菜穂子との別れ
愛莉と紀子、菜穂子の三人は調査のため、学校裏にある真魚古墳の前に来た。以前、愛莉と紀子が来たのと反対側の立ち入り禁止の方で、現在は地震後の調査と復旧作業で重機なども入っている。
菜穂子はあらかじめ、どこかに許可を取っていたようで、現場事務所でIDカードとヘルメットを三人分預かってきた。反対側とは全然様子が違っていて、ここ真魚古墳は前方後円墳なので、前と後ろでは全く形状が異なるが、それだけではないようだ。
それは地震の影響で、土砂崩れと地盤沈下のため違って見えた。そして、現場に入る前に菜穂子が言った。
「空港であの人が言ったの。真魚古墳に行ってみなさいって。それしか言わなかったから、どうしてかと思って方々に聞いたら、地震で古い層が出てきたって聞いたの」
愛莉と紀子は目を輝かせている。
「とりあえず入りましょう!」
三人は係員の案内のもと、崩れた所に大きな穴が開いていて、そこから中に入った。しばらく進むと大きな部屋のような所があり、電気も備え付けられて、たくさんの研究者らしき人が作業をしていた。
「川俣先生。こんにちは。お忙しい中お招きいただきまして、ありがとうございます」
「構わんよ。他ならぬ住吉くんの頼みだ」
菜穂子は東都大学の地質学者、川俣信弘を通じてこの場所に入らせてもらったお礼と、愛莉、紀子の紹介をした。
「そうかぁ!この娘たちが噂の女子高生探偵か?先が頼もしいね。住吉くん」
「先生ありがとうございます。でも今日で女子高生は卒業しました。来月からは女子大生探偵になります。色々教えて下さい」
そう言って愛莉は紀子と共に頭を下げた。
「君たちは恵夢山の事を調べているのだったね。あの山はもう何十万年も噴火を繰り返し、ふたつの山になったのはだいたい五万年前。その前はひとつの山で、その頃は富士山と呼ばれていたそうだが、その下に山が三つほど重なっている。つまり、片方は四回目で今ぐらいの高さになったというわけだ」
里美が言った通り。それから、川俣に教えられ奥にある壁画を見に行った。そこにいた研究者が壁画のあるこの場所は真魚古墳のちょうど真ん中あたりで、中にこのような部屋になっているのは壁画や何かを祀るために造られた空間である事がわかったらしい。
調査に入って間もないということなので、詳しい事はこれからだという。地震で崩れたため偶然入口が現れ、中に入ることができた。そうならなければ未だに中の存在は誰も分からないまま、ここに眠っていたであろう。壁画を見て三人は言葉を失った。そこに描かれていたものは天体図であった。天文に携わる三人には一目瞭然でわかった。壁画の中心に描かれているのは、天体図の中でも最も特徴のあるちりとり座。
しかし、そこに記されている文字とともにひとつ違うものが描かれている。それは、ちりとり座の左上に本来あるはずのインフィニティ星雲の代わりに、赤く塗られた星がひとつ描かれていた。
「ふたりとも分かる?」
静かに言った菜穂子の顔は普段の優しい穏やかな顔ではなく完全に天文学者の顔。その古墳という特殊な場所と、その中にある特別な空間に圧倒され、異次元の扉を開いた三人の心を揺さぶる菜穂子の一言に、愛莉と紀子は小さく頷く事でしか今は答えられない。
「すいません。ここの年代などは分かっているのですか?」
菜穂子が研究者に尋ねた。
「いいえ。つい最近調査に入ったところなので、まだわかりません。古墳なのでかなり古い年代だとは思いますが・・・」
もちろん、いま調査している研究者は科学的に調べているので結果が出るまでわかるはずもない。だが、三人にはそれがいつぐらいのものか大方見当がついた。
「菜穂子さん、ベテルギウスは赤い星だったのよね?」
「ええ。超新星爆発を起こす前の星は赤色超巨星になるの。だから、あの壁画に描かれている通りで、赤いベテルギウス、今はちりとり座のリゲルは白に塗られている通りね」
