが叫んでいる。
自分の町を護ってくれと。
そういうことならば、戻るしかない。
「……分かりました……!! ミドルハイムは任せてください……!!」
「――――頼んだぞ……!! ……ショウエイ……!!!」
翔英は走り出した。
こっちも心配だが、向こうの方がもっと心配だ。
マービアンがこいつを抑えてくれる間に、ミドルハイムへ戻る。
そして、ティローナと合流しなくては。
「……あいつを逃がすために、自分を犠牲にするのか、マービアン。愚かだな」
「……犠牲? 何を言っている。そんなつもりは微塵もないぞ。……お前が人間ではないと、魔物だと分かったのだ。――――これで、遠慮なく、全力が出せる」
「……そんなものは、俺には通じない」
何もない道端。
一対一となった二人の男が、その身を削り合う。




