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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第五章
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第百十話 『名は笑顔』

 ――――六年前。

 

 ある一人の少女が、メデュン付近へとやって来た。

 

 その少女は、服も体も心もボロボロだった。

 『戦い』から必死で逃げていたのだ。


 命からがら辿り着いたのが、このメデュンだった。


 町の外、森の中で倒れていた少女。

 その少女を、一人の男が発見した。


 男の名は、『スワナ』。


 特別な力を生まれ持った少数民族、『ゴアナ族』の末裔である。


 「大変だ……!!」


 スワナは瀕死の少女を見つけると、一族の洞窟へと保護し、一族に伝わる特殊な薬を用いて、彼女に適切な治療を行った。

 

 本来ならば、他所者の立ち入りは好まれない洞窟だったが、誰かの命の危機とあっては、そうも言っていられない。

 仲間たちも彼女を洞窟で保護することを、快く受け入れてくれた。


 一週間後――――


 「…………ここは………?」


 「おおっ!! よかった!! 目を覚ましたか!! 大丈夫かい!?」


 スワナ達の懸命な看病もあり、少女は目を覚ました。

 布団から見える景色には、嬉しそうな顔を浮かべた若者の姿が映る。


 さらに辺りを見渡した少女は、目の前の男に尋ねた。


 「……あなたは……?」


 「おお、俺はスワナ。よかったよ、目を覚まして。――――君、名前は?」


 スワナはそう聞いた。

 だが、少女はスワナの簡単な質問に頭を悩ませる。


 「……名前………名前………」


 「……まさか、分からないの? 名前」


 「……うん。分からない……」


 思わぬ回答にスワナは焦る。

 自分の名前が思い出せないとは。


 「え……じゃあ、君が住んでいた所とか、家族のことは覚えてる……?」


 「……家族…………いや、分からない…………」


 何てことだ。

 この女の子、『記憶』を失ってしまっている。

 彼女が目覚め次第、故郷に送り届けようと考えていたが、それも難しくなりそうだ。


 「……そっか………じゃあ……どうしよう……」


 腕を組んで考えるスワナ。

 一人で考えても難しい。

 彼は仲間たちに相談しようと、椅子から立ち上がった。


 「……あの……あなたが助けてくれたの……?」


 「え? ああそうだよ。ここから東へ行った森の中で、倒れている君を見つけたんだ」


 「……そうだったんだ。ありがとう……」


 「いや、これくらいどうってことないよ。……あっ、そうだ!!」


 少女から感謝を伝えられたスワナは彼女に提案する。

 「少し外を歩いてみないか」と。

 倒れていた場所を見れば、何か思い出すかもしれない。


 少女はスワナの提案を受け入れ、二人は洞窟の外へ歩き出した。


 「――――ここだよ。ここに、ボロボロの君が気を失っていたんだ」


 「……ここで…………私が………」 


 「うん。……どう……? 何か思い出せない?」


 先日、彼女を発見した場所へとやってきたスワナ。


 少女は気難しそうな顔で、辺りを歩き回り始める。

 だが、


 「………だめ、分からない。……ここ、見たことある気はするんだけど……」


 「……そっか……」


 依然、進展なし。

 二人はがっくりと肩を落とした。


 だとすれば、もう手掛かりはない。


 世界中の町を一軒一軒回っていくのは負担が掛かりすぎる。


 そうなると、


 「――――じゃあ、一旦戻ろうか。ここは少し寒いしね」


 「……分かった」


 とりあえず再び洞窟へ。

 その帰り道の最中、スワナが尋ねる。


 「……ねえ? 君はどうしたい……? やっぱり家に帰りたいよね……? あ、でも、それが思い出せないのか……」


 「………分からない。……ごめんなさい……」


 「…………どうしようかね……」


 目的を見出せないまま洞窟に戻って来た二人。

 そんな二人を入口で出迎える者がいた。


 「――――おかえりなさい、スワナ様」


 「ああ、ただいま」


 スワナの妻、ノマナだ。

 

