卒業式
あの未曾有の大震災から一年、いろんなことがあった。犠牲になった人たちや被災した人たち、その人たちを救助、支援した人たち、世界中が祈り、見守り、そして、災害に立ち向かうその姿に感動し、賞賛した。
あの日から物理的にも精神的にも全てが変わった人も大勢いる。愛莉も震災によって姿を現した、祖父の遺した金庫から謎の探究が始まった。
それは今後の人生を決定づける重要な分岐点となった。
「愛莉、なにボーっとしているの?呼んでいるよ。ほら、あっち」
紀子が指差した先には駆がいた。
「紀子、ちょっと行ってくる。先に行って」
愛莉はそう言うと、駆がいる渡り廊下に向かった。
「なに?どうしたの?」
「卒業おめでとう!」
「そっちだって、一緒じゃない!そんな事で呼んだの?」
駆は何か言いにくそうにしている。
「何もないなら、行くよ!みんなが待っているから」
「あのさぁ。東都大、合格おめでとう」
「ありがとう」
まだ何か煮え切れない駆。
「今朝、合格通知が着て、真っ先にアイちゃんに知らせようと思って・・・」
「ホント?よかったじゃない。おめでとう。そんなに言いにくかった事なの?」
どうも、それだけではないようだ。
「実は調理学校、変えたんだぁ」
「えっ、駅前のところじゃないの?」
駆は意を決したように頷いた。
「その・・・中村にしたんだ」
「中村?どこにあるの?」
「それが・・・東都大から西に二つ目の通りにある所」
「え~!あの学校?あそこ凄い倍率高いんでしょ?なんで?でも、よかったね」
愛莉が驚くのも無理はない。駆は当初、地元の専門学校を受けるはずだったが、寸前で東都にある中村調理師学園に変えたのだ。皆進路が決まっていく中、駆は受験校の変更を誰にも話していなかった。
「まさか、受かるとは思っていなかったから、なかなか言えなかった。入院したのが、かえってよかったのかなぁ!勉強できたし」
駆のホッと胸を撫で下ろす表情を見ていると、愛莉の心も安堵感でいっぱいなった。
「これでまた、かーくんが言うところの、磁石みたいになるね」
「違うよ、アイちゃん。アルクとスピカだよ。あの日、あの土手でアイちゃんが思い出させてくれた。ありがとう」
愛莉はその言葉を聞いて、横にいる駆に向いていた顔を前に向きなおした。なぜか緊張して、駆に聞いた。
「ひょっとして、かーくん・・・それで、中村を受けたの?」
駆は答えなかったが、笑っている。
「みんな志望校に合格できてよかったな。オレが最後で心配かけたから、ちゃんと報告しないとな!」
なんだか今日の駆はやけに大人っぽく見えて、幼い時から知っている顔ではなかった。それは卒業式当日という旅立ちの日だからか、それとも、未来を見据えた男の姿なのか。愛莉はそんな駆の横顔を見つめ、満面の笑みを浮かべたあと、頬にそっとキスをした。
駆はその瞬間、体が固まった。
「見~ちゃった。でも心配しないで!卒業祝いに内緒にしておいてあげるから」
愛莉は慌てて振り向き、駆は赤い顔で恥ずかしそうにしている。すぐ近くにいたのは咲だった。皆で写真を撮るために校門で愛莉を待っていると、菜穂子が現れてその場は騒然となったという。記者会見しか出ない菜穂子だが、美人天文学者なのは大勢が知っていて、先日菜穂子は愛莉との約束を果たすべく、関係者に無断で事実を公表した。
当然周囲は大騒動となり、その後関係者は対応に追われた。菜穂子の勇気ある行動で世界中の多くの人は賞賛し、大勢の人が味方についてくれた。その日菜穂子は目が痛かったらしく、普段しているコンタクトレンズは着けず、眼鏡でテレビの前に出た事も人気に拍車をかけた。特に男性陣には・・・。
「かーくん、ちょっと頼んでもいい?」
