第百十一話 『前の家族』
ゴアナ族とスリーラと名付けられた少女。
彼らは瞬く間に、親睦を深めていった。
ゴアナ族は少数民族。
その数は、二十人にも満たない。
だが逆にその少なさだからこそ、スリーラが溶け込んでいくのに時間が掛からなかったのかもしれない。
時には叱り、時には慰め、スワナとノマナはスリーラを我が子のように可愛がった。
スリーラには、優しい子になって欲しいと願いを込めて。
記憶はなくしていることもあってか、スリーラは純粋に彼らの教訓を受け止め、成長していった。
彼らと共に行動する中で、スリーラはゴアナ族の特性についても学んだ。
一つ目は、ゴアナ族の最大の特産品、『薬』だ。
この一年で一度だけ、スリーラは病を患った。
その際に彼らが持ってきてくれた薬。
それを飲んで元気になったスリーラは、彼らが特別な力を受け継いで来た一族だということを聞いた。
これはゴアナ族にしか使う事のできない力だと知ると、スリーラは残念そうな顔を浮かべた。
それと同時に、人々を救う力に選ばれた彼らに尊敬の念も抱いた。
二つ目、それは『お菓子』である。
彼らはお菓子作りに長けており、作ったお菓子を近くの町に売り出したりもしていた。
その甘味は口にしたものを虜にするため、彼らのお菓子は美味しいと評判だった。
スリーラもまた、彼らのお菓子に魅せられた。
初めて味わう濃厚な甘さにやられ、スリーラはお菓子が大好物になった。
あまりにも好きで食べすぎるため、一日三個までと決められてしまったくらいだ。
スリーラは顔をしかめながらも、そのルールを受け入れた。
そして、スリーラに最も影響を与えたのは、『ノマナ』だった。
スリーラはノマナにとても懐いており、四六時中彼女と一緒に過ごしていた。
ご飯もお風呂も一緒。部屋も同じ。
普通ならばここまで一緒だと苦手な部分が見えてくるものだが、ノマナとスリーラの間にそれは全くなかった。
ノマナの優しさに心を奪われていたスリーラは、ノマナに『憧れ』を抱いていた。
いつからか、無意識にノマナを真似始めていたのも、その表れだろう。
髪型や服装、話し方に至るまで、どんどんノマナの影響を受けて行った。
スリーラはノマナが大好きだった。
ノマナもスリーラを心から愛していた。
スワナもスリーラを大切に思っていた。
――――そして、さらに一年の月日が流れた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――スリーラ様、おはようございますわ!!」
明朝。
布団から起きたスリーラに届く、元気な声が室内に響いた。
「……はい……おはようございます。ノマナ様」
スリーラが顔を上げると、エプロン姿のノマナが笑顔で立っていた。
「ノマナ様……その恰好はどうしたのですか?」
「ああ、これはですね、今日は特別な日ですので、いつもより特別なお菓子を作ろうと、張り切っていたのです!!」
「……特別な日? なんでしょう……思いつきませんわ」
今日は『特別な日』だというノマナ。
だがスリーラにはさっぱりわからない。
日にちの感覚だって曖昧だ。
「――――今日は、スリーラ様がわたくしたちの家族になってから、丁度一年なのです!! なんだか……あっという間でしたわね!!」
「あっ、そうでしたの……!! はい……確かにあっという間でしたわ……!!」
「それで今日はその記念に、お祝いをしたいと思っておりますの。わたくしたちにとっては、あなたに会えた日ですからね!!」
「わあ!! ありがとうございますわ!! ノマナ様!!!」
スリーラは満面の笑みを浮かべて、ノマナに心からの感謝を告げる。
そのスリーラの笑顔に、ノマナもまた笑顔で応える。
スワナが彼女の名前を考えるときに込めた願いが成就したとも思った。
他のゴアナ族のみんなも、スリーラのお祝い準備に取り掛かっている。
それを見たスリーラは目を輝かせた。
だが、
『することがない』
主役だから当然なのかもしれないが、自分には仕事が割り当てられていなかった。
ただ待っているのは申し訳ないと思ったスリーラは、「何か手伝えることはないか」と、スワナに聞いてみた。
スワナを少し考えると、スリーラにこう返した。
「じゃあ、スリーラが好きなものを町で買ってきてくれ。食べ物でも飲み物でもいいよ。それを夜ご飯にみんなで食べよう」と。
スリーラは了承すると、一族の洞窟からすぐ近くにある町『メデュン』へと向かった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――えっと……どれにしましょうか……迷いますわ……」
町へと着いたスリーラは、陳列された売り物の前で首を傾げた。
「どれをみんなで食べるか」
それが問題だ。
金銭面での問題はないが、一人で持って帰れる量も考えないといけない。
「――――よし……!! これですわ!!!」
五分くらい歩き回って迷った後、スリーラは決めた。
せっかくだから一番高い物にしようと決めたようだ。
はじめてのおつかいを済ませたスリーラは、購入した商品を手提げ袋に入れ、マイホームへと帰宅する。
――――だが、
その帰り道、町を出てすぐの場所。
スリーラは一人の男に声を掛けられた。
「――――あの、あなた……!! すいません!! 少しよろしいでしょうか!!?」
「……はい……?」
黒髪スーツの若い男。
何やら慌てた様子で、帰宅中のスリーラに呼びかける。
スリーラは警戒を抱いた。
メデュンの人ではない。
この辺では見たことない。
そんなスリーラの顔を確認した男は、嬉しそうな顔を浮かべた。
スリーラはさらに警戒を強める。
「――――や……やはり……!! よかった……無事だったのですね!! 心配していましたよ……!! 『コレール』様!!!」
「……え……?」
スリーラに激しい動揺が駆け巡る。
「この男は何を言っているのだろう」と。
だが、スリーラの中に眠る『何か』がこの男に反応したのも事実だった。
「――――さあコレールさま!! 私と一緒に帰りましょう!! ラスドラーゴ様やロジェ様があなたを待っています!!!」
「…………ちょっと待ってくださいな。……あの……あなたは誰なのですか……? ……それに、コレール様とは、誰のことですか……?」
沈黙。
スリーラの質問に、男は目を丸くしている。
「……何を言っているのですか、コレール様……私です……『アボラ』ですよ……」
「………アボラ……様……? ……申し訳ありません。存じ上げませんわ……」
アボラはあまりの衝撃にパニックになったのか、勢いよく膝から崩れ落ちた。
人違いか?
いや、それはありえない。
この人は間違いなく、よく知っている人物だ。
じゃあなぜ、知らないのだ。
何年も一緒に暮らしてきた、私を。
「……コレール様。……もしかしてあれですか……? 私に会うのが久しぶりでどんな反応をすればいいのかわからないから、冗談をなさっているのですか……? もしそうならば、もうそんなことしなくても大丈夫ですよ」
「……冗談を言っているのではございませんわ。本当にわからないのです。……わたくし、一年前に記憶喪失になってしまったようで。……もしかしてあなたが、わたくしの『前の』家族なのですか……?」
アボラは天を見上げた。
そして、目の前の少女の言葉一つ一つをゆっくり理解しようとする。
すると、彼の目に涙が溢れてきた。
「……なんということだ……」
絶望とショックで力なき言葉を呟くアボラ。
そして、
「……そういうことなりますね。あなたの……『本当』の家族です」
アボラは、涙ながらにそう告げた。




