第百十四話 『破格の取引』
ゴアナ族の住処に現れた男は言う。
満面の笑みを浮かべながら。
彼に話し掛けられたのは、ゴアナ族の一人、『ユマナ』。
スリーラとはあまり関わっていないおじさんだ。
「――――青髪のお嬢さん? ああ、『スリーラ』のことですか?」
「そうそうそうそうそう!! スリーラ!! いますか!!?」
「……失礼ですが、スリーラに何の用ですか? ――――それに、あなたは?」
異様なテンションで喋るジャーザンス。
彼に警戒を抱くのは人として当然か。
「いやいやいやいや~そんな警戒しないでくださいよお。…………実は私、あの子の『友人』なんです。あの子が、『記憶』を無くす前のね」
ジャーザンスは平然と嘘を吐きまくる。
しかし、ユワナは彼の発言に表情を変える。
あの子の『記憶がない』ことを知っていることに。
「……そうなんですか……!? あの子の……!!」
「はい。そうですよ!! スリーラ……いや、『コレール』のことはなんでも知っています!!」
「コレール……?」
その後もジャーザンスはウソとホントを喋りまくった。
スリーラの本名。
スリーラが住んでいた場所。
スリーラの家族。
スリーラの好きな物。
スリーラとの思い出エピソード。
ノンストップでベラベラベラベラ喋りまくった。
「――――な……なるほど。分かりました。では、連れてきますね」
「はい!!! ありがとうございます!!!!」
あまりにも詳しく話をするジャーザンス。
もう『友人』というラインを越えているんじゃないかと思うが、信じない方が難しいくらいだ。
「――――と、言いたいところなんですが、今あの子は外に出てるんです……」
「はあ!! そうなんですねえ…………今!! あの子はどこに?」
「ここから少し先にある、メデュンという町へ行っています。まあ、そのうち戻ってきますから、ここで待っていたらどうですか?」
「いやあ、そうですねえ。…………そうさせてもらいますかな。いやっ!!!!! そういえば俺、メデュンで買い物したいと思ってたんだあ。ってことなので、僕行きますね」
「ああはい……分かりました……」
ユワナが返事をする前に、ジャーザンスはメデュンへと掛けて行った。
ユワナは「少しおかしな人」だと思っていたが、彼を止めることはできなかった。
なぜなら、あの男。
スリーラの話をする際に、ものすごく楽しそうだったのだ。
彼女との思い出を振り返りながら、時には懐かしさに涙を流してもいた。
彼の話振りだけで、ジャーザンスとスリーラの仲の良さをノマナは感じ取った。
全部嘘だが。
「――――ユマナさん、さっきの方は?」
ユマナがジャーザンスと話していた様子を見ていた『スワナ』。
彼は、奇妙な走り方で去って行った男について尋ねる。
「おお、スワナ、聞いてくれよ。スリーラの『前の』知り合いだってさ。今、あの子に会いにいったよ」
『前の知り合い』
スワナの表情が一変する。
嫌な『汗』が吹き出し始める。
「……本当ですか……? ユマナさん……」
「ああ、そうらしいよ。あの子の前の事、めちゃめちゃ詳しかったし。スリーラ、本当の名前はコレールって言うんだってさ。…………ん? どうした? スワナ」
衝撃で感覚が失っているのか。
スワナは手に持っていた荷物を落とした。
ユマナもまた、彼の異変に驚いている。
「………………あ、ああすいません。ユマナさん。その人は……メデュンに行ったんですよね」
「ああ、そうだよ」
「……分かりました。……では、俺も行ってきます」
ノマナもジャーザンスの後を追い、メデュンへとダッシュする。
ユマナは、そんなノマナの後ろ姿を怪訝そうに見つめていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
メデュンへと急ぐノマナ。
彼は、先日のスリーラとの話を思い出していた。
あの子は言っていた。
『本当の名はコレール』と言われたと。
そして『あなたは魔物』だと言われたと。
彼がスリーラの元へ慌てて掛けて行くのは、致し方無いことだ。
――――何かを発見したノマナは、壁に身を隠した。
奥には、いる。
スリーラと、彼女と話す男が。
スワナはスリーラのことを心から信じている。
そのつもりだ。
だが、スワナは壁に耳を立て、彼らの会話をそっと聞き始めた。
「――――ではコレール。君に話があるんだ。といってもすぐに終わるヨ」
「……!! ……コレール……」
また『あの名前』を呼ばれたことで、スリーラは警戒心を最大地に高める。
スワナもバクバクとなっている心臓の音を必死に抑えながら、身を隠している。
「――――時間が惜しい。早速用件を伝える。この間のアボラの話を思い出しながら、よく聞いてくれ給え」
「(……ということは……この方も『魔凰軍』…………それに、やはり……わたくしも………)
心のどこかでは分かっていた。
だが、彼女は決めたのだ。
スワナとノマナと共に、『人間』としてこれから生きていくと。
そんな矢先に、また来やがった。
「――――君に、やって欲しいことがある。なあに、難しいことじゃあないから、安心しなさい」
スリーラは黙って、彼の要望を聞いている。
もちろん、断るつもりだ。
だが、
「今日までにゴアナ族を皆殺しにしといて」
「……は…………?」
「ああ安心して。もちろん、見返りもあるよ。これが終わったら、君は『魔凰軍』から脱退していい。破格の取引だ。こんなことで、君は自由になれる。その前にやってほしいことが――――」
「………なにを………言っているのですか…………」
「んんん? 何? 理解できないの? えええ!!? こんな簡単なことが分からないの!!!?」
「……違う!!! そんなこと……できるわけないでしょ!!!」
スリーラは声を張り上げる。
あまりにも理不尽かつ残酷な要求に対して。
対するジャーザンスは、不思議そうに首を傾げている。
「……あら、そうなの。難しかったかあ。だったら……」
そういいながら、ジャーザンスは急にスリーラをビンタした。
スリーラは驚いている。
急にビンタされたこともそうだが、『痛み』が感じられなかったことに対して。
様子を見ていた『スワナ』も、男に怒りを滲ませた。
ジャーザンスはニヤリと笑い、
「条件を変えてあげよう」と言う。
「『一人』でいいよ。殺すのは」
「……ふざけないで………」
「ふざけてない。僕は至ってまじめだ。――――だが、その代わり、君が親しい人間ね。それだったら、『一人』でいい」
「何言ってるんですか……!!! そんなことさせませんよ……!!!」
スリーラは勇気を振り絞って啖呵を切る。
ふざけたことを言い続けるこの不届き者に対して。
だが、ジャーザンスは――――動いた。
邪悪な眼差しと共に。
「いや無理だ!!! これ以上の変更はできないよ!!! 君らしくないじゃないか!! 以前の君なら、簡単に引き受けてくれただろうに!!!」
「…………そんなことっ……!!!」
「――――とにかく、『一人』殺せ。もし、明日までに一人も死んでいなかったら……
『全員』殺すから。逃げるなんて考えるなよ。私は常に、お前たちを見ている」
「…………だからっ……」
スリーラが言い切る前に、ジャーザンスは姿を消した。
スリーラは膝から崩れ落ちた。
そして、こらえ続けていた涙を流し始めた。
スワナもそうだ。
彼は、動けなかった。
どんな顔をしてスリーラの前に出ればいいか、分からなかったから。
しばらく涙を流した後、スリーラは自宅へと戻っていった。
スワナも帰った。
自身が取るべき行動について、頭を悩ませながら。




