再会
あの電波受信事件以来、暮れということも相まって慌ただしく、世間もいつ宇宙人とコンタクトがあるか関心があるようだが、テレビその他、メディアでも頻繁に報じているように、今回は宇宙の彼方から電波が送られて来たということだけであり、イコール宇宙人訪問があったわけでもなく、UFO目撃談は今までと同じくらいで、とくに変わっていないというのが現実である。
ただ人々の意識は変わりつつあり、日本での大災害や世界中での異変もこの電波受信と偶然ではないと一部ではいわれた。それは時代かそれとも、もっと大きな流れが出てきているのか。愛莉は最重要情報提供者という、菜穂子の勝手なネーミングと身近な人間が担当者というおかげで、世間一般より早く多くの情報が入ってくる。しかし、それだけではなく、むしろそれを生かして、祖
父の願う通り、広く一般にできるだけ情報を伝えるように自分の周り言い、それと菜穂子に頼んでいる。
菜穂子は大学や政府機関、天文学会、その他なるべく情報を統制したいところと日々、格闘しながら毎日を忙しく過ごしていた。何度か担当を降ろされそうになっているらしいが、その都度マスコミやネット上で菜穂子を擁護する声が上がり、大学側も簡単に事を進めることができないようである。
なぜなら記者会見で菜穂子が登場した日から、美人天文学者として大評判になり、テレビをはじめ雑誌や講演会、果ては選挙出馬までオファーがあるが、菜穂子は大学時代から変わっておらず、その全てを断っていた。
と言うよりは、興味がないと言ったほうが菜穂子に合っていて、代わりに他の者がそれを利用している始末であった。そんな忙しい菜穂子だが、愛莉は一緒に絵を見てほしいので、東都国立美術館に菜穂子を誘った。
年が開けるとすぐ、入試があり東都大学志望の愛莉は、大学が美術館から左程遠くないので下見も兼ねてちょうど良かった。同行するのは絵画鑑賞が趣味の母里美となぜかいつもついてくる姉望である。
まるで今から修学旅行にでも行くかのように騒がしく、電車内で恥ずかしい場面も多々あった。ようやく美術館に着いて母が懐かしげに言った。
「わぁ!何年ぶりかなぁ。外観は全然変わってないわ。昔のまんま。お母さん大学時代によく、向・・・友達とここに来たのよ」
思わず口が滑りかけた母にキョトンとしている姉。
愛莉は母の腰あたりを叩いた。
「ナオちゃんは、まだかな?」
そう言う姉に愛莉は言った。
「菜穂子さん、少し遅れるらしいわ。先に入ろう。着いたら連絡するって」
「今じゃ時の人だものね。菜穂子ちゃん」
三人は美術館正面の大階段を上がって、壁に掛けられている垂れ幕を見た。そこには< フランスの天才画家!ジャン・エレー展覧会> と書かれてある。愛莉は身震いがした。この名前を聞いたのは、今持っている絵を調べている時に、美術教師の川上から聞いたのが最初。
今から自分はその作者の絵を見る。これは偶然なのか、それとも必然なのか。そんな風に考えると、これから起こるかも知れない何かが自分を待ちわびているような気がして、緊張せずにはいられない。
中に入ると初日ということもあって、大盛況で午前中だというのに人が大勢いる。愛莉は母と姉にゆっくり見たいからと、自分に構わず行ってほしいと頼んだ。
愛莉はひとつひとつの絵を丹念に見て回った。絵のことはあまり詳しくないので、ピンとくるものがない。
その中で一段と人だかりができているコーナーがあったので向かった。ゆっくり前の方に進むと、そこには今までの絵よりもひと際大きいサイズの絵があり、遠くからでも何の絵かわかるほどであった。
愛莉は立ち止まって呟いた。
「恵夢山」
その絵には確かに恵夢山が描かれていた。なにより驚いたのは、いま愛莉が持っている絵とほとんど同じ構図であること。ただ違うのは恵夢山の二個の山に対して、こちらの絵はひとつの山。
そして、おそらくロケーションは同じであろう、柵や案内板、それに槍ヶ岩の位置。全ていま持っている絵と同じで、謎を解いた案内板の文字はない。
愛莉は思った。いま持っているこの絵はジャン・エレーが描いたのだ。でもなぜ、山の数が違うのか。
大きさが違うのは分かる。そして、アナグラムした文字がないのはなぜか。愛莉はよく見えるように一番前に進んだ。すると、もうひとつ違う箇所があった。
持っている絵には右端に< H・Ere> の署名があったが、こちらの方は< J・Ere> である。確かに、ジャンなら、こちらのように< J> である。しかし持っている絵は< H> だ。
作者が違うのか。後ろの名前が< Ere> であることから、身内かも知れない。愛莉は混乱した。
