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星屑の記憶  作者: 橘晴紀
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M13

 それから、愛莉は気がつくと母と帰りの電車に乗っていた。もちろん倒れたわけでもなく、菜穂子が去ったあと、伯母やアンナをはじめ、他の人とも話をし、挨拶をして美術館を去ったのだが、それまでの時間は一度、どこかに行って帰って来たような錯覚を覚えた。

 望は友達の所に泊まるといって東都に残った。電車内ではずっと沈黙が続き、隣同士に座っているものの、知らない人から見ると他人と思うほどのふたりであった。

 オレンジ色の夕陽が電車内に差し込み、その眩しさが合図となって母は口を開いた。

「愛莉。ビックリしたでしょ?」

 愛莉は静かに頷いた。

「お母さんも今まで生きて来て、こんな驚きが続いて起こるなんて信じられない。もう菜穂子ちゃんの事を思ったら・・・」

 そう言って母は涙を流し、今日一日を振り返った。

 それはほんの数時間前に解った姪への憐れみと謝罪の気持ちであった。愛莉もそんな母の気持ちが痛いほど解った。それ以上に大好きな菜穂子への同情と自分が何も出来ないもどかしさだけが残った。母はもうこれ以上黙っていることが出来ないのと、苦しみからの解放を願うように愛莉に告白した。

 大学時代に同じサークルで仲良くなった母と今は志賀になった当時の向井は、周りが付き合っているものと思うぐらい親密に見えたらしいが、実際そうではなかったという。そして、そんな歯がゆい関係だったふたりではあったが、たまたま母と向井、それに姉の弘美が食事をすることになった。物理を学んでいた向井と父権三に、子供の時から天体観測に連れられていた弘美が接近するのは自然のことであった。

 愛莉が聞いても母は知らなかったが、おそらく宮司が棚機神社で会った若い二人というのは、弘美と向井であったろう。その時期に弘美があの三枚の絵を描いたのだろう。そして、弘美と向井はいつしか、男女の関係になり、弘美は身ごもった。当時、母はその事に全く気付かず、ただ普通に毎日を過ごしていたという。

 そして、これは先日、母が向井から聞いて誤解だったことらしいが、彼は弘美の妊娠を全く知らされないまま、弘美と別れたという。なぜかと言うと、向井が別れを持ち出し、弘美が了承して別れたあと、妊娠が分かったという。向井は当時ずっと悩んでいたという。

 友達だった母の事がずっと好きで、若さ故にそんな気持ちのまま弘美と関係を持ってしまったのだが、母を忘れる事が出来ず、後悔しても遅く、二人の前から去ったのだと。しかし、それからが大変だったという。

 弘美は妊娠が判ったあと、堕胎も考えたが向井の気持ちとは相反して、彼を心から愛していた弘美は産む事を決意した。しばらく弘美は妊娠している事を誰にも言わなかった。もちろん、いつまでも黙っているわけにはいかず、弘美の母である祖母に相談をして自分一人で育てて行くことを告げたが当然反対された。

 その後、弘美の相当な決意に押されたかたちで、理解を示した祖母はギリギリまで弘美を庇った。そして、祖母は時期を見計らって夫である権三に弘美の妊娠を告げた。当然、権三は激怒し、決して許すことはしなかった。祖母は身重の弘美を連れて実家に戻った。

 そこで祖母の実家とひとつの条件のもと、弘美の出産に手を貸してもらうことになった。その条件とは当時、祖母の姉の娘である住吉美栄子が結婚していたのだが、子供が産めない身体らしく、弘美の産む子を住吉家の養

子にするという条件だった。さらに、出産後弘美が日本から海外へ移住することもその条件だった。

 もちろん弘美は納得がいかなかったが、それ以外に道はなかったので止む無く承諾した。当時弘美は美術大学に通っていたが当然、中退ということになり、出産後単身パリに移る事になった。弘美はいずれ、産んだ我が子を取り戻す、そんな夢のような事を考えていたという。しかし、現実はそう甘くなく、単身海外生活をして、日本に置いてきた、しかも違う家の子として育てられた子供を引き取ることは容易ではない。

 答えは明白だった。母が話終わった頃、電車がちょうど駅に着き、再び無言で下車した。愛莉は歩きながら全身の力が抜けていた。心が空っぽのように、何も考えられず、歩くことさえ面倒だと思った。