三人は周りも確かめてみた。星は色分けされてあり、それと一緒に星座や文字も彫られている。ちりとり座のところは「オリオン座」と書かれ、その周りは今と同じ星座が描かれている。
「ねぇ。この星座たち微妙に形が違うね」
愛莉がそう言うと、紀子と菜穂子は頷いた。
「そうね。ふたご座、おうし座、ぎょしゃ座も今と形が違う」
菜穂子がそう言うと、紀子が言った。
「ほら、北斗七星もこっちの方が柄杓の形がキレイ。北極星って何て言う星だった?」
愛莉が答えた。
「コカブ」
すると紀子が首を捻って言った。
「ここにはポラリスって書いてある」
「そうねぇ。歳差運動の関係で約二千数百年をかけて北極星の位置も変わるから、時代を測るにはいいけど、それも二万六千年まで。それを過ぎると一周するから、また振り出しに戻る」
そう言いながら菜穂子は手帳に何か書いている。
今度は愛莉がはしゃぎながら言った。
「ねぇねぇ。これ見て!夫婦星なんか全然違うよ。離れ過ぎている」
愛莉が言ったのは一等星同士で最も近く引っ付いている、うしかい座のアルクトゥルスと、おとめ座のスピカの事である。幼い時から駆とよく見て、話したあの星である。
「そうだね。ふたつとも全然近くないし、うしかい座がおとめ座に食い込んでいない」
紀子が返した。三人は見た当初のワクワクした感覚はなくなって、見れば見るほど今とは多少違えど、天体図の正確さゆえにある種の恐ろしさをおぼえた。
「皆さん、申し訳ないです。一旦外へ出て下さい」
三人がいる所に係員がやって来てそう告げた。安全と現場保存のため、一定の時間が来ると、外へ出なければならない。三人は川俣や他の研究者に挨拶をして古墳内部調査を終了した。それから、古墳の上部にあたる、以前愛莉と紀子が行った見晴らし台に向かった。
「凄かったねぇ。あそこにいた人たちも驚いていたんじゃないかな?」
愛莉がそう言うと、菜穂子が返した。
「そうねぇ。でも、彼らは私達と違う意味でね。今日いた人はほとんどが地質学者だったから、そっちの方は興味あるけど・・・」
すると、紀子が言った。
「そう言えば、皆下ばっかり見ていて、私達みたいに誰も壁とか上は見てなかったね」
三人で納得して笑った。
「ふたりに話があるんだ!」
突然、神妙な顔で菜穂子が言った。
その改まった雰囲気に愛莉と紀子は少し緊張した。
「急なんだけど私、フランスに行く事になったの」
「え~~~!なんで~?」
愛莉、紀子ともに同じ言葉とリアクションで驚いた。間髪入れず愛莉が言った。
「まさか菜穂子さん、無断で公表したから飛ばされるの?」
「キツイね、愛莉ちゃん。それも多少あるかもしれないけど、実はずっと前から私が希望していたのと、今回の事でEUのチームに誘われていたの。だから、私も皆にとってもちょうど良かったのかも」
ふたりとも寂しそうな顔をしている。
「え~、せっかく菜穂子さんと、これから一緒に仕事ができると思ったのに・・・」
「気が早いわよ愛莉ちゃん。まだ大学にも通ってないのに、それに辞めるわけじゃないし、また帰ってくるよ」
「長くなるの?」
「プロジェクトしだいだね」
「ほんとに?寂しいよ!」
愛莉は涙ぐんで、紀子は俯いている。
「あのね。私たちは星が好きでこうやって、色んな謎に取り組んで、宇宙を感じてきたでしょう?広い宇宙の事を考えたら、フランスと日本なんて今こうやって抱き合う距離よりも近いんだよ」
そう言って菜穂子は愛莉と紀子の体を引き寄せて、ふたりの肩越しに頭を撫でた。愛莉と紀子が涙を流すのに時間は掛らなかった。落ち着いたふたりを見て菜穂子は言った。
「ほら見て!ここにこうやって立っていると、太古の人々が思い描いた景色が見えるの。今は目の前にふたりの学校の校舎があって見えないけど、昔は恵夢山、当時の富士山から続く太陽の道に、棚機神社の夏の大三角に模した巨石群。それと今ここの真魚古墳に置かれた、たくさんの魚の形の石、それに壁画。それらはおそらく五万年前の人々が後世に何か残そうとつくったのよ。きっと・・・」