しかし、紀子と謎を解いた時は、名前でなく、< HERE> で、その通りに次のヒントとなったはずなのに、こう見るとやはり名前であるようだ。確認のためカバンから出してみたいが、ここではそうするわけにもいかない。よく見ると絵の説明が書いてあり読んでみた。
そこには< 大の親日家で日本の文化にも造詣が深かった作者渾身の一枚。実際、日本の色々な場所を歩いて絵にしている。この絵も晩年、作者が最後の大作と銘して描き上げた> と書いてある。その下にもうひとつ< 志賀実篤様所蔵> ともあり、愛莉はまた驚いた。
愛莉のせいで他の人の迷惑になるほど流れが悪くなり、ひとり絵を見つめている。
すると後ろから肩を叩かれた。
「愛莉、どうしたの?穴が開くほど見つめちゃって、何だか怖いよ」
愛莉は姉の声で我に帰った。
「お姉ちゃん、もう見終わったの?お母さんは?」
「うん。私は終わり。お母さんはまだどこかで見ていると思うわ。最後のコーナーに愛莉が持っている絵みたいな、サイズのものがあるよ」
「そうなの?」
愛莉は踊る胸を押さえて、姉とそのコーナーに突き進んだ。姉の言う通り、今までの絵とは違うサイズで作風も少し異なっている。絵を見た瞬間、愛莉の頭の中に何かが駆け巡った。まるでフラッシュバックするかの如く、脳の神経細胞に電気信号が送られているようであった。そこには、いま愛莉がカバンの中に忍ばせているキャンバスと同じサイズの絵が二枚飾られてあり、その二枚の風景は愛莉と紀子が見て、謎解きをしてきた場所とそっくりな絵であった。
一枚は棚機神社の丘で見た夏の大三角に配置された巨石群の絵。もう一枚は桜貴学園裏手にある真魚古墳の絵。愛莉が今持っている恵夢山の絵を加えると、見事に自分たちが見てきた謎で、この三枚が揃いはじめて、その存在価値が出る。これで省吾がここに来ることを勧め、志賀が本来あるべきところに返せといった意味が解った。
そして、限りなくあの謎に近づいた。そう、この絵を描いた者は自分たちと同じ、いや自分たちよりも早く、この絵の所に行き、謎を解いた。愛莉はもう居ても立ってもいられなくなり、早く次に進みたかった。幸いこの二枚が飾られているところは端にあるので、すぐ横に係員がいて、迷わずその人に声をかけた。
「すいません。ちょっと、この絵を見ていただけますか?」
愛莉はカバンから絵を取り出し、そう尋ねると係員は不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「はい。ここは照明を下げていますのでこちらの方で拝見させていただきます」
そう言って係員はパーテーションで間仕切りされた所まで行き、絵を見て声は出さなかったが、驚いている。愛莉と望は顔を見合わせて頷いた。
そして、愛莉に言った。
「お客様。絵を少しお預かりさせていただいてよろしいですか?」
そう言って、絵が飾られている反対の場所にあるスタッフルームに入って行った。ちょうど、母が合流して愛莉がことの経緯を説明した。
「愛莉、どうする?あの絵、実は相当高価なものだったりして、一億円で買いたいとか言われたら・・・私なに買おうかな?」
「何バカ言ってるの!あの絵はお金とかじゃなくて、もっとスゴイものなの。きっと」
対照的な姉妹の思考に母は首を横に振った。
しばらくして、先ほどの係員が来て言った。
「お客様。どうぞこちらへお入り下さい」
係員は山本という女性で、愛莉たちをスタッフルームへと案内した。中に入るとそこは、展覧会の主催者らしき人や関係者がいて、その中に愛莉が渡した絵を眺めている外国人女性がいた。何か言っているが解らない。
「お姉ちゃん、何言ってるか解る?あれフランス語でしょ?」
「全然解らない!」
「第二外国語、フランス語なんでしょ?」
望は手のひらを上に向け首を数回振っておどけた。
すると、山本が代わりに通訳してくれた。彼女はジャン・エレーのマネージャーでフランス人のアンナ・マスネといい、年齢は五十代ぐらいで金髪の美しい女性。
この絵をどこで手に入れたかと聞いている。愛莉は自分が祖父から譲り受けたと通訳してもらうと、アンナは大きなリアクションで驚き、首を何度も横に振って何か言っている。さすがに外国人だ。かなりのオーバーリア
クションでこちらもつられそうだ。
そうしている内にアンナは待つように言って、さらに
部屋の奥に向った。そこには女性が座っており、アンナがその女性に絵を見せ何か言っている。すると突然その女性が立ちあがり、こちらに向かってきた。その女性は日本人のようで、年は母と同じくらい、細身で黒髪の美しい女性。そして愛莉に尋ねた。
