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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第六章
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第百四十一話 『姉妹』

 ――――蘇る記憶。


 数年前まで、毎日のように見ていた顔。

 あの頃と変わらない、真っ黒に覆われた全身。


 一つだけ違うのは、『大きさ』。

 あの時のよりも数倍は大きくなっている。

 

 ソルが人間として成長しているのだ。

 当然と言えば当然か。


 「…………やっぱり……そうなんだ……」


 ヒナノから事実を聞いたティローナが零す。

 彼女の中で確信が持てなかった、怪物の正体が確定した。


 「……ええ、でも、今は…………」


 万が一の時のため、ヒナノはソルにこの力をコントロールできるように言っていた。

 だが、ソルは自分の意思でこの力を使ったことは一度もない。

 現在はもう、怪物が怪物の意思で出て来ることもなくなったはずだ。


 しかし、ソルの怒りと悲しみが爆発し、眠っていた怪物の力が戻ってきてしまった。


 「とにかくヒナノ!! ソルは今、暴走状態になってる!! ヒナノ、ソルを元に戻す方法知ってるでしょ!!?」


 「……方法ね……詳しい方法は知らないわ。ただ、あの時はいつも、こうなったソルを気絶させてた。また目が覚めると、いつものソルに戻るのよ」


 「…………うん、それが分かっただけでもよしとする。とにかく……気絶させればいいのね……!! ――――ヒナノは動いちゃだめだよ!! 私がやるから!!」


 目標が確定したティローナは、ソルの元へと向かって行く。

 

 ヒナノは動けない。

 ただ、親友と妹の戦いを見ることしかできない。


 激突するティローナとソル。


 それを見ていたヒナノは、いくつかの事に気付く。

 

 まず、あの頃よりも怪物状態のソルがずっと強くなっていること。 

 あの頃なら、割と簡単に無力化することができていた。


 だが、今はどうだ。


 自身のコンディションが全快だったしても、気絶させるのに数分かかりそうだ。

 

 ソル自身が成長していることも大きいのか。

 とにかく、この状況で今のソルを無力化するのはかなり難しい。


 もう一つ、ソルの意識はどうなっているのか。


 最後にあの姿を見た時では、ソルの若干の意識が残っていた。

 

 しかし今は、今見ている限りでは、あの子の意識は微塵もなさそうだ。


 そして、この力をソルが自在に扱えていたなれば、「自身やティローナに匹敵する戦力になっていたのに」とも思った。

 

 『もう少し、強く言っておけば……』とも。


 「……ソル…………」


 そっと呟くヒナノの前で、心を鬼にしたティローナが拳を叩き込んでいる。

 傷が残らないように顔以外を狙うようにしているが、ソルはとにかく素早い。

  

 少しずつ、ティローナが押され始めていく。


 「……!! ソル……!! ごめんね……助けたいのに……!!」


 ティローナが弾き飛ばされ、壁に激突した。


 落ちた先でうずくまるティローナ。

 ついに、彼女のダメージが限界を迎えたか。 


 そしてそのまま、トドメを刺さんと飛びかかるソル。


 「(……う……動いてよ……私……!! ソルの手を……汚させるわけにはいかないでしょ……!!)」


 必死にもがくティローナだが、間に合うはずもない。


 彼女の顔面に、巨大な黒い牙が振り下ろされた。


 ――――だが、そこに割って入った人間が一人。

 

 「――――ヒナノっ!!!!」


 ヒナノ・スエリア。

 

 これ以上、二人の戦いを見ているのは耐えられないと。

 歩くことすらままならなかった彼女が、二人の間に立ちはだかった。


 「……ぐあ……あああ……!!」

 

 苦痛にまみれた声を出すヒナノ。

 

 ティローナを庇ったことで攻撃の矛先はヒナノへと向いた。

 ヒナノの右肩には、ソルの巨大な牙が食い込んでいる。 

 

 「ヒナノ!! 今助ける……!!」


 「待って!! ティローナ!!」


 加勢に入るティローナを制止するヒナノ。

 

 ヒナノは肩に牙を食い込ませたまま、獣となったソルを抱きしめている。


 「……お願いソル……!! ……戻ってきて……帰ってきてよ……あなたが頑張ってること、私、分かってるから……よく知ってるから……だから……もう、無理しないで……」


 ここに来てからずっとこらえていた涙を流しながら、さらに強く抱きしめるヒナノ。

 その涙は怪物となったソルにも影響を与え始める。


 ソルは牙を抜くと、ヒナノとの距離を置いた。


 そして――――死んでいるような真っ黒な目から、涙が零れ始めた。


 「ギ……!!! アアァア……!! アアアアアア!!!!」


 ――――咆哮。

 

 無慈悲なる獣は空を見上げ、天に叫ぶように雄叫びを挙げた。


 「――――ソル……ありがとう……ごめんね……」


 再び、ソルを抱きしめに行くヒナノ。


 ――――その姿は、姉妹のようだ。


 そして、ソルの暗黒が身体から引いていく。

 巨大な牙が、爪が、体毛が消えていく。

 人間の物を取り戻しながら。


 『破壊する意思』が消えたことで、獣は姿を消していく。


 「……ソル……!!」


 ティローナが言う。

 ヒナノの胸の中で、少女が姿を見せたことに対して。

 少女は力尽きたように眠っている。


 しかし、その顔は、苦痛から解放されたような安らかな顔だった。


 「……おかえりなさい……ソル……」


 優しい姉は、勇敢な妹に涙ながらにそう告げた。


 そして、妹をまた強く抱き寄せた。


 「……よかったあ……ヒナノ、ソル……」


 ティローナも二人のように涙を流した。

 ヒナノとソルがこうやってくっついている姿を、また見られたことに対して。


 これで、一件落着。


 ――――ではない。


 「……じゃあ、ヒナノ。私、行ってくるね」


 「……ティローナ……」


 座り込むヒナノに声を掛けるティローナ。

 二分くらい休憩して少し体力は戻った。


 もう、動ける人間は自分しかいないのだ。


 ティローナは決めている。

 死ぬまで、命尽きるまで、進み続けると。


 ――――だが、


 「素晴らしい素晴らしい!! 素晴らしいものを見せてもらいましたよ!! 実に素晴らしい愛でした!!!」


 けたたましい拍手と共に、扉の奥から男の声が聞こえてきた。


 そしてその男は、ティローナたちの前に姿を見せた。

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