「でも、五万年前って旧人類でしょ?その頃にそんな文明があったのかな?」
紀子が頭を傾けながら言った。
「わからないけど、旧人類っていっても今の私たちとそんなに変わらないと思うよ。むしろ、今の人の方がこんなカタチで後世に何か残そうって思う人が少ないから、何が遅れていて、何が進んでいるか言えないよ」
愛莉がそう言い、紀子と菜穂子が頷いた。愛莉は続けて話した。謎解きのキーワードは五万年前。かつて、オリオン座と呼ばれた星座がα 星ベテルギウスの超新星爆発によって、リーダーを失い、ちりとり座に変わった。リーダーのいた場所はインフィニティという星雲に入れ替わった。その謎は伯母弘美が絵に描いた槍ヶ岩を通して解いた。
次に棚機神社で見た夏の大三角を模した巨石群。そこでは現在と違う七夕伝説、織姫ベガと彦星アルタイルの物語。当時は離れていたアルクトゥルスとスピカの距離。また、神社にあった古文書からわかったベテルギウスへの道標。
そして、学校裏にある真魚古墳のたくさんの魚の石と古墳自体の形から、占星術でいう、うお座の時代。のちに愛莉たちが調べたところ、二万六千年周期で巡る十二星座を計算すると、五万年前はうお座の時代だったという。それから、ヘルクレス座の球状星団M13から届いた電波が、元は地球から送信したものを返信してきたという。それらが全て五万年前を示しており、愛莉たちの見解では、当時まだ文明と呼べるものも興っていなく、旧人類と呼ばれた人たちが後世に残すべく尽力したのだと想像した。
「なぜ、石を多く使ったのかな?」
紀子が疑問を投げた。
「たぶん石は何万何億年と風化、侵食や誰かに削られない限り、ずっと存在するからじゃない?ほら、エジプトのピラミッドだって石だし・・・そうそう、スフィンクスは造られた当時、ライオンの顔だったみたい。東を向いて、造られた当時の春分点、しし座を見ているっていう説もあるらしいよ」
そう愛莉が語り、紀子が続けた。
「どうして、残そうと思ったのかな?」
「たぶん、歴史は・・・じゃないけど、宇宙は繰り返す、からじゃないかな?春分点は十二星座を二万六千年で一周するように、私たちの太陽系は銀河系を二億二千万年で一周するともいう。他にももっと長いスパンで周るものや、逆に地球のように太陽を一年かけて周るものもある。だから、宇宙をはじめ、全てのものは必ず一周して戻ってきたら、またはじまる。地震や噴火もそうで一回大きなものが来たら、それで終わりじゃなくて、ま
た必ずやって来る。まぁ、こっちは天文現象よりも正確じゃないけどね。人間はそう言う風な事って、忘れがちだけど、忘れるなよ!また戻ってくるよ!みたいなことを伝えたかったんじゃないかな?」
菜穂子の言葉に納得するふたり。
続けて菜穂子は語った。
「人によっては何度も文明は滅んで、その都度それを何とか残そうと思って、世界中に色んな遺跡とか伝承があるって言うけど、たとえそうだとしても、いま私たちはこうやってここに立って話している。存在している。いつまでも、この地球に私たちみたいな人類が暮せますようにと、したのかもしれない」
何度も頷くふたり。
「昔の人ってエライ!」
愛莉がそう言うと、菜穂子が面白いものがあると言ってカバンからファイルのようなものを出してふたりに見せた。それを開けると論文が綴じてあり、表紙にタイトルと柴田権三の署名があった。愛莉は聞いた。
「これって・・・菜穂子さん・・・」
「そう。柴田教授、いえ、祖父が亡くなる前に学会で発表するはずだった論文」
「どうして菜穂子さんが?」
菜穂子は説明した。権三がフィンランドで亡くなった時、助手であった桑野が持ち物全てを引き取って愛莉たち遺族に渡した。しかし、論文だけは自分が隠し持っていたという。それを川上省吾が手に入れたらしい。
