第百五十四話 『後悔と絶望』
『もうやめてくれ』
翔英の意思が、ここまで走って来た想いが、負けそうになっていた。
地にうずくまっている翔英に近づく影が一つ。
ジャーザンス。
彼の行動の前に、翔英の心は削られていく。
翔英をボコボコにした後、回復してくるのだ。
最初は、回復される度にジャーザンスに向かっていった。
「今度こそこいつを倒してやる」という鋼の意思で。
しかし、十回を超えだした辺りから、翔英の目が閉じていく。
何度再挑戦しても、奴に剣は届かない。
入口に向かおうとしても、すぐさま反対方向へ飛ばされてしまう。
奴は、強すぎる。
ひたすら受けるのは、激しい「痛み」「苦しみ」
限界に達したらまたリセットされる。
それが、永遠と続いていく。
未知への恐怖も相まって、段々とこう思うようになっていく。
『もう戦いたくない』
託された想い。
自分一人では重すぎる。
どうやったって、道が見えない。
――――戦う。
その選択しかないのは、分かっているのに。
「はいはい、次行こう。――――ほら!!!!!!! 立って立って。経験値稼ぎにはもってこいなんだよ。君ってさあ。だって、剣以外の戦法ないじゃん? だから対策しやすい。もう脳死で攻略できるよ」
また、翔英を治すジャーザンス。
だが、翔英は頭を起こさない。
「……どうしたん? もう治ってるはずだけど。おお、それとも反撃のチャンスを伺っているのかなあ? いいよいいよ、頑張って!! 応援してるよ!!」
完全に遊んでいる。
声だけでそれが分かる。
今なら――――
横に一閃。
不意打ちでジャーザンスの首を狙う翔英。
おまけに、剣の大きさを変えながら。
でも、
「――――ああ惜しいねえ。色々変な力があるのはちょっとびっくりだけど、何てことはない。その剣の威力じゃあ、僕に致命傷なんて与えられないよ。もっといっぱい当てるとかしないとね」
また腹を思い切り殴られた。
転がりながらダウンする翔英。
だが、肉体のダメージ以上に、精神的なダメージが大きすぎる。
『絶対に勝てない』
それが、今の一発で完全に脳に刷り込まれてしまった。
「おいおいおい!! 一発じゃあまだ終わらないよね? 早く立ちな。諦めるのは怖いんでしょ?」
近づいてくるジャーザンス。
しかし、翔英は顔を上げようとしない。
『もう立ち上がりたくない』
そんな翔英を見降ろすジャーザンスは、眉をひそめながら翔英の頭にそっと手を下ろした。
そのまま顔を無理やり起こす。
「どうしたんだよお。そんな顔してさあ。さっきまでの威勢はどこへ行っちゃったのよ?」
――――泣いている。
涙を垂れ流している。
一目見ただけで、戦意喪失なのが分かってしまう。
「…………もう、無理だよ」
翔英は振り絞るように呟いた。
分かっている。
それを言ってしまったら、全てにおいて完全に負けになってしまうことは。
この世界に来た時に誓ったのだ。
死ぬときに後悔のないように、戦うと。
レウラの時だって、ロジェの時だって、絶対に戦意を消すこと、諦めを口にすることはなかった。
己の矜持を守るために。
しかし、恐怖と苦しみは人を押しつぶしていく。
無限に続いていくような地獄の時間。
永遠に続いていくような奴の魔の手。
翔英の心を破壊するのに十分だった。
本来の彼は、戦士ではないのだから。
――――でも、涙を流していたのは。
痛みや苦しみ以上の理由が大きかっただろう。
「……嘘でしょショウエイ君!! 嘘でもそんなこと言っちゃだめよ!! せっかくここまで登ってきたんでしょ!! 君が欲しいものは、もうすぐそこにあるんだよ!!!」
心無い応援をするジャーザンス。
しかし、彼の言葉もまた、翔英の精神に棘を刺していく。
もう、言葉も出てこない。
「……ダメだこりゃあ。ちぇ、つまんないの。じゃあいいよ、終わりにしようか。下の処理もしなくちゃいけないし」
その姿を見たジャーザンスは、戦いを終結させようと動き出す。
地面に崩した翔英を再び殴っていく。
無抵抗の翔英は吹き飛ばされ、無言で視線を前方へ。
ジャーザンスが向かってきているのが見える。
「まあでも、結構良くなったよ。一応、お礼を言っておくね。さようなら!!!!!!」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――――結局、俺は何のためにこの世界に来たのか分からなかった』
『ミネカを助けるため』
『そう勝手に思っていたけど』
『どうやらそれは驕りだったようだ』
『勝手に強くなった気でいたけど、全然そんなことはなかった』
『こんな最期かよ』
『なんにも変わってないじゃないか』
『――――ここで死んだら、またミネカと話せるのかな?』
『もしそれなら……』
『……ああ、そうでも思わないと、罪悪感と後悔で押しつぶされてしまう』
『ごめん』
『ガロトさん……あなたの思いを成し遂げることができなくて』
『レランカさん……みんな……せっかくここまで送ってくれたのに……託してくれたのに……』
『ミネカ。本当にごめん。俺のせいで、こんなことになったのに、君を絶対助けるって誓ったのに』
『一生、俺を許さないでくれ』
――――涙の理由。
それは、ミネカへの想いが一番強かった。
自身へのあまりの不甲斐なさ。
こんなところで諦めてしまう愚かさ。
自分で誓ったことすら碌に守ることするできないなんて。
翔英の表情は涙で歪んでいる。
それほど、『諦める』という選択は彼にとって辛いものだった。
あの時よりも、さらに強い後悔が彼にあったから。
――――でも、もうどうしようもない。
迫るジャーザンスを前に、翔英は目を閉じた。
『ごめん、さよなら』