 自分でこれなのだから、当の菜穂子の気持ちを考えると想像を絶する。もちろん、母も伯母も祖母も、そして祖父もおそらく、そうであったろう。そこに関係した人みなが、立場は違えどそう思ったに違いない。

 愛莉は自分の無力さがイヤだった。ふたりは無言のまま家に着いた。家の前に見知らぬ赤いスポーツカーが停まっており、愛莉と母が門の所まで来ると、その車のドアが開き、中から菜穂子が出てきた。

「えっ!これ菜穂子さんの車?」

「ええ」

「カッコイイ!菜穂子さんにピッタリ!」

「ありがとう。愛莉ちゃん」

 菜穂子は静かに頭を下げ、愛莉と母里美に謝った。

 途中で逃げるように帰ったことを気にしている。

「いいの気にしないで!菜穂子ちゃん。さぁ、家に入って」

 里美の優しい言葉に救われたような菜穂子であった。菜穂子にしてみれば、昨日までは仲の良い友人の母だが、今日からは叔母にあたる人物になる。

 複雑な心境だった。菜穂子は美術館を出た後、気晴らしに車で色々走ったという。愛莉と約束していたが、

あんなかたちで出て行ったので、ちゃんと話すために訪問したのだった。もちろん、自分の出生の事について里美とも話したかった。愛莉と里美は普段通りの菜穂子に戻ったのを見て安心した。

「菜穂子ちゃん、今日は泊まっていってね。これあるから・・・」

 そう言って里美は赤ワインを手にして微笑んでいる。愛莉は横ではしゃいだ。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」

「菜穂子さん、堅苦しいよ!私たち、親戚なんだから、今日から菜穂子さんは、いとこのおねえちゃんだもの」

 愛莉が改めてそう言っても、まだ実感が湧かない里美と菜穂子であった。

「ねぇ、早く話して!」

 愛莉の催促で菜穂子は話はじめた。愛莉が示した数字で電波の暗号を解いてみると、そこにはメッセージがあり、それを解読すると、数字や元素番号、DNAの二重螺旋構造の絵、何かの位置を示すような絵などが織り込まれてあり、これは偶然ではありえない。

 必ず知的生命体が関与しているという。発信元のヘルクレス座の球状星団M13は地球から約二万五千光年の距離にあり、光の速さで二万五千年かかるということである。

「菜穂子さん、これでやっと地球外生命体と遭遇できるのね?」

「う~ん、そうだったらイイかもね。M13のどの惑星かまだわからないけど、少し難しいわね」

 逸る気持ちの愛莉と裏腹に、さすがに科学者の菜穂子は冷静である。

「どうして?」

「彼らが電波を送れる知識と技術があるのは解ったけど、私たちと同じ程度だったら、どうする?」

 菜穂子の質問の意味がわからない愛莉。

「私たちだって、彼らに電波を送ることはできるけど、地球から精精行けても火星ぐらいまで。だから、彼らもただ電波を送るだけ、分かり易く言えば、私たちと彼らは今のところ文通相手ってこと」

「そうかぁ!どっちかが相手の星に行けるだけの技術がないとそうなるかぁ!」

 菜穂子が突然、真剣な顔つきに変わった。

「ここからは極秘なのだけど、解析を続けていく内に妙な事が解ったの。ここに入っている情報はどうもM13だけのものじゃないのよ」

「えっ!どういうこと?」

 サッパリ分からない愛莉。菜穂子は続けた。

 暗号を解いた三桁の数字四組と違う組み合わせがもうひとつ入っていて、それを入力すると初めに送られて来たものと、よく似ているが少し違うものが出たという。分かり易くするため最初の方をAファイル、後の方をB

ファイルと呼んだ。

 Bファイルも元素番号は同じだがそれだけで、DNAの構造が少し変えてあり、位置を示す絵は全く違うという。両方とも人口の数らしきものがあり、ふたつの数は共通しない。そして、最も不思議なのがAファイルの方には地球と同じ地名がたくさん出て来て、電波を送るアンテナの絵も入れられ、そのアンテナの名前が全て地球上にある天文台と同じ名前だという。

 Bファイルの方にもアンテナの絵と名前が複数入っており、こちらのほうの名前は初めて聞いた名前だった。そこに示された名前は地球上の地名にはなく当然、そのような天文台もない。