「これ、あなたのおじいさんの絵?」
「はい。この絵をご存じですか?」
「私が描いた絵です」
愛莉は声が出せないほど驚いた。探し求めていた絵の作者がいま目の前にいる。するとその女性は急に涙を浮かべて聞いた。
「おじいさんの名前は?」
「柴田権三です」
愛莉がそう言うか言わないかと同時に、その女性の目線が逸れた。そして、その瞬間、女性は驚きと共に涙が溢れ震えながら言った。
「里美ちゃん」
女性はもうその時には、愛莉の後ろにいた母里美の所に行き号泣しながら言った。
「里美ちゃんね?」
母はその女性に両肩を掴まれ固まっている。
しばらく間が開き、母がか細い声で聞いた。
「お姉ちゃん…弘美姉ちゃん…」
そう言った母の目は左右に泳ぎ、それと同時に涙が滝のように溢れた。母の隣にいた望は驚きの表情でその場を離れ、愛莉のそばに移動した。
愛莉と望はお互い顔を見合わせて言った。
「弘美おばさん?」
二人掛りでの驚きの声に弘美は泣きながら愛莉と望に向かって頷いた。もうその頃には母と弘美は床にへたり込んで泣いている。お互い何か言っているのだけど、涙声と鼻を啜る音で何を言っているのかわからない。
それは長い時を超えて離ればなれになっていた姉妹が二十数年ぶりに再会した場面であり、その場にいた皆がそこにどんな事情があったのか知らなくても、とても貴重な場面を目撃した瞬間であった。
愛莉の腕を掴んでいた望が手を握ってきた。愛莉も迷わず姉の手を握り返した。久しぶりに姉妹で手を繋いだ。もうどれくらいになるだろうか。幼い頃以来である。別に仲が悪いわけでもなく、むしろ何でも言い合える仲なのに、それはいつの間にかしなくなった。
愛莉はそっと姉を見ると、自分と同じく涙を流している。理由があって離ればなれになっていた母とその姉の事を思うと、何と自分たちは恵まれていたのだろうと反省した。
泣き止まないふたりをアンナとスタッフがなだめ、立たせて奥にあるソファーのところまで連れて行った。
まだそこでお互い謝り合っている。愛莉は涙を拭き、ふと疑問に思った。どうして、伯母の弘美がここにいるのか。そう言えばアンナと親しく流暢なフランス語で話している。そばにいた山本に尋ねた。
「なぜ伯母がここにいるのですか?」
すると山本は笑顔で答えた。
「彼女はジャンの奥さまのヒロミ・エレーさんです」
山本によると五年前に亡くなったジャン・エレーの妻で、日本のある大物スポンサーの好意で招待されて来日したという。愛莉にはその人物が誰であるかすぐにわかったが、それはこの際関係ないと思った。
むしろ、考えたくないといった方がいい。
愛莉と望は少し落ち着いた母と伯母を見て安心した。
そこにちょうど愛莉のケータイが鳴った。それは菜穂子からであった。
「菜穂子さん迎えに行って来るね」
「あの調子ならまだ時間掛かるだろうから、ナオちゃんとゆっくり回っておいで」
珍しくやさしい姉の言葉に微笑み、愛莉は感動の再会を果たした部屋を出た。入口付近で菜穂子と落ち合い、愛莉はここに来てからの出来事を話した。
「え~!そんなことって本当にあるのね。里美さん、喜んでいたでしょう?」
「それどころじゃなかったよ。もう大変だったんだからぁ!今も続いていると思うよ」
ふたりは二枚の絵の前に立った。
菜穂子は無言で頷いた。
「まさに私たちが見てきたのと同じ景色だね。愛莉ちゃん、どうしておばさんが描いた絵を教授が持っていたのかな?それも一枚だけ。その三枚はセットのはずなのに」
「やっぱり謎を解くためじゃない?でもそうすると、おばさんとおじいちゃんはどこかで会っていたのよね?」
それも含めて後で聞くことにした。
「ところで愛莉ちゃん、あとで時間ある?例の件が進展あったから報告するわ」
「もちろん大丈夫よ。やった~!それも楽しみにここまで来たの」
愛莉たちもスタッフルームに向かった。愛莉はドアをノックして菜穂子と部屋に入った。
中に入ると、割と静かで部屋の奥で母たちはソファーに座り話しこんでいる。菜穂子が望に挨拶して周りを見渡すと、目の前のアンナが菜穂子を見て目を丸くしている。そして、奥のソファーに顔を向けながら手振りで何か言っている。もちろんフランス語なので解らない。
すると菜穂子がアンナにフランス語で何か言った。
彼女はフランス語が話せるようだ。愛莉は隣にいる山本に通訳してもらった。アンナが伯母に向かって言ったという。
「あなたの若い頃にそっくりよ。こっちへ来てごらんなさい」
