第百三十四話 『理想の言葉』
「――――よし…………」
休憩終わり。
ティローナは立ち上がり、ヒナノの顔を覗いた。
「……どうするヒナノ。……ヒナノはまだ、大丈夫……?」
ティローナは感じ取る。
ヒナノはもう、見るからにきつそうだ。
できるだけ平静を装っているが、ティローナの目はごまかせない。
だが、あえてティローナはそう聞いた。
『ヒナノなら』
ティローナはそう思っていた。
「……ええ。あなただけに任せるわけにはいかないもの」
ヒナノは答える。
質問の答えはぼかしながら。
「……そっか。とりあえず、私は進もうと思う」
「もちろん、私もいくわ。あの子が待ってるから」
「…………うん、そうだよね。行こう」
一軍二人は奥の扉に目をやった。
そして、二人の後ろには、
「ヒナノさん、ティローナさん。俺たちを置いてってもらっちゃ困るぜ」
リュノン、ソル、そしてリュノンに肩を貸してもらっている、目を覚ましていたフェルフラム。
二軍三人も、進む意思は変わらない。
「姉さま、ティローナさん。……私たちも行きます……!!」
「……俺もだ。……俺も行くぞ。みんなの肉壁ぐらいには役に立って見せる……」
「……あなたたち…………ありがとう。――――じゃあ、行きましょう」
ここに入ってからどれくらい時間が経っただろうか。
この圧倒的な不利な場所で、四十体の魔物をなぎ倒した一行。
彼らはようやく、目的地へと続く扉へと手を掛けた。
扉をくぐると、螺旋階段が見える。
この建物は三階建て。
二階分上がった先に、ミネカと奴はいる。
そして、二階へ。
下と同じような作りの大部屋。
やはり向こうには扉が見える。
奇妙な作りだが、今度は上に行く階段は向こう側にあるようだ。
「――――みんな。あの扉の先に、ここのボスがいるはずよ。正直、今の私たちで勝てるかは分からないけど…………頑張るわよ」
ヒナノがメンバーの顔を見渡しながら、声を掛ける。
ソルとリュノンは頷いた。
魔法を使えないとはいえ、体力自体はほとんど減っていない二人。
「自分たちがどうにかしないと」という思いもある。
フェルフラムは無言で息を吸い込んだ。
この戦いで死ぬ覚悟を決めるように。
だが、ティローナだけは、下を向いたままだった。
そして、
「――――らしくないよ、ヒナノ」
と、呟いた。
ヒナノたちはティローナに視線をやった。
するとティローナは、顔を上げて言った。
「私が知ってるヒナノならこう言うよ。『私たちなら絶対勝てる』って。……うん、私だって分かってるよ、今の状況。……でも、ヒナノには、そう言って欲しい。どんな時だって、ヒナノは……下を向いたりしなかったもん」
ヒナノは目を見開いて驚いた。
もう魔法が使えない。
もう戦うことすらできない。
そんな絶望的な状況でも、ヒナノ・スエリアは折れない。
ティローナは、そう信じている。
ヒナノが限界に近いことは、とっくに分かっている。
自分だってどこまでやれるか分からない。
だが、それでも――――
ヒナノには常に、前向きで居て欲しい。
みんなの前で、戦う前に、ヒナノが後ろを向くのは見たくない。
ヒナノの弱気な姿は見たくない。
憧れであり、親友であり、最も尊敬する人間に対しての心からの言葉。
「……ふっ……あはっ、あはははははっ!!」
――――ヒナノは吹き出した。
普段の彼女には見られない、少女のような満面の笑みだ。
「……ふっ……!! ふふふふっ、あははははっ!!」
ティローナも釣られて笑った。
ここは敵地のど真ん中。
笑いなどが起こっていい場所ではない。
――――だが、二人は笑った。
まるで、教室で楽しそうにお喋りする女子生徒のように。
「……そうね、私には似合わないわね。「勝てないかも」なんてさ。ありがとうティローナ。――――じゃあ、言い直すわ」
咳払いを挟むヒナノ。
ソルもリュノンもフェルフラムも、口元を緩めながら彼女を見つめる。
「みんな。あの扉の奥に、ここのボスがいるはずよ。私たちなら――――絶対勝てるわ。頑張るわよ」
身体はボロボロ。
魔力もカラカラ。
しかし、ヒナノの瞳は輝いていた。
ティローナの言葉が、彼女にとってのオアシスになったようだ。
ティローナを含めた四人も、力強く頷いた。
リュノンは思った。
「なんだか、何とかなりそうな気がしてきた」
「この二人が一緒なら、どこまでだってやれそうだ」
と。
ソルは思った。
「姉さまとティローナさんなら、絶対負けない」
「私もティローナさんのように、姉さまの隣に立ちたい」
と。
フェルフラムは思った。
「くたびれた身体に元気がもらえる物を見せてもらった」
「この二人は絶対に死なせない」
と。
そして、ティローナ。
少し昔のことを思い出していた。
ヒナノの後ろを私はいつまでも着いていきたい。
――――でも、もしヒナノが後ろを向きたくなったら、
その時は、私がヒナノの前に。
急遽結成されたミネカ救出隊。
いよいよ、彼らの決戦の時が訪れようとしていた。
――――だが、
五人が奥の扉に手を掛ける前に、向こう側から扉が開いた。
嫌な予感。
もう二度も見た気がする光景。
――――そして、十体の魔物がその姿を見せた。




