第百三話 『記憶魔法』
「――――死んでねえんだろうな……」
レランカが前に出て、ワーラス妻に尋ねた。
彼女の姿を見た妻は、目を見開きながら、
「……レランカさん……!!」
と、彼女の名前を呼んだ。
翔英は驚いた様子で二人を交互に見るが、空気を読んで声を出すことはしない。
「悪いが今は、長話している暇はねェんだ。それだけ聞かせてくれ」
「ええ、命に別条はないと思います」
ワーラスの無事を聞き、安堵するレランカと翔英。
だがまだ喜ぶのは早い。
目的を果たすべく、二人は医療室を後にしようとする。
しかし、
「レランカさん!! 私たちにはスリーラ様が付いていますから、心配なんて全くありません!!」
「……ちょっと待ってろよ、今、助けてやるから」
レランカはそう告げると、翔英と共に再び探し物に赴いた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もちろん、ワーラスを襲った痛みの正体は、スリーラから送られてきたものである。
つい先ほど、ケバローが彼女の顔面を殴った時に生まれた痛みだ。
スリーラの力の向かった先は、ワーラスだった。
ケバローがレランカの呼ぶ声に反応したことで、少しだけ拳を緩めることに繋がり、命までは影響が及ばなかったこと。
そして、その向かう先が比較的丈夫な若い男だったことは、不幸中の幸いだろう。
ケバローにとっても、あの一撃で死人が出なかったことは喜ばしいことだ。
だが、レランカは激しい怒りを胸で燃やしていた。
傷ついた兄の姿を見て。
義姉の言葉を聞いて。
そもそもレランカがこの町を訪れたきっかけは兄の存在である。
彼女の故郷は、このメデュンの隣町、『レッドブラン』。
メデュンに着く前、翔英らもレッドブランに立ち寄っている。
そこで翔英たちは、あるおじさんに話しかけられた。
『息子と娘の様子を見てきてくれないか』と。
その娘こそが、レランカである。
――――数ヶ月前、レランカは帰郷していた。
その際に父親から聞かされる。
「ワーラスが隣町から戻って来ない」と。
足腰を悪くしていた父親に代わり、レランカはメデュンへと向かった。
兄と再会するレランカ。
彼がひっそりと婚約していたことを知る。
彼の無事に安堵するも、メデュンに滞在しているうちに兄の違和感に感づく。
そして、町のそのものの違和感にも。
彼女は特殊な力を使って調査を進める中で、あの洞窟に辿り着く。
そこにスリーラとアボラが現れる。
スリーラの能力の前に手数を失ったレランカは捕らえられ、洞窟奥深くの牢へと入れられてしまった。
そんなレランカだ。
当然、スリーラに対する怒りは強い。
だが、今。
ワーラスの姿を目の当たりにしたことで、彼女の思いにさらに火が廻る。
「――――で、レランカさん! どこを探すんだ!?」
「……やっぱ、あそこだろ」
剣の行方を探すレランカと翔英。
彼らはある場所に目を着けた。
――――スリーラ宅である。
「………開かないですよ……」
「しょうがねえ。窓から入るぞ」
二人はスリーラ宅の裏へと周り、そこに窓ガラスを見つける。
運のいいことに、スリーラの家は町の一番外側に立っているので、家の後ろに周ったとしても、そう簡単に誰かに姿は見られない。
レランカは魔法で窓をこじ開けると、スリーラ宅へと足を踏み入れた。
「……どんな特徴なんでしたっけ……?」
「銀色に輝く剣だ。まあ、特に特徴はねえ。……だが、近くにあれば、その気配を感じるはずだ。あの剣には、アタシのマナが込められているからな」
とりあえず一階を探す二人。
コソ泥になった気分だ。
だが見つからず、二人は二階へと上っていく。
そこでも見つからない。
だが、
「…………近くにあるぞ。……間違いねえ、ドスベセスがアタシを呼んでるのを感じる」
おもむろに辺りを見渡し始めるレランカ。
彼女が立ち止まった先には、鍵が掛かった大きな箱。
「……間違いねえ。こん中に入ってる……だが……」
開かない。
レランカと翔英の力では壊すこともできなそうだ。
壊せたとしても、中の物を傷つけてしまうかもしれない。
「ケバローを連れてくればよかった」と、レランカは思った。
「……しょうがねえ」
レランカは箱に手を置いて目を閉じた。
彼女の固有魔法の発動だ。
『記憶魔法』
ヒナノですら使用することができない、レランカのみが使用できる力である。
レランカは、触れた物体に宿る記憶を読み取ることができる。
彼女はこの力を人々のために使ってきた。
「………くそ……!! どこにあるかまでは分からねえ……!!」
しかし、箱が持つ記憶だけでは、中身と鍵の形を知ることができるくらいだ。
鍵は、スリーラしか知らない場所に保管されている。
「……ちっ……! 鍵の場所を聞きに戻るしかねえか……!! あいつが教えてくれるとは思えねえが………おい!! ここにいても意味がねえ!! 一旦、戻るぞ!!」
と、レランカは鍵の在りかを聞きに戻ろうと、翔英に呼びかける。
しかし、翔英はその場から動かず、ある提案を彼女に持ち掛けた。
「……ちょっと待ってレランカさん。もしかしたら……これの鍵を作れるかもしれない」
「何言ってんだこいつ」という表情を浮かべるレランカの前で、鍵穴をのぞき込む翔英。
そして、それをじっくり観察しながら、ネックレスに祈り始めた。
出来上がったのは、小さな赤い鍵。
「……なに!? 鍵になりやがった!?」
驚くレランカを他所に、翔英は箱の鍵穴に手作りの鍵を差し込む。
しかし、
「……くそ……やっぱりダメか………そりゃそうだよな……」
鍵ははまらない。
翔英はゴミと化した鍵を元に戻した。
「……ごめんなさい……レランカさん……行きましょう……」
「いや、ちょっと待て。その宝石、形を変えられんだな……!! もう少し試してみようぜ。あの女に聞くよりはよっぽどいい……!!」
「……いや、無理ですよ。鍵穴だけじゃ……」
「分かってるよ……だから………!!」
レランカは翔英の頭にポンと手を置いた。
急にいい子いい子したわけではない。
そして、反対の手をもう一度箱へと置く。
「こいつで、もっとじっくり見やがれ!!!」
レランカが使用する記憶魔法は、頭に手をかざせば共有することができる。
彼女は箱の記憶の共有を始めたのだ。
いろんな角度で、箱の鍵の形を翔英へと送り続けるレランカ。
翔英も最初は驚いたものの、すぐに理解して鍵の製作に取り掛かる。
そして――――七度の失敗を繰り返した後。
「――――あ、開いた!!!」
なんと、鍵の複製に成功し、閉ざされた箱を開けることができた。
その箱の中には、レランカの読み通りに、彼女愛用の剣『ドスベセス』が入っていた。
「――――しゃあ!! でかしたぞ、ショウエイ!!! こいつがあれば、上手くいくはずだぜ!!!」
剣を取り返したレランカは解放の準備を始める。
しかし、成功に気が抜けたからか、翔英の正気も限界に達しようとしていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そしてこちらは、ケバローサイド。
相も変わらず、二人の静戦が続いている。
しかし、その沈黙を破らんと、一人の影が牢屋へと近づいていた。