すると、伯母がこちらに向かって歩いてきたが途中で立ち止まってそれ以上動かない。菜穂子はアンナにどういう意味か聞いているらしい。そのままのところで、伯母の顔は見る見る変化し、菜穂子に聞いた。
「あなた、お名前は?」
「住吉菜穂子です」
その名前を聞いて、伯母は両手で自分の顔を覆い、その場に泣き崩れた。そこにいた皆は一体なにが起こったのか分からず、ただ伯母を見守るだけであった。アンナが近づいたが、伯母は膝をついたままで菜穂子の足元まで進み、上を見上げまた泣き崩れた。困ったのは菜穂子である。自分の足元で見知らぬ女性が泣いている。
菜穂子は何もわからないまま、伯母の肩を持って立ち上がらせ言葉を掛けた。
「大丈夫ですか?」
伯母は菜穂子に支えられた態勢で言った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
何度も何度も謝っている。そのあまりの状態に見ていられなくなって、アンナと山本が伯母を再びソファーに戻した。それでもまだ、菜穂子に謝っている。
すると、アンナが何か言った。それを聞いた菜穂子は持っていたカバンを落として、アンナにフランス語で返
した。愛莉は言葉がわからないが、菜穂子が今までに見せた事のない表情で話しているのを見て、ただ事ではないと思った。山本が愛莉の耳元で通訳してくれた。
「やっぱり、あなたの娘ね」
アンナが伯母に向かって言ったらしい。
「この人が私のお母さん?本当ですか?」
菜穂子はそれを何度もアンナに聞いているらしい。
確か、菜穂子の両親はすでに亡くなっていると言っていた。
「あの女性の名前は何て言うのですか?」
菜穂子がアンナに聞いたという。
「ヒロミ・エレーよ」
「日本にいた時の名前は?」
すると、アンナが伯母に聞いたが答えられそうにないので、代わりに山本が隣に座っている里美に旧姓を聞いた。
「柴田弘美」
それを聞いた瞬間、菜穂子は全身の力が抜けるように、その場に座り込み泣き出した。いつも冷静で聡明な菜穂子のこんな姿を見たのは初めてであった。愛莉も望もただ、立ち尽くすだけでどうすることもできない。
つい一時間ほど前に感動の再会で、母と伯母の涙は枯れてしまったかと思われたが、涙をどこに仕舞っていたのか、というぐらい溢れ出ている。愛莉はこのとき悟った。なぜ、菜穂子に初めて会う人が皆、驚きの表情をしていたのか。最初に母里美、次に棚機神社の宮司、教師の志賀、そして先ほどのアンナ。その四人に共通しているのは伯母の弘美。
四人ともが昔の弘美を思い出して感じていたようだ。それほど似ているのだろう。その後、テーブルを挟んでソファーに座る弘美、菜穂子ともに幾分は落ち着きを取り戻したが、ふたりとも下を向いたままで黙っている。割と大きめのソファーには弘美の横にアンナ、菜穂子の横には里美が座っている。愛莉と望はその後ろのイスに腰掛けている。長い沈黙のあと、ようやく菜穂子が口を開いた。
「子供の時に父が、そして五年前に母が亡くなりました。母は亡くなる少し前、私を自分が産んだ子ではないと告白しました。おそらく母は死期を悟っていて、最後にこれだけはと思い、話したのだと思います。その時に母は詳しく言わなかった。ただひとつだけ言ったのです。もしこの先、いまから言う名前をどこかで聞いたなら、その時は運命だと思い、その事実を素直に受け入れなさいと言いました。そして、それが先ほど聞いた名前だったのです。頭では解っているつもりです」
菜穂子の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、弘美はその度に頷き、まるで菜穂子に許しを請うかの如く、手を合わせながら聞いている。愛莉は考えていた。
あれほど明るく元気な菜穂子がここまでの状態になるほど、その長い歳月の苦しみ、悲しみが他にあるのだろうかと・・・そして、それは菜穂子と弘美という実の母娘にとって、これからどのような運命を突き付けるのか想像もつかない。
「菜穂子さん。今日こうして、あなたと会う事ができて、これ以上の幸せはありません。とてもツライ思いをしたことかと思います。そして今日を境に、その思いが更に増えるようなことがあるなら、あなたの人生を狂わせた者として罰を受けなければなりません。この後の人生、あなたが穏やかに暮らせて行けるように、最善の方法を取ることが私の残りの人生だと思っています」
弘美がそう言うと同時に菜穂子は再び涙を流し、これ以上その場にいることが耐えられなくなったようで、深く頭を下げ一言謝り部屋を出て行った。




