2-1(2)対妖魔強化外装・キャラペイサー②
市内を離れ、ようやく翠山に到着した頃には、倦怠感などは消失していた。
(ひでぇ目に遭った……)
恩を仇で返されるとはまさに今の状態だ。何のためにゴミ拾ってやってたと………
………いや、やめよう。そもそも自分の為にやってただけだしな。
水面に頭だけ浮上させ周囲を確認。どうやら翠山の麓付近まで潜水できたようだ。そのまま潜行を続け、木々が生い茂る山中で川から上がった。痛覚はないが、徹夜をしたように体の中がだるい。
「────」
体に残していた空気を吐き尽くし、肺を換気する。ようやく表面上は本調子に戻りつつある。
(結局、公園の花が原因なのか………?)
症状はひすい公園に到着してからだ。考えられる理由としてはそれが妥当な線。思考すべきことはあるが、存外川底は汚く、漆黒の巨躯は泥に塗れていた。
(まぁいいや。とりあえず家帰って風呂入ろ)
のそのそと川沿いに歩き、翠山の奥へ向かっていると、
「ギャハハハハ! 見ろよ、片腕無くしたきたねぇ妖魔がいるぜ!」
頭上から重なった嘲笑が降ってきた。見上げた先、また猿の顔をした黒スーツ姿の妖魔が五人。代わり映えのない集団である。
面倒だから妖魔D、E、F、G、Hでいいや。特徴ないから覚えられないし。
「このご時世たった一人で人間相手なんて無理なんだって! 昨日ツレをやっちまったのは水に流してやるから、オレたちと来いよ!」
Dが木から飛び降り、襟を正しながら語りかける。猿が兄妹でたまるか。
「………」
いや…………今、喋れないんだけど。
「なんだよ兄弟、だんまりか? 黒蜥蜴の本物気取ってたハルト達にも誘われてたんだろ? 人間の街で一緒に暴れようや!」
Eがいつのまにか肩を組んで来る。何だか無法者のように思われているのは心外である。
「……………」
俺が本体だと口が利けないことは知らないのか………ボディランゲージも面倒だというのに。昨日のお仲間なら大した妖魔ではないだろう。無視して歩を進めようとすると、残りのF、G、Hが前を塞いだ。
「おいおい! これだけ熱心にスカウトしてんだ、ちょっとは応えるべきじゃねぇの?」
「手負いの癖に強気すぎじゃあねぇか?」
Eにバッサリ斬られた左肩の切り口をツンツンと突かれる。キャッキャッキャと不快な笑いから、周囲の猿もそれを真似る。
昔なら感じ得なかった精神的疲労と猿の集団による嘲笑は、単純に腹が立った。
こちらの沈黙をいいことに傷口と思っている部位を触り続ける猿の妖魔Eの頭蓋を右手で掴む。
「へ?」
静かに触れた一瞬。掌を力いっぱい閉じる。
熟れたトマトが弾けるように、妖魔Eの頭部は消滅した。
「ぁ………て、てめぇッ────え」
威勢良くHが叫ぶが、その時にはもう黒蜥蜴の左腕が生えていた。自分ですら直っていたことに気づいたのは、周囲が驚いてからだった。
(あ、戻った)
ブンブンと左腕を振るうと、さっきまで存在していなかったことが嘘のように動く。
「………………」
その後残った妖魔は────妖魔B、Cと似たような末路を辿った。仲間が一人始末された時点で帰ってほしかったんだが、どうにも妖魔という奴は学ばない。
周囲で地面に転がる妖魔だった者立ちをどうしようかと悩んでいると、五体の妖魔の亡骸が空中に霧散した。
(…………消えた? 前の猿の奴らといい、何か変だな)
妖魔にも質量はある。だから目の前で起きたように息絶えた妖魔が消えるなんて現象は本来起きない。………俺の身体については別だが。
(………………やめやめ。消えたんだから片付ける手間がなくなった)
あとは帰路を急ぎ、帰宅。
後で怒られることは承知済みで汚れた身体で風呂場へ赴き、シャワーで流す。浴槽が温まるのを待つのも面倒なので湯を沸かしながら入ることに。
浴槽に浸かると、自然と意識が遠のく。
(不思議だな………本体で疲れたことなんてないのに)
身体の要求に従い、微睡みに堕ちた。
◇ ◇ ◇
深い眠りの中で過去の記憶が掘り起こされる。
まだ先代土地神・白神朝緋がいた頃に、本体で会っていた時。わざわざ呑気に森に来るあいつは、ほとんど無視しかしない俺に対して純粋な澄んだ瞳で絡んできた。
「ねぇーせっかくなんだからお話しようよー」
いい加減身振り手振りで応えるのも限界だった為、地面に言葉を綴った。
『嫌です』
これがすべての間違いともいえる。
「あ、なんだ! やっぱり言葉わかってる!」
後日小さなホワイトボードとマジックを渡され、無理やり会話をする羽目になった。筆談が面倒だったから結局すぐ擬態で会うことにしたが、意思表示の方法はあったんだ。
だからと言って、今更黒蜥蜴の姿で誰かとコミュニケーションを取ろうとは思わないが。
◇ ◇ ◇
「……書いてる間にぶった切られるだろ」
大して懐かしくもない過去を見せられ、夢へのツッコみで目を覚ます。どれくらい寝ていたのか。せっかく沸かした風呂は、湯気もなくすでに冷めているようだ。
「境くーん、起きた?」
浴室の扉が勢いよく空く。ノックなどはなく、いつも通りの姿をした母がニコニコと様子をうかがいに来た。
「もうお夕飯できるから、早くお風呂あがってね!」
扉も閉めずに母はまた消えていった。
お母さん、せめてノックはしてください。
(……………まぁいいや。良い出汁がでたな)
背筋を逸らし、両腕を伸ばし脱力。二、三度首を左右に傾け肩を回し、体を慣らしてから風呂を上がった。
食事の前に、汚れたまま家に入ったことを怒られたのは言うまでもない。




