第百五話 『受け継ぐもの』
『――――何が起こったのだ……?』
スリーラVSケバロー。
互いに警戒し合うだけの静かな戦いだったが、その膠着状態が破られようとしていた。
スリーラの動きが顔つきと共にがらっと変わり、戦況に変化が生まれはじめる。
『この娘はこれまでのスリーラではない』
ケバローの大きな頭が、そう理解する。
これまでの長い戦いで『無敗』のケバローだが、万が一のことがあるかもしれない。
ケバローは初めて、彼女に戦意を構えた。
そして――――スリーラが動く。
ケバローも彼女の突撃に素早く反応する。
その肥満体からは考えられない速度で。
「(……!! やはり……速い……!!)」
だがまたしてもケバローは後ろを取られ、背中に二本目の傷が刻まれた。
スリーラがさらに攻撃を仕掛ける。
今度は正面にクリティカルヒットだ。
だが、
スリーラの攻撃を受けた瞬間、ケバローは彼女の腕を掴んだ。
あえて攻撃を打たせることで、相手を捕らえることに成功。
絶好のカウンターチャンスが訪れた。
しかし、
ケバローは握り締めた拳を後方に引っ込めた。
攻撃を中断したケバロー。
その隙にスリーラは彼の腕を剥がし、さらに彼の巨大な腹に鋭い手刀を加えた、
――――吐血。
いつぶりだろうか。
彼が自分の血を見るのは。
彼の戦いのほとんどは、敵の攻撃を受ける前にケリがつく。
なぜなら、彼の一撃目を耐えられるものが、ほぼ存在しないからだ。
しかし今は、一撃目すら出すことができない。
だが、スリーラの攻撃はケバローの身体を削っていく。
――――互いに攻撃が出来なかった状況は終わった。
ずっと――――スリーラのターンだが。
『動かなかった戦いが動き出した』
「(――――どうなっているんだ……? ……まさか……隠していたというのか、この強さを…………いや、そんなことをする意味がない………だが明らかに、先程までの彼女とは別人だ……いったい何が…………)」
目の前の小娘の変貌について考えを寄せるケバロー。
そんな彼の考えを感じ取ったのか、スリーラは不敵な笑みを浮かべながら、
「不思議に思っていますね。わたくしのことを」
と、口を開いた。
その口ぶりも、若干強気なものになっている。
「――――ですが、あなたのような卑劣な方とお話したくありませんので、教えませんわ」
「……そうか……」
スリーラは答えを教えない。
が、スリーラ自身はこの力の正体を知っている。
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突如上がったスリーラの戦闘力。
その要因は、彼女の『三つ目』の能力にあった。
一つ目の能力、心の共有者を支配する力。
二つ目の能力、受けた衝撃を心の共有者に転送する力。
そして三つ目は、
『心の共有者が死亡した際、その死亡した人物の能力の一部を引き継ぐ力』である。
さらにその効果は、スリーラとの心の繋がりが強ければ強いほど上昇する。
ケバローとの戦いでは披露する暇がなかった『アボラ』の特殊能力。
それは、単純な『身体能力の強化』だ。
元からアボラの戦闘スキルは高い。
そこからさらに能力を発動させることで、最初から大幅な実力アップに加えて、戦えば戦うに連れて、時間が経てば経つにつれて、強くなっていく。
アボラが死んだことにより、その力が彼の意思と共に、スリーラの元へ引き継がれた。
スリーラはすぐさま、その力を発動。
二人の心はもはや一つとなっている。
第三の能力は、最大限に発動された。
結果、スリーラの身体能力は急激に上昇。
ケバローの防御をかいくぐり、彼の肉体に傷をつけるまでになった。
これが、スリーラの覚醒の秘密だ。
――――スリーラがレランカをすぐに殺さなかった理由の根底もこの能力にある。
レランカの特殊能力、『記憶魔法』。
記憶魔法を使うことができる人間は、世界にレランカただ一人である。
さらにレランカにはもう一つ、特殊な武器を使う力が備わっている。
このことについて知っていたスリーラは、この便利な力を受け継こうと考えた。
だが能力を受け継ぐには、レランカと心を共有しなければならない。
無理やりでは、『継ぐ』ではなく『奪う』になってしまうから。
スリーラの能力はあくまで『継承』だ。
そんなスリーラはレランカの心を開こうと、毎日お話に訪れた。
牢屋に捕らえてる時点で、「心なんて開くわけないだろ」と、思うかもしれない。
実際、レランカはスリーラに敵意丸出しを貫いていた。
だが純粋なスリーラは、根気よく諦めずに続けていれば、『分かり合えない』人はいないと考えている。
「必ずわたくしのことを分かってくれる」と。
共感させた後のレランカはどうするのか。
それは聞かないほうがいい。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
再びケバローに攻撃を仕掛けるスリーラ。
自らの手で人を傷つけるなど、いつ以来だろうか。
だが、「この男は人ではない。鬼だ」
そう言い聞かせて、スリーラは絶え間ない猛攻を続ける。
その速度と切れ味は、数を増すごとに鋭くなっていく。
反撃の手段が全くないケバローのライフはジリジリと削られていく。
「(――――ま……まずい……!! このままでは……!!)」
「……やはり中々倒れませんわね……しかし、いくらあなたでも、わたくしの攻撃を受け続ければ死は避けられませんわ……!!!」
スリーラの言う通りだ。
どんな最強の人物だろうと、無防備の状態で延々と殴られ続ければ敗北は避けられないだろう。
「(――――しょうがない……イチかバチか……やってみるしか……)」
この状況が続けば、敗北だけではなく、命が尽きてしまう。
ケバローは反撃の覚悟を決め、全てを破壊する拳を握り締めた。
先ほどの攻防と同じように、スリーラが仕掛けた瞬間に彼女の腕を捕まえる。
拳骨を振り上げるケバロー。
それをスリーラの小さな頭に叩きつけようとする。
しかし、
そう簡単に『迷いは消えない』。
拳骨を繰り出す直前に生まれる、『人々を傷つけてしまう』という迷い。
その迷いが足を引っ張り、紙一重でスリーラに躱された。
「なっ……!! ちょっとあなた!! 今、わたくしに攻撃をしようとしましたね!!? 町の方々にもしものことがあったら、どうするのですか!!?」
決して煽っているわけではない。
スリーラは本心からメデュンの人々の身を案じている。
彼女が怒っているのは、自分に危害を加えようとしたことにではなく、あくまでメデュンの人々のためだ。
彼女に『悪意』は微塵もない。
一方的な戦いへと繋がってしまったこの戦術にも。
スリーラはまた、正義を纏いケバローへと突進。
そして再び、ケバローはスリーラの腕を捕らえに掛かる。
攻撃できないとはいえ、彼女を捕まることくらいはできるだろうと。
だが、
ケバローの胸を切り裂いてすぐ、スリーラは彼の後ろへと周った。
さらに一撃、そして出血。
スリーラの動きを追うケバロー。
しかし、
『追いきれない』
突撃するに連れてスリーラのスピードは加速していく。
もう、手が付けられなくなるほどに。
ケバローは攻撃を受けた後にスリーラを捕らえることすらできなくなっていた。
攻撃は終わらない。
その大きな身体が倒れるまで、スリーラのターンは続く。
狭いステージを縦横無尽に動き回り、彼に無限コンボを叩き込んでいくスリーラ。
光が入らない暗い牢屋に、ケバローの赤い血が飛び散っていく。
余裕のあった彼の表情も、ついに痛みに耐えられなくなっていく。
もはや、『敗北』は時間の問題だ。
最強超人ケバローに――――かつてない危機が訪れた。




