第百四話 『愛の奇跡』
「――――今頃、レランカ様はお困りでしょうね。剣を取り出すことができなくて」
「……そうか。……でも、それは君もだろう。君にも、レランカを止める方法がない。僕を倒さない限りね」
せまい密室の中で、対峙するケバローとスリーラ。
お互い、攻撃をすることができないという戦いが続いていた。
ケバローはうかつにスリーラに手を出せない。
スリーラはケバローへの有効打がない。
――――そんな均衡を破るように、一人の男が牢屋に姿を現した。
その男は、黒髪を携えた若い男だ。
しかし、かなりの重症を負っているようで、身体を起こすのに精一杯という感じだ。
彼の姿を見た二人は、驚きの表情を浮かべた。
スリーラの方は驚きと同時に、待ち望んだ彼が来てくれた喜びと、重症を負っていることへの心配も感じている。
「――――アボラ様……!!!」
そう、この男の名は、アボラ。
スリーラに絶対服従している、彼女の副官である。
翔英とケバローがこの場所に来る少し前、アボラはケバローと対峙した。
しかし、力量の差は圧倒的で、ケバローの前に瞬く間に敗北した。
そんな男が再び、ケバローの前に姿を現した。
「……驚いたよ。まだ生きていたんだね。僕の『三撃』を受けているというのに……」
「はっ……!! やはりアボラ様の傷は、あなたが付けたものだったんですね……!! 大丈夫ですか、アボラ様!!!」
スリーラは近くの大男に何度目か分からない怒りを滲ませると、重症を負っているアボラの前に飛び出していった。
スリーラは回復する術を持っていない。
ただ、アボラを抱き寄せることしかできない。
ケバローもスリーラを止めようとしたが、その様子を静かに傍観し始めた。
「……スリーラ様……ご無事ですか……?」
「もちろんですわ……!! それより、あなたの方が心配です……!! 急いで本部に戻りましょう……!! マイヤール様ならばきっと……!!!」
「いえ……その必要はありません……私はもう、死ぬでしょう」
「な……!? 何を言うのですか、アボラ様!! いくらあなたでも、そのような冗談は許しませんわ……!!!」
スリーラは涙を零しながら、胸の中の男の顔をじっと見つめる。
心では否定したいものの、彼の言葉が嘘ではないと、その表情から感じとった。
「……泣かないでくださいスリーラ様……あなたには……涙よりも笑顔が似合います……笑ってください………いつものように………最後に見せてください………あなたの素敵な笑顔を……」
アボラがケバローの『必殺攻撃』を喰らっても尚、生きていた理由。
それは――――もう一度、スリーラの笑顔を見たかったからだった。
彼の強い思いが寿命をわずかに伸ばし、朽ちていく身体をスリーラの元へと運んだ。
紛れもない『愛の奇跡』である。
アボラの思いが伝わったスリーラは、溢れ出る涙に抗い、微かな笑顔を彼に見せた。
彼の決死の思いに答えんと。
「そ……そうです……やはり、あなたの笑顔は美しい……最後に目に映せたのが……あなたでよかった…………スリーラ様………あなたならば、必ず世界を平和に導くことができます……心優しいあなたならば………」
「……アボラ様……」
愛するものへの言葉を言い残すアボラ。
やがて、彼の生気が消えていき、彼は冷たくなっていく。
スリーラでなくても、『死』を感じ取れるくらいに。
そんな中、スリーラは思い出す。
翔英との会話を。
「(……今……分かりましたわ、ショウエイ様。わたくしとアボラ様のご関係。なぜ……今まで気付かなかったのでしょう………この方は……アボラ様は……『私自身』だと……)」
スリーラは死にゆくアボラの姿を見て理解する。
この男の存在の大きさを。
そしてスリーラは、アボラの身体をさらに強く抱きしめた。
一秒でも長く、この男のぬくもりを感じようと。
――――だが、
スリーラの胸の中で、アボラが爆散したのだった。
「……!!!!! ア…………ア………アボラ様ァ!!!!」
普段の彼女には考えられないような叫び声を挙げるスリーラ。
当然だ。
最愛の人が突然、自分の胸の中で爆死したのだから。
あまりの衝撃にパニックになるスリーラ。
彼女の顔は恐怖に引きつっている。
アボラの死を受け入れるのがやっとなのに、こんな死に方はあんまりだろう。
そのままスリーラは泣き崩れてしまった。
その原因となった張本人、ケバロー・ホサルトン。
さすがの彼も、この状況にドン引きしていた。
『三撃』の爆殺が襲い掛かるのは、だいたい一分以内。
どんな実力者であっても、五分あれば発動するだろう。
しかし、アボラはスリーラへの強い思いで限界を超えてしまった。
そんな『愛の力』がこんな事態を招いてしまうとは。
ケバロー、アボラ双方、想像がつかなかっただろう。
「……ひ、ひどすぎる………あんまりです……い、いったい……わたくしは……どうしたら………」
かつてないほどのショックを受けたスリーラは、その戦意を喪失してしまう。
「思わぬ形で決着が着いた」
申し訳なく思いながらも、そんな風に捉えるケバロー。
だが、
「(……スリーラ様……スリーラ様……)」
と、スリーラの頭の中で、声が響き始めた。
彼女は顔を上げると、辺りを見渡し始める。
「(……スリーラ様……私はもうそこにはいません………)」
「(……アボラ様……!! ……いったいどこから、語り掛けているのです……?)」
「(……あなたの心の中でございます、スリーラ様……)」
「(……心の……中………)」
「(そうです……私の全ては今、あなたのものとなった………さあ……顔を上げてください……スリーラ様………私はあなたとともにあります……!!!)」
「(……アボラ様……)」
「(――――私たち二人で、この鬼を倒しましょう……!!! そして再び、あなたが目指す平和な世界へ……!!!)」
声が止んだ。
そして、スリーラは立ち上がった。
先程まで泣きべそ掻いていたとは思えない、覚悟を決めた凛々しい顔と共に。
その姿にケバローは驚きを見せる。
もう彼女が立ち上がることはないと思っていたから。
そして、彼女の『目』の変化にも驚きだ。
この目は紛れもない、『戦士』の目。
「……今のわたくしの使命が分かりましたわ。アボラ様の意思を継ぎ、あなたを倒すことだと。悲しみに暮れるのは、後回しですわ」
「……そうか。アボラさんの最後には少し申し訳ないと思っているけど、君に倒されるわけにはいかないな。……むしろ、僕はまだ君を討たないといけないと思っているよ」
そう言っているケバローだが、まだスリーラを倒す手段はない。
翔英とレランカが戻って来なければ、攻撃を仕掛けることすらできない。
それはスリーラも同じことだった。
――――ただしそれは、『これまで』の話。
「……!!? なっ……!!?」
ケバローがらしくない声を挙げた。
そして、彼の背中に服越しの傷ができる。
「……!! バカな……!!?」
ケバローは慌てる。
自分に傷ができたことにではない。
確かに、傷を負うことなど現役時代以来数年ぶりだが、そんなことに驚いたのではない。
では何に対して驚いたか。
それは――――この細腕の小娘の手刀で、傷がついたことにだ。
先程までのスリーラの攻撃では、逆に彼女の方にダメージが発生していた。
ケバローの方はノーダメージだった。
それなのにいきなり、彼女の攻撃によって目に見える傷が作られた。
「……平和を乱す悪鬼よ。わたくしたちの手で、退治させてもらいますわ。『お覚悟』」
これまでとは全く様子が異なるスリーラは、超格上に対して啖呵を切った。