「菜穂子さん、それってどういうこと?」

「これはね。私個人の意見なのだけど、Aファイルに情報を入れて送ったのは地球人で、

それを受け取ったM13側が自分たちの情報を入れて送り返してきた。まさに文通よ」

「え~~~!まさかぁ!そうだとすると、いつ誰が送ったのかな?」

 驚きながらも目を輝かせている愛莉。

「そうなの。そこが問題なの。さっき言ったM13までの距離覚えている?」

「えっと、二万五千光年、だから二万五千年前に送信してきたってことよね?」

「それはM13からよね?もし地球からだとしたら?」

「え~!五万年前?ウッソ~!」

「そう!相対性理論が正しければね」

 驚きの愛莉は気を落ち着かせるため、冷蔵庫に飲み物を取りにいき考えた。本当に菜穂子の言う通りなら、五万年前の地球にそれだけの文明があり、それを遠く離れた星に送る技術があったということだ。

「だって、その頃ってまだ文明なんて興ってないでしょ?お父さんが帰ったら聞いてみよう」

「ダメよ、愛莉。お父さん今日は忘年会で、酔っ払って帰ってくるわよ。たぶん無理ね」

 里美が何か作りながら的確に夫を分析した。

「ねぇ、菜穂子さん。この先、どうなるのかな?この問題」

「そうなのよね。今のところ公表できない理由はそこなのよね。中に入っている情報よりも、元々の送り手が地球人でそれが、今までの人類史を覆すことになるから」

「でも、そんなのおかしいよ!ちゃんと皆に伝えるべきよ!」

 愛莉の純粋な気持ちに菜穂子は言葉が出なかった。

「おじいちゃんが伝えたかったのはそういう事でしょ?そうじゃないと次の世代に繋いでいけないよ。菜穂子さんも、本当はそう思っているんでしょ?だって、菜穂子さんもおじいちゃんの孫じゃない!」

 愛莉にそう言われて菜穂子はやっと実感が湧いたのか、急に下を向いて手の甲で目を擦っている。納得したのか、頷いて言った。

「そうだよね。愛莉ちゃんの言う通り。少し時間をくれる?わたしもちゃんと役目を果たすわ」

 まもなく料理ができて、三人で激動の一日を労い合った。里美と菜穂子はほろ酔い加減になり、気分がよさそうだ。そのふたりを見て愛莉は思った。

 よく見れば、母と菜穂子はどことなく似ており、初めて菜穂子に会った時におぼえたノスタルジーな感覚は、ふたりが叔母と姪の間柄だったからだ。すると、少し顔の赤い菜穂子が言った。

「今日ここに来る途中、母のお墓に寄って、報告してきたの」

「そうかぁ」

 里美はワインを菜穂子のグラスに注ぎ答えた。

 菜穂子は何かふっ切ってきたようだ。

「私が今好きな仕事が出来て、充実した生活を送れているのは、あなたのおかげです。それなのに、あなたの苦しみも知らず、わがままばかり言ってごめんなさい。ここまで見守ってくれてありがとう。これからもずっと見守っていてください。そう言ってきたの」

 涙ぐむ菜穂子より先に、愛莉と里美は泣いている。

 里美は逆に菜穂子に慰められた。

 宴もたけなわになった頃、里美の予想に反し、それほど酔っていない龍一が帰宅した。

「お父さん、どうしたの?思ったより早いし、そんなに酔っ払ってないのね」

 酔っている里美が聞いた。妻を横目に龍一は菜穂子の手を取って言った。

「菜穂子ちゃん、大変だったらしいね。心中察するよ。これで私たちも親戚だ。だから残念だけど菜穂子ちゃんとは・・・まぁ今後ともよろしくね」

 目を丸くしている菜穂子。すかさず愛莉が言った。

「お父さん、いま残念って言ったよね。どういう意味?なんか菜穂子さんに対してヘンな事考えていたんでしょ?」

「何バカな事言っているんだ!愛莉。それはそういう意味じゃなくて・・・その・・・とにかく嬉しいことじゃないか!」

なんとか誤魔化したつもりの龍一ではあったが、愛莉にしてみれば少し焦っている父が、なんだかいじらしく見えた。

「でも、お父さん何で知ってたの?」

「あ~、望からメールが着たんだ。お母さんも愛莉もきっと、それどころじゃないだろうからって」

 久しぶりに望を頼もしく思えた愛莉であった。

 龍一は棚から日本酒を出してきて言った。

「さぁお祝いだ!ようこそ北山ファミリーへ!菜穂子ちゃん。朝まで飲み明かそう」

 愛莉は知らぬが仏とはこういう事を言うのだと思った。昼に劇的なドラマがあって、さっきも皆で泣いていたというのに・・・。

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