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星屑の記憶  作者: 橘晴紀
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病院にて

 翌日、愛莉は体調を考慮して忙しい時ではあったが学校を休んだ。かなり疲れていたのか、昼過ぎまで一度も起きなかった。午後から警察官が家へ来ることになっており、母の午前中の授業が終わるまで家でゆっくりできるので寝入っていた。

 そう言えば、愛莉は昨日からほとんど何も口にしておらず、お腹が減ったので食卓に用意されてあったご飯を平げた。何気なくテレビを付けると、ほとんどの番組は昨日からの電波受信の内容ばかりである。間もなく記者会見が始まり、東都大学から生中継で何人かの大学関係者の中に菜穂子がいた。興味深く見ていると、大学側からふたつの発表があり、はじめに大学教員の逮捕を告げた。これは桑野のことであり、まだ本人が警察で取り調べ中である事と、被害者が未成年者ということを考慮して、コメントは差し控えるということであった。

 続いて電波受信の暗号を解読した事を告げ、場内が騒然となった。もちろんこれは昨夜、愛莉が菜穂子に託した数字に基づき、解読したものを発表している。

 記者からの質問で誰がどのような経緯で数字を解いたのかが聞かれ、菜穂子がプライバシー保護のため答えられないと説明した。その後も質疑応答は続いたが、肝心な事は発表されず、まだ解読中を理由に当たり障りのない答えを菜穂子が話しているのを見て愛莉はひとりで笑っていた。最後に菜穂子はテレビを通じ、暗号解読に協力してくれた人へのお礼を言いたいと締めくくった。

 愛莉にしてみれば菜穂子のとぼけた態度が滑稽で笑わずにはいられなかった。まもなく母が帰ってきて、その後ほどなくして刑事が来た。愛莉は事情聴取で昨日あったことを全て話した。先にテレビや新聞を見たが、桑野の逮捕の事は報じているが、志賀実篤や愛莉を連れてきた運転手の事は一切触れておらず、刑事に聞いたが知らないというだけであった。

 いつの間にか桑野の単独犯ということになっており、何か見えない力が働いていると、愛莉は思ったが怖くて、それ以上の事は聞く勇気がなかった。

 刑事が帰ったのでふたりは、志賀が入院している病院にお見舞いへと向かった。

「え~っと、向井く…志賀先生はあれ食べられそうかな?あっちのほうがいいかな?」

 母にはやはり、志賀という名前はピンとこないようである。そんな母が迷っていたのはお見舞いを果物にするか、それとも花にするかであった。決めかねる母に変わって愛莉は迷わず花屋に入った。

 学校で母と志賀とで話して以来、母はヘンに空元気で父も心配するほどであった。愛莉はそんな母が今日は少しいい意味で違って見えたので逆に戸惑った。

 病室に入ると志賀が妻と娘を紹介して、愛莉は志賀の妻に花を渡した。志賀は母と同級生なので、今年三歳になる娘ということは、割と最近の結婚なのかと愛莉は勝手に思った。昨日その妻の父と対面して、何とも言えない気分を味わったので複雑な心境の初対面となった。

 その事はおそらく知らないであろう、志賀の妻は成功者の父とは全く逆のタイプで控えめな感じであった。

「早苗、悪いけどおふたりに話しがあるので、ちょっと席を外してくれないか?」

 志賀の妻は花を持って、娘と病室を出た。志賀は思ったより元気そうで、愛莉も母も安心した。愛莉は怪我の具合となぜこうなったのかを聞いたが志賀は言葉を濁した。愛莉はそれ以上聞く事をやめた。それがどれほどの事なのか、刑事と話していた時と似た感覚であった。

