第百九話 『意識はいらない』
「(――――なんですか……この感覚は……)」
スリーラの動きが止まる。
これまで体験したことのない感覚によって。
『消えていく』
満たされていた心の中から、人の温かさが消えていく。
「(――――まさか……本当に……?)」
絶対に不可能だと思っていた。
翔英とレランカが向こうへ行ったところで、状況は何も変わらないと。
まずそもそも、自分と町人の繋がりを消去する方法などあるはずがない。
『心』で繋がっているのだ。
誰かにどうこうされるようなものではない。
ゴアナ族が製作した薬といえども、この力を消すなんてありえない。
それに、あの薬は一粒しかなかったのだ。
レランカの武器の力があれば解決できるかもしれないが、彼女がドスベセスを取り出す方法はない。
強固な箱にしまってあるから。
必要な鍵だってこの洞窟に隠してある。
不可能だ。
ありえない。
しかし――――
実際、スリーラには異変が起こっている。
心から人が居なくなっていく感覚が襲っている。
『消えた』
スリーラの様子の変化に気づいたケバロー。
ボロボロの身体を必死に動かしながら、戸惑う少女に目をやった。
彼は思う。
とうとう、レランカと翔英がやってくれたと。
かつてないほどのスリーラの驚き方。
突然攻撃を中止したことを見ても明らかだ。
ケバローは、壁にめり込んでいた大きな身体を前に起こした。
「――――くっ!! 動く元気がまだあったなんて!! ――――しかし、依然わたくしに攻撃することは叶いませんわ!!」
スリーラは飛び上がった。
そして、ケバローに再度突撃を掛ける。
動揺が伝わらないことを祈り、無敵を手放したくない気持ちと共に。
だが、
ケバローはスリーラの手刀を受け止めた。
いや、正確にはあえて打たせてから腹で挟んで止めた。
「ひっ……!! 抜けない……!! なんておなかなのですか……!!」
そして、
一瞬動きが止まったスリーラに対して、ケバローは指を構えた。
「……あら? いけませんわ。わたくしに攻撃したらどうなるか――――ああっ…!!」
デコピン、炸裂。
念のために一発目はデコピンを選択したケバロー。
「……い、痛い……!! ……そ、そんな、では……や、やはり……本当に……」
初めてスリーラにダメージが通った。
この事実を受け入れられないスリーラ。
だが、これで能力が解除されたことが確定した。
その様子を見たケバローは確信する。
今ならば、この娘を倒すことができると。
ケバローは一歩を踏み出した。
だが、ケバローの肉体も限界に達している。
長くはもたない。
「……ふんっ……!! こうなってしまったのならば仕方ありませんわ……!!!」
スリーラも覚悟を決めた。
消えてしまった力は、今はもうしょうがない。
幸いにもアボラの能力は残ったままだ。
今の状態ならば、ダメージ転送などしなくてもこの男に勝てる。
こいつを倒してから、また『心』を共有し直せばいい。
そう結論付けたスリーラは、動き出した巨漢男を倒しに掛かる。
そして、スリーラの戦いに変化が生じる。
ひたすら攻撃するだけだった彼女に、『慎重さ』が生まれた。
無敵ではなくなったのだから、当たり前だが。
そのため、スリーラは攻めきれずにいた。
先程のように攻撃した腕を掴まれたり、腹で挟まれたりしたら、大ピンチに陥ってしまう。
彼はもう、容赦などしてくれない。
一撃でも貰ったら一気にダメージを負ってしまうだろう。
だから、スリーラは長期戦を目指している。
攻撃を喰らわないように、ひたすら逃げながらチマチマ攻撃を重ねていく。
まあ、この男は既に限界間際。
この戦い方でも、そう長い時間は掛からずに決着を着くはずだ。
スリーラはそう考える。
実際、ケバローは集中&慎重モードに入ったスリーラの動きを捕らえられずにいた。
元々もう身体のあちこちが動かないというのに、こうピョンピョン跳ねられては。
そんな戦況が続くこと、七分。
とうとう――――ケバローは倒れた。
うつ伏せに、だが前向きに。
ケバローが敵の前に平伏すのは、生まれて初めての経験だった。
「…………ふう。終わりましたか…………」
スリーラは一息つく。
念のため、トドメを刺しにいくスリーラ。
こいつが生きていたら、また再び邪魔をされるかもしれない。
ピクリとも動かないケバローの頭の前に立ったスリーラ。
脳天をかち割ろうと、両手で渾身の一撃を叩き込んだ。
――――直撃。
無防備なケバローの後頭部に、スリーラの力が叩き落とされた。
彼の顔面が地面にめり込んでいるのが見える。
スリーラは勝利を確信した。
ここからの仕事は二つ。
まずやらなければならないのは、メデュンとの再共有だ。
どうやって繋がりを解除したのかは分からないが、もう一度やり直せば元通りに戻るはずだ。
もう一つは、『レランカ』をどうするか。
できればもう一回捕まえたいが、捕まえたところで頷いてくれる可能性は限りなく低い。
かといって、世界で一人しか持っていない能力を捨てるのも損した気分だ。
とりあえず、レランカを捕まえてから考えよう。
そう結論付けたスリーラは、数時間ぶりに牢屋を後にする。
――――だが、スリーラの歩みにストップが掛かった。
背後から、恐怖を引き連れた絶望が襲ってきたのだ。
振り向くと、そこには巨大な手が伸びてきていた。
「きゃあああああ!!!」という凄惨な叫びと共に、一気に出口へダッシュするスリーラ。
しかし、迫りくる恐怖はスリーラの腕を掴んだ。
「――――なんて方………!! ……やはりあなたは、人間とは言えない……」
ケバロー・ホサルトン。
彼の片腕が、逃げようとするスリーラの行く手を遮った。
彼はもう、意識すら無くなっている。
彼の身体は無意識に動いた。
彼の身体を動かしたのは、遠くから聞こえてくる『声』だった。
自分の帰りを待っている子供たちの声。
意識が無くなろうとも、その声が頭に響き続けていた。
ケバローは拳を握った。
その力を目の前の敵にぶつけるために。
スリーラはその腕を振り払おうともがく、もがく。
腕に手刀を加え続ける。
しかし、彼の手は剥がせない。
「(……まずいです……!! 早く……!! 早く逃げなければ……!!! ――――はっ!!!)」
引っ張られ、持ち上げられてしまったスリーラ。
ケバローはそんな彼女に対して、ありったけの一撃を放った。
「(……だ、ダメです……!! まずいまずいまずいまずい……!! 逃げないと……!! し、死ぬっ……!!! ……あ……あら……!? な、何ですか……これは……!!!)」
スリーラはその光景を見て、さらに動揺を強める。
――――スローに見えるのだ。
迫りくるケバローの拳が。
巨大な拳がゆっくりと顔に近づいてくる。
だが、スリーラの方も動けない。
ただ、迫る拳を見つめていることしかできない。
そんな永遠にも感じられる恐怖の時間も、少しずつ終わりに近づいていく。
とうとう、ケバローの拳がスリーラの顔面に直撃した。
メリメリと、ここでもゆっくりと彼女に食い込んでいく。
そこでようやく、スリーラは悟った。
『死の間際』
このスロー現象の原因は、それだと。
「受け入れらない」が、それしか考えられない。
スリーラは涙を浮かべながら、視線を上へとやった。
そこには――――
『スワナ様……ノマナ様……』
古き恩人の影がスリーラの目に入る。
そして、彼らと共にしたかつての思い出が、脳内に溢れ出してくる。
『これが――――走馬灯』
彼女は涙を零した。




