第百三十六話 『私は誰か』
「ありがとうリュノン……」
合図を送ったわけでも、打ち合わせをしていたわけでもないのに、咄嗟にアシストをしてくれたリュノンに感謝を述べるヒナノ。
リュノンはわずかな笑みを浮かべ、後ろを振り返りながら、
「どうってことないっすよ。俺だってこれくらいやらないと。それよりヒナノさん……!! さっきの話、一個訂正させてもらうぜ……!!」
と、言葉を返す。
「――――上に行くのは、俺たちじゃない。ソル『だけ』です。俺も、ソルが上に行けるようにここであいつらを喰いとめます……!! あなたたちと一緒に……!!!」
リュノンの言葉に驚くスエリア姉妹。
だが、姉妹が口を開くより先に、フェルフラムが一歩前へ出た。
「ああ、リュノンの言う通りだ。俺はこの通り走るのも難しい。今の俺にできることは奴らを止めること……!!」
フェルフラムもリュノンと同じ意思だ。
誰か一人を扉の奥へと進めることが、最低限の仕事。
そもそもの話。
三体減ったとはいえ、まだ七体も残っている。
ティローナの前に三体。
残り四体を今のヒナノ一人で抑えるなんて無理だろう。
だから、男二人は残ることにした。
彼らが加われば、ソルが向こうへ行く隙を作るくらいはできるだろう。
二人の言葉を受け、ヒナノは無言で頷いた。
彼らの言っていることが正しいと思ったから。
だけど、ソルは……
――――うつむいたままでいた。
そりゃあそうだ。
最愛の姉を含む仲間たちを置いて一人で進めなんて、あまりにも残酷な要求だ。
しかも、先がどうなっているか分からない。
――――不安だ。
自分一人で何ができるのだろうか。
「……ソル。お願いね。あなたは、進んで」
「……姉さま……」
戦場で顔を合わせるソルとヒナノ。
ソルの表情は曇り切っている。
ヒナノは極めて穏やかな口調で話し始めた。
「分かってるわ、ソルの不安。でも、全員この場でやられてしまうのは、一番起きたらダメ。どこかは分からないけど、必ず出口もあるはず。……状況次第で……判断はあなたに任せるわ」
「…………でも、私……」
「安心して。ソルの役割は『先行』。別に私だって、ここで終わるつもり、ないから。……だからお願い、ソル」
「…………分かりました。私、行きます……」
姉の説得を受け、一人進むことを決意したソル。
今は、ヒナノの言葉を信じるしかない。
たとえそれが、虚勢だとしても。
「ありがとう、ソル。――――それじゃあ、私たちはあいつらをあそこからどかすわよ。ソルは少し離れて待ってて。隙が出来たらそのまま進んで」
頷くソルたち。
目標は、扉を阻む四体の魔物。
全快には程遠い三人が敵の距離を縮めていく。
――――対する魔物側も動いた。
二手に分かれ、二体がこちらに向かってくる。
もう二体は引き続き扉の警護だ。
前に出たのは、負傷自体はしていないリュノン。
二体の魔物の前に立ちはだかった。
もしここがここでなかったなら、リュノン絶好の活躍の場となっていただろう。
だが今、リュノンは一人しかいない。
短剣を振り回しながら、根性で敵を抑えていくリュノン。
一階で彼を温存させておいたことが功を奏したのか、何とか二体の足止めに成功する。
そのままリュノンの隣をすり抜けるヒナノ。
横にやった視界には、敵に囲まれる親友の姿が映る。
彼女もなんとか、三体と互角の戦いを繰り広げているようだ。
ならば、後二人。
こいつらをここからどかせば。
「――――はあっ……!!」
手持ちのステッキを叩きつけるヒナノ。
しかし、魔法は出せない。
やはり先程の一発が最後だったようだ。
魔法を纏わないヒナノの一撃は軽く受け止められてしまった。
そして、
「……ああっ……!!!」
拳をもらった。
ヒナノの苦痛の声が響いた。
彼女が身体を殴られるなんて、いつぶりだろうか。
もう、覚えていない。
それくらい昔のことだ。
吹き飛ばされて体勢を崩した先で、更なる攻撃を貰うヒナノ。
「痛い」
「痛い」
「痛い」
「痛い」
「殴られるってこんなに痛かったっけ……」
痛みに呆然とするヒナノの瞳に、親友と妹の姿が映った。
二人とも迫真の顔を浮かべながら叫んでいる。
『――――言葉は良く聞こえないけど、何を言っているかは分かる』
『ティローナは「ヒナノって、ソルは「姉さま」って叫んでるんだ』
『――――そんな顔で見ないでよ』
『あなたたちのそんな顔、私、見たくないもの』
『――――いや、違うわ』
『「今の私」が二人をあんな顔にしてるんだわ……』
『……そうよね。あなたたちに、『憧れ』って言ってもらってる私が、こんな姿を見せたら、そんな顔にもなるか……』
『…………悔しい……悔しいよ………私……』
『――――あれ、違う。ティローナが……ソルがいってることって……』
二人の声が直接耳に届いた。
確かに二人はヒナノを呼んでいたが、それ『だけ』ではなかった。
『言葉』が添えられている。
『力をくれる言葉』が。
「――――負けないでよ!!! ヒナノ!!!」
「――――姉さま!!! 立ち上がってください!!」
傷ついた身体でも勇気が湧いてくる。
この声を聞いていれば、どこまでだって行けそうだ。
「――――そうだ。私は……『ヒナノ・スエリア』。あの二人の前で、こんな奴を相手に地に伏すなんて……そんなの……許されるわけないでしょ!!!」
――――ヒナノは立ち上がった。
渾身の『頭突き』を食らわせながら。
「――――かかってきなさい!! あなたの相手なんて……これだけで十分だわ!!!」
右手を高く構えながら、ヒナノは言う。
信じてくれるものたちのため、ヒナノは戦う。
自身が、ヒナノ・スエリアであるために。