そう言って愛莉は駆の耳元で何か言って、咲と校門に向かった。愛莉の姿が見えると、紀子が菜穂子を取り囲んでいる生徒たちに、場所を開けるように言った。
「菜穂子さん、どうしたの?」
「うん。お祝いと報告と調査に来たの」
「それは忙しい!」
愛莉は笑いながら菜穂子の横に並ぶと、紀子が冷やかした。
「よっ!美人いとこ同士!」
「からかわないで!紀子」
少しむくれる愛莉に咲が言った。
「えっ、どういうこと?」
「そうか!咲にはまだ話してなかったね」
紀子が咲に説明すると大層驚き、まるで映画の中の登場人物みたいだと紀子が笑った。
「そう言えば、どこか似てるね。ふたり」
「なによ!咲だって、前に私をバカにしてたでしょ?菜穂子さんと比べて!」
「そうだったかな?忘れた」
とぼける咲に愛莉は軽く頭を叩いた。
「菜穂子さんどことなく、愛莉のお母さんにも似ているね。そう言えば、菜穂子さんに会った人、皆ビックリしてたもんね。それほど、菜穂子さんとお母さんは似ていたの?」
「うん。弘美おばさんの若い時を知ってる人が皆、瓜二つで怖いぐらいって言ってた」
「だったら、おばさんも相当の美人だ」
紀子は腕を組んでそう言った。その時ちょうど、駆が志賀を連れてやって来た。
「先日はどうも失礼致しました」
志賀は菜穂子に深々と頭を下げた。
「先生がおっしゃっていた事が解りましたので、気になさらないでください」
「ありがとうございます。いつもお忙しそうですね。テレビでよく拝見させていただいています」
なかなか話しづらそうな菜穂子と志賀である。
こういう時はやはり、彼女の登場だ。
「先生。質問いいですか?」
「なんだ、来島。これが最後の質問になりそうだな。いいぞ!」
「先生は菜穂子さんと似ている、愛莉のおばさんとどういう関係だったのですか?」
咲のあまりのストレートな問いに、愛莉と紀子は慌てて、彼女の口を手で塞いだ。
「バカ!咲。何言うの!この間、先生も言ってたでしょ?学生時代の友達だって」
愛莉と紀子は咲がこれ以上聞かないように、とりあえず三人でその場を離れた。
駆も気を利かして、一緒に動いた。
「先日空港まで見送りに行ってきました」
菜穂子は短い言葉で思いを告げた。
「そうですか」
志賀も短い言葉で返したが、その返答は口数以上に多くを含んでいた。
「先生はご存じなかったと聞いています」
菜穂子のその言葉は誰が聞いても、何の事を言っているのかわからない。
しかし、志賀にはそれで十分であった。
「知らなかったでは済まされない事です。それが責任というものです。しかし、私にはどうすればいいのかわかりません。情けない限りです。そんな人間が子供たちに教える事を生業にしています」
志賀は涙声で己を恥じ、俯いた。
「そんなにご自分を責めなくてもいいと思いますよ。その時に嘘偽りがなければ、それは永遠に続く、愛によって包まれます。誰ひとり先生を責める人はいません」
菜穂子は長い間、おそらく後悔と自責の念に苛まれた父の呪縛を祓うかのように語った。
志賀は娘に救われ、心の中で謝った。
「なんだか、あなたのお話を聞いていると、心が晴れやかになってきました。ありがとうございました」
菜穂子は微笑みながら首を横に振り言った。
「礼を言うのは私のほうです」
その言葉の重みは菜穂子だけのものではなく、志賀にも通じているようだ。菜穂子の目にはうっすら涙が浮かんでいる。その様子を見て志賀は頷いた。
愛莉たちは少し離れたところで待っていたが、その横を志賀が走り去って行った。愛莉には志賀の頬が涙で濡れていたのがわかった。それから菜穂子も交えて皆で写真を撮り、思い出話をして、文字通り卒業と相成った。