 常に上品な笑顔を崩さない、気品に溢れたお淑やかな女性。

 ノマナは一族の女性たちの憧れだった。


 ノマナは夫の後ろからひょこっと現れた女の子を確認すると、


 「あらよかったですわ。お目覚めになられていたのですね。わたくしはノマナ。スワナ様の妻ですわ」


 と、声を掛けた。


 少女は、


 「……こんにちは……」とだけ挨拶を返す。


 ノマナが彼女について尋ねる前に、スワナはこれまでの話を伝えた。


 すると、ノマナは提案する。


 「この子の家族が見つかるまで、または記憶が戻るまで、ここで面倒を見ないか」と。


 そうしたい気持ちは、スワナも山々だ。

 だが大切なのは、『この子が』どうしたいか。


 まだ、「どうしたらいいかわからない」と言っているだから、今は様子を見るべきだと意見するスワナ。

 それを聞いたノマナは、ビクビクしている少女の元に赴いた。


 「――――おおよそのお話はお聞きしましたわ。どうすればいいのかわからなくて、困っていると。――――そこで、わたくしから提案がございますわ。もし、あなたがよろしければで構いませんが、わたくしたちと一緒に暮らしませんか?」


 「え……? あなた……たちと……?」


 「はい!! すぐに決めろとは言いません。じっくり考えて頂いて、もし、行先を探すのに困ってしまったら、わたくしたちを頼ってください……!!」


 少女は驚いた。

 真っすぐな目で、心に訴えてくるようなその言葉に。

 

 そして、ノマナの姿は、少女の目に光として映った。


 少女はうつむき、今後について考える。

 確かにノマナの言う通り、私は今「どうすればいいのかわからなくて困っている」。


 帰る場所も、待ってくれている人も、何もわからない。


 考えた末、少女は決断する。


 「……あ、あの……ぜひ、お願い……します」


 彼らの元に身を委ねることを。


 もちろん、路頭に迷っていたということもある。

 だが、それ以上に彼女の決断を後押ししたのは、『ノマナ』だった。


 ノマナの姿と言葉は、少女の心を魅了した。

 この人と話してみたいと、この人の事をもっと知りたいと、そう思った。  


 「あら! 本当ですか!? 嬉しいですわ!!」


 「……本当にいいの? それで。もしあれなら、君と一緒に故郷を探しに行くってのもありだけど」


 「……いや。私には、帰る場所がない。……ううん。あるかどうかも分からない。……だから私は、あなたたちと一緒にいたい……そう、思う……」


 少女の言葉に、顔を合わせるスワナとノマナ。

 二人は頷き合うと、目の前の少女に手を差し伸べた。


 「――――分かった。よろしくね!!」


 「はい……!! 歓迎しますわ!! 何でも言ってくださいね!! ……えっと……」


 「うん……!! ありがとう……!!!」


 差し伸ベられた夫婦の手を両手で握る少女。

 だが、ノマナの方は首を傾げている。


 「……うーん……名前も覚えていないのですよね。………困りましたわ。あなたを何とお呼びしたらよいか……」


 一緒に暮らすというのに、名前が分からないのはおかしいだろう。

 そう思うノマナ。


 「……じゃあ、俺たちで名前を考えてもいいんじゃないか?」


 スワナが提案する。

 その提案を受けた少女は少し微笑んだ。


 「……うん。ぜひ、お願い。私も、名前がないのは困る」


 と。


 「よし……!! うーん、そうだな……」


 心優しい夫婦は考える。


 そして――――


 「君がよかったらでいいんだけど、『スリーラ』ってのはどうかな?」


 「……スリーラ……?」


 「うん!! 俺たちに伝わる言葉で、『笑顔』という意味が込められている。今の君が、もっと笑顔になれるようにね!!」


 「……うん。私もそれがいい!!」


 命名。

 少女も気に入ってくれたようで、彼女の名前が決まった。


 「よろしくお願いしますわ、スリーラさん!!」


 「みんなにもスリーラを紹介しよう!! ついておいで、スリーラ!!」


 「うん!!」


 新たに家族となった三人は、住処の洞窟へと戻っていった。


 そして、彼女を迎え入れたゴアナ族の新生活がスタートする。


 この日が、一族の運命の日だという事は、彼らは知らない。

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