「えっ、省吾さんが?どうして?」
愛莉が聞くと菜穂子は論文を手渡して答えた。
「ちゃんと、あるべき所に戻すといって渡されたの」
「どうやって、あの変態から手に入れたんだろう。もしかして、また泥棒かな?」
そう言って愛莉は菜穂子を見ると、首を横に振ったので、頭を下げた。
「私も聞いたけど、彼は超人だからって言って笑っていたわ。そう言えば、あの人も空港で別れ際に、愛莉ちゃんに言い忘れたって言っていたわ。彼と同じセリフ」
「伯母さんも?何なのかな?超人って、省吾さんと同じ事を伯母さんが冗談で言うはずないし・・・」
何度も首を捻る愛莉に菜穂子は言った。
「たぶんね、五万年前、いえ、ひょっとしたら、ずっと前から超人と呼ばれる人がいて、その人たちが色んな知識を教え、その人たちに協力する人たちがモニュメントや古墳を造り、壁画に描き、物語を語り、古文書を書いたりしたのだと思う。もっと言えば、文明や旧人類から新人類へ変わる時などに、超人やその協力者が深く関わったのかも」
菜穂子の話にふたりは何度も頷いた。
「だから、おじいちゃんは私たちに遺したのか!」
「わざと難しくして、本気で解く人にしか分からないように仕掛けたのね?」
「そうしないと、嘘や偽りの情報が入り、間違いや混乱が起きるから・・・」
ふたりが言ったあと、続けて菜穂子が真剣な顔で言った。
「最後に私から報告。愛莉ちゃんが出してくれた数字。あれはただ電波のファイルを開けるだけのものじゃなくて、祖父が発表するはずだった論文にも書かれているけど、宇宙での地球の座標なのよ。ただ、数字が書かれてなかったから、桑野はどうすることも出来ず、持っていただけで終わったみたい」
座標それは伯母弘美が空港で愛莉に言った言葉であった。菜穂子は話を続けた。三桁の数字四組、823、017、631、003、最後の数字003は太陽系第三惑星地球の番号、その前の631は天の川銀河の六三一番目の太陽系の番号、その前の017は局部銀河群の十七番目の天の川銀河の番号、そして、最初の823は、おとめ座超銀河団の八二三番目の局部銀河群の番号だという。
「え~!わかんない。菜穂子さん、頭が混乱する」
数字が苦手な紀子が悲鳴を上げた。
愛莉も横で頷いている。
「そうね。私たちの天の川銀河だけでも、恒星だけで二千億個もあるんだものね。それらに地球みたいな惑星を入れたら、とんでもない数字になるわ。その天の川銀河も局部銀河群の中にあって、さらにそれも、おとめ座超銀河団の一員。やめようか?」
愛莉と紀子は知りたいのは山々だが、頭が痛くなってきて、菜穂子の問いに小さく手を上げるのであった。
「じゃあ、ごく簡単に・・・ふたりも私も住所があるよね?それと同じ。住所って自分が好き勝手に決められないでしょ?町があって、市や郡があって、都道府県があって、国がある。それは共通認識で成り立っているの。管轄するところがそう決めたから、私たちも自分の住所を色んなところで書ける。それと同じで祖父のいう座標は、どこかで決めてそれを地球の座標としている。その証拠に電波を送ってきたM13の数字が違ったのは、彼らが自分たちの座標を示したからだと思う」
菜穂子の説明に少しは理解できたのか、ふたりとも首を縦に振り始めた。
「菜穂子さん、ということはそれを決めたのは、おとめ座超銀河団ってこと?」
「そうかも知れないし、違うかもしれない。この先、また数字が出てきたら、おとめ座超銀河団もどこかの中のうちでその上に・・・って具合に続くのじゃないかな?私はそっちの方が理にかなっていると思うよ。まさに∧ STARDUST∨ 星屑の中のSURD、無理数で永遠に続く」
菜穂子のあまりもに壮大な話に頷くしかできない愛莉と紀子。話しながら三人は校門の前に着いた。