 それは志賀の無言の願いであることは想像がついた。自分の家族を含め、愛莉たちの事も考えて敢えてそうしているのだろと思った。志賀は無理をして起きようと

したので、ふたりが止めると謝りながら自分の横にある戸棚を指して言った。

「北山、そこにある袋を取って、中に入っているものを出してくれないか?」

 愛莉は志賀の言う通りに中身を取り出し驚いた。

それは、あの小さなキャンバスに描かれた絵であった。

「先生。これ・・・どうして、先生が?」

「すまない。これは君の絵だったね?いや、正確には君のおじいさん、つまり柴田教授の所有する絵だった。なぜか義父が持っていて、譲り受けたのだが私は勘違いしていたよ

うで、これは本来有るところに返さなければならない。それを君にお願いしたい」

愛莉は考えた。自宅から省吾が持ち出し、それが志賀の義父、実篤の所に行き、それか

ら娘婿の正樹、そして今ここにある。彼が言うにはこの絵は祖父の所有するものだと言い

ながら、本来有るところに返すとはどういうことか。

その前に愛莉は一番初めの謎を志賀にぶつけた。

「先生は祖父とふたりで金庫を屋根裏に隠したのですよね?中に入っているものを知っ

ていたのですか?」

「柴田教授には色々教わったのだが、金庫を隠す時、教授は私に中身についておっしゃ

らなかった。それを考えると大抵の事は教授と共に調べていたが、よっぽど明かせない事

情があると思った。そのあと私はある理由で大学を辞めたので一人で調べていた。そして

この間、義父からこの絵を見せられた時、その謎が解けた」

愛莉は話を聞いていて、その情景が浮かんだ。大好きな祖父と尊敬している志賀がその

昔、子弟として一緒にいたこと。できるならば自分もその中に入りたいと思った。

「北山、金庫の鍵は君が開けたのだよね?よく番号が解ったね」

「ゴメンなさい。祖父から聞いていましたから・・・」

「何も君が謝ることはない。柴田教授がそれほど君に託したかった証だよ。ここから私ができることは君をサポートしていくこと」

 志賀はそう言うと、愛莉に微笑み、母里美に頷いた。

 静かに見守っていた里美が立ち上がり愛莉に言った。

「少し先生と話しがあるから、愛莉は外で待っていて」

「わかった。下で待っているね」

「北山、これを・・・よろしく頼む」

 志賀は愛莉にチラシを渡した。それを見た愛莉は再び驚いた。そこに印刷されていたのは、先日省吾に勧められた絵の展覧会の案内であった。

「先生、これですか?」

「ああ。いま詳しくは言えないが、行けばきっとわかる。担当者の人にその絵を見せればいい」

 省吾の時と同じだ。とにかく行かなければ何も始まらないようだ。

「先生、川上省吾さんをご存じですか?」

「川上省吾?う~ん、どこかで聞いたことがあるような・・・」

「美術の川上先生のお兄さんですけど」

「へぇ、そうなのかぁ。それで聞いたことがあるのかな?」

 知らないようだ。昨晩、志賀がクラクションを鳴らした相手だが、知っていたら何か言うはずだ。ふたりに何か接点があると思ったが愛莉の思い違いらしい。

「そうだ忘れていた。北山、宿題だ」

「え~、なんでこんなところで?」

「まぁ、そう言わず。その絵のタイトルは< ユダヤ> という。それは過去、現在、未来を表わしているらしい。その意味を解いてほしい。実は義父から聞いたのだが、私はサッパリ分からなくて・・・」

「え~、そんなのズルイ!先生」

 愛莉はいらぬ謎を増やしてくれた志賀にお礼を言って病室を出た。一階に下りると外来待合に駆がいて暇そうにしていたので、愛莉は少しからかってやろうと思った。

「駆せんぱ~い!大丈夫ですか?」

 愛莉は声を変え、駆の後ろからそう言った。振り返った駆は愛莉の顔を見て言った。

「何だよ!ビックリしたじゃないか?なんでここにいるんだよ」

「志賀先生のお見舞い」

「へぇ、先生ここに入院したのかぁ。具合どうだった?」

「元気そうだったよ。昨晩一旦、自宅に帰って、あまりにも痛いから診察に来たら、即入院だって笑ってた。それよりいま誰と思った?」

「って言うか、そっちこそ誰のマネだよ」

「エミリ!似ていた?」

「似てねぇよ!」

 駆の診察はまだ時間が掛かるようで、それに他の人に迷惑になるからと、ふたりは庭に出て話を続けた。愛莉は先日、天文部二年の武田江美理が言っていた二年生を中心とした噂話を駆に話して冷やかした。

「モテモテじゃん!紀子を大事にしてね」

「バカ言うな!」

「私は誰かさんみたいに友達の邪魔はしないもん!」

「何だよそれ!」

 愛莉は忘れている駆に中学時代の話をした。当時、愛莉は駆の親友の事が好きで、相手もどうやら自分に好意を持っていたようで、付き合うことになったのだが、なぜか突然、別れることになって