第百十五話 『殲滅一直線』
――――スリーラが家に帰ると、『異変』が二つ起こっていた。
一つ目に、ノマナが突然首を痛めたらしくて、ベッドに横たわっていたこと。
痛みはまだ引かないらしく、安静にしなければならないので、ゆっくりスワナと話すことが出来なかった。
もっとも、スリーラの方も落ち着いて話せる状態ではないが。
そして二つ目。
これはスリーラが感じたことなので気のせいなのかもしれないが、他のゴアナ族の自分を見る目がいつもと違う気がした。
何というか、『恐れ』を孕んでいるような。
そんな気がした。
向こうから話し掛けてくることはなかったので、彼らと会話はしていない。
スリーラに今、誰かと話しをする気力はないから。
ノマナがいない自分の部屋で、スリーラはうずくまった。
『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』
今は、それしか出てこない。
あの男が言っていることは本当だろう。
冗談でそんなことを言うような奴には見えなかった。
冗談であって欲しい限りだが。
つまり、明日までに最低でも『一人』はこの家から消える。
『あの男を倒せば』
スリーラはそう思った。
あいつさえいなくなれば、誰も死なずに済むかもしれない。
だが――――
『消えない』。
あの男への恐怖が。
スリーラの脳裏に刻み込まれている記憶によるものなのか。
あの男の会話の中で、スリーラは圧倒的な力を感じ取っていた。
『あの男に逆らってはいけない』
自分でも知らない自分が、無意識にそう言い聞かせてくるのだ。
そしてその声に、スリーラは強く納得してしまった。
『怖い』という感情が高まっていく。
スリーラは、ジャーザンスを倒す決心ができなかった。
ならばどうするか――――
答えは一つ。
スリーラの一番大切なもの、それは、ノマナ。
彼女だけは、何としても絶対に護りたい。
このまま何もしなければ、あいつにノマナは殺されてしまう。
あいつが提示してきた、唯一のノマナを助ける方法。
それは、『一人』殺すこと。
そうすれば、他の人は見逃してくれるとあいつは言っていた。
普通ならば、その提案を真に受け、家族を手に掛けるなどということはしないだろう。
しかし、あまりの恐怖に、スリーラは錯乱状態へと陥っていた。
『もうそれしかない』
そう思うようになってしまっていたのだ。
スリーラはいつの間にかナイフを手に持っていた。
その手はガタガタと震えている。
手だけではない。全身が同じように。
そして思い出す。
あの男、この命令を出す際に条件を出していた。
『親しい者』にしろと。
彼女は決心した。
一番大切な人を護るために、二番目に大切な人を殺すことを。
そして、少し経った頃、スリーラは『スワナ』の元へと向かった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――いた。
スワナの部屋に、背を向けている、彼が。
まだ気づいていない。
スリーラは凶器を後ろに隠しながら、スワナにそっと近づいていく。
そして、ナイフを振り下ろそうとした。
しかし――――
スリーラが振り下ろした手は止まった。
目から涙があふれた。
『できない』
『できるわけがない』
『そんなこと』
「――――来てくれたのか、スリーラ」
スワナが言う。
震えながらナイフを持った彼女に対して。
スリーラは顔を引きつらせながらスワナとの距離を置く。
『どうしよう』『なんて言えば』
そう思いながら。
「……やっぱり、そうだよな、スリーラ」
「…………え…………?」
「俺、今朝のスリーラとあの男との話、聞いてたんだ」
「……!! そ………そんな………」
「俺を殺しに来たんだろ? みんなの……ノマナのために」
ナイフを見ながらそう口にするスワナ。
しかし、彼からは動揺や焦りは感じられない。
「――――でもな、スリーラ。何もお前が、こんなことをする必要なんてない。……優しいお前が、こんなことしちゃいけないよ」
「………で、でも………あの人、一人殺さなかったら、みんな殺すって………」
「うん。そう言ってたな。あれが嘘じゃないってことも分かったよ」
スワナも分かっていた。
ゴアナ族は特別な力を持ってはいるが、戦闘能力はほとんど持たない。
武器を手に取り戦いを挑んだところで、全滅することは間違いない。
『聖鳳軍に助けを求める』
それもおそらく無理だ。
明日までに、彼らがここに来るのは難しい。
間に合ったとしても、犠牲者が増えるだけかもしれない。
だから、スワナが選んだ、ノマナたちを助ける方法。
それは――――
「――――だから、こうすればいい……」
「いっ……!! いやああああ!!!」
スワナは、スリーラが持っていたナイフに自ら飛び込んだ。
自分『一人』が犠牲になることで、一族の未来を護ることを選んだ。
そして、愛娘の手は汚させないと、自決を選択した。
スリーラは持っていたナイフを手放す。
当然、ノマナは血を流しながら地に伏した。
「(……ごめんな、スリーラ………こんなところを見せちまって…………でも……『親しい人』に俺を選んでくれて嬉しかったよ…………お前は……ノマナと一緒に……生き延びてくれ…………)」
スワナは死んだ。
妻と娘の幸せを祈りながら。
そして、これならジャーザンスの言った条件を満たせただろう。
一人、『スリーラの手』によって死亡している。
彼女にその意思はなけれど、ナイフを持っていたのはスリーラだ。
「…………ス、スワナ様あ……!!!」
泣き崩れるスリーラの元へ駆けつける影があった。
彼女の悲鳴も響いていたのだ。
人が呼び寄せられるのも当然だろう。
駆け付けたのは、三人の男たち。
彼らは、血まみれのスワナを発見すると、声を張り上げた。
「な……!! ス、スワナ……!!」
一人はスワナに駆け寄り、彼が死んでいることを確認した。
「助けてくださいスワナ様を!! 皆様!!!」
スリーラは当初の目的を完全に忘れ、男たちに助けを求める。
しかし、
「やはり……スリーラ……お前は『魔物』だったのだな……!!?」
「…………え……」
「とうとう本性を出しやがったか!! 我らの殲滅が目的か!!」
「な……何を……ああっ!!」
密室に少女と血を流して倒れる男。
傍から見ればこの状況、少女が男を刺したと捉えられてしまってもおかしくない。
しかも彼らは、この少女が『魔物』だと知ったばかりだ。
魔物の言い分は、彼らの耳に入らない。
ゴアナ族たちはスリーラの言葉を聞く前に、彼女の胸に武器を振り下ろした。
勢いよく斬られ、スリーラは倒れる。
だが、スリーラは『無傷』だった。
「……な……なに……!? バカな……!!」
ノーダメージで立ち上がるスリーラに動揺するゴアナ族。
そして、より一層、この女は人間ではないという確信を強めた。
「……や……やめてください皆様!!! それに、なぜそのことを……!!?」
「うるさい……!! スワナの仇を……討たせてもらうぞ……!!!」
「や……やめて………やめてえええ!!!」
スリーラは数発攻撃をもらいながらも、何とか部屋を出ることに成功する。
そして、追ってくる彼らから必死に逃げ回る。
スリーラは逃げながら考える。
『何故彼らまでもが、自分が魔物であることを知っていたのか』
『何故自分は斬られても大丈夫なのか』
『何故、こんなことになってしまったのか』
みんなを護るために、スワナは一人犠牲になったというのに。
これで、ノマナたちみんなは助かるはずなのに。
そんなスリーラは逃げる中、ある場所に辿り着いた。
そこは――――
「ノ……ノマナ様……!!」
ノマナが首を痛めて寝込んでいた、治療室だった。




