第百五十三話 『狂気人』
「――――な……何だとォ……!!!! 何が起こったのよ……!!!?」
声を荒げるジャーザンス。
今明らかに、ガロトが自ら剣に飛び込んでいった。
そして、地に倒れた。
翔英は倒れるガロトの背中を見つめ、涙を流している。
――――翔英は先の攻防の一瞬、意思を感じ取っていた。
トドメを刺さんと向かってくるガロトだったが、彼の目に光が戻っているのが見えた。
あまりの驚きで動きを止める翔英だったが、そんな翔英に頷いて見せたガロト。
そこで翔英は「このままでいろ」というガロトの無言メッセージを感じ取った。
翔英は剣を構えたまま、立ち止まった。
そして、構えた剣に、ガロトは自らの腹を突き刺した。
翔英は、ガロトの記憶が一瞬だけ戻り、自らの意思で戦いを終わらせてくれたのだと感じ取った。
「――――ガロトさん…………」
翔英が呟く。
再び、恩師の名前を。
ガロトはもう、ピクリとも動かない。
生物としての役目を終えて尚、動きを止めることの無かった彼は、ようやく眠ることができた。
「…………ちっ。なんてこった。マジかよ。俺、一人?」
そう言いながら、今起こったことを考察するジャーザンス。
ガロトの意思が戻ってきてしまった。
それ故に起こってしまった結果だと。
そして、「制御装置を外したのはミスだった」と考える。
タイミングが悪かった。
おそらく、力だけでなく余計な物までガロトに与えてしまったようだ。
それが、この結果。
「でも、しょうがないよね。もう起きちゃったんだから。後悔しても仕方ないよね。――――じゃあ、私が戦うよ」
今日一日で手駒を全て失ってしまったが、ジャーザンスにとっては些細なことではない。
ガロトならまた直せば復活するだろうし、配下だってまたどっかで攫ってきて改造すればいい。
ワンダフィンだけは少々惜しいが、奴も精々五将悪程度。
またどこかで同じような奴に会えるだろう。
――――今は、このショウエイ・キスギだけ倒せば、勝ちだ。
ジャーザンスが動き出した。
この肉体にも大分馴染んできたようで、準備は万端だ。
対する翔英も剣を構えて歩き出す。
――――決着をつけるために。
「…………お前を倒す」
「うん。いい気合いだね」
悲しみと怒りを向こうへと退かし、この戦いに全てを注げる覚悟だ。
「――――行くぞっ……!!!」
「いちいち言わなくていいよ別に」
これまでの全てを掛けて飛びかかる翔英。
そのまま、天高く上げた剣を仇敵目掛けて振り下ろした。
その一撃を何とか躱すジャーザンス。
だが、追撃の速度は常識を超えている。
翔英の一閃が、ジャーザンスの胸を捉えた。
「うわあっ!!!」
さらに畳み掛ける翔英。
相手の手の内は分からない。
だから、反撃はさせない。
このターンで一気に決めるつもりだ。
攻撃の手は止めない。
奴が完全に膝を着くまで。
そして、翔英のターンがずっと続くこと、数十秒。
ついに、ジャーザンスが崩れ落ちた。
「トドメだ!!」と心の中で叫びながら、引導を渡そうと狙いを定める翔英。
――――決まった。
手応え大ありだ。
白目を剥きながら、ジャーザンスが倒れていく。
――――しかし、
「はいはい、ごくろうさまでした」
翔英の胸に手刀が食い込んだ。
その手刀は、倒れるジャーザンスの身体を貫き、翔英の胸へと飛び出して来た。
胸を捉えた一撃。
血を拭きながら、今度は翔英が地に倒れる。
「…………どうなって………」
「――――やあ、こんにちは」
倒れたジャーザンスの後ろから、知らない男が顔を覗かせる。
翔英の胸をジャーザンスごと刺したのは、この男のようだ。
その男は地に伏せる翔英とジャーザンスを観察しながら、嬉しそうな顔を浮かべている。
そして、事切れたジャーザンスの顔を持ち上げながら、
「ごめんね。さっき嘘ついちゃったの。こ・い・つは、別に大したことない肉体なんだ。ただの古着。――――これが、本当の僕の強さだよ」
と、言った。
そして、さっきまで自分が着ていた人間を遠くへと投げ飛ばす。
「ほら!! あいつも結構重かったけど、この僕の力だったら、あんなに遠くに飛ばせるよ。もっと見せてあげようか?」
「…………なんなんだよ、お前………」
嬉々として声を掛けて来るジャーザンスに、声を震わせて答える翔英。
そして、翔英は強く思った。
――――この男、ジャーザンスは『イカれている』
戦法が、思考が、台詞が、行動が、全てが理解できない。
自分を脱ぎ捨てながら、それを壊しながら攻撃してくる。
さっきまで自分だったものを、躊躇いなく投げ飛ばしてくる。
そして、常に半笑いのような口調でベラベラと台詞を口にする。
『怖い』。
『ただひたすらに』。
初めてこの男を見た時から、その狂気の片鱗は感じ取っていた。
目を合わせただけで、心の中に手を入れられたような感じがした。
会話を交わせば、脳を直接触られるような気がした。
だが、「臆してはいけない」と。
翔英は恐怖を跳ね除けていた。
でも、今、その恐怖は着実に翔英を蝕んでいる。
ミネカのために、ガロトのために、みんなのために、戦わなくてはいけない。
そんなことは十分に分かっている。
むしろ、「その思いだけで」ずっと剣を振って来た。
しかし今、自分の胸の傷を見て、未知の恐怖を見上げて、その思いにヒビが入りそうになっている。
「一人だけで、俺だけで、この男を倒すことなんてできるのか」と。
『誰か助けて欲しい』
そう言いそうになる。
己自身の力で、戦わなければならない。
そう強く思っているのは間違いないのに。
みんなの思いを背負っているのに。
「――――ところでショウエイくん。この肉体に入るのは結構久しぶりなんだ。だから、ちょっと運動に付き合って欲しいんだ。さあ、立ち上がって。でも安心してね、この身体が完全に馴染むまでは、一緒に遊べるからさ」
「……………………」
「ああそっか!! ごめんねえ。痛くて起き上がれない? じゃあ僕が手を貸してあげるよ。ほら、捕まって!!」
腹を抑えながら横たわる翔英に手を差し伸べるジャーザンス。
その手に、翔英は剣を突き刺した。
「結構まだ元気あるんだねえ。でも、その攻撃は流石にひどくない? まあ、この程度のケガなら簡単に治せるからいいけどね」
ジャーザンスは近くに有った溶液を手に掛けた。
すると、その傷はみるみるうちに引いていく。
「実験とかでさ。耐久性を試す時とかに便利なんだよねこれ。おっ? 君にも使って上げようか?」
そう言いながら翔英の胸にも溶液を掛けるジャーザンス。
するとやはり、刺し傷が治っていく。
翔英は瞬時に立ち上がり、ジャーザンスに剣を振った。
「おおいいねえ。相手がこうやってやる気ある方がいいウオーミングアップになるもんねえ」
しかし、三番目のジャーザンスに翔英の攻撃は決まらない。
当たってはいるものの、すぐに反撃の拳を喰らい、翔英の方がダウンしてしまう。
それでも、『諦めない』という信条をバネに、何度も突撃する翔英。
だが、今の彼の力では狂気を倒すことはできない。
しかも、倒れてもまた、ジャーザンスが回復してくる。
終わらない。
戦いが終わらない。
そんな状況が続いていく。
やがて――――折れ始めた、彼の心が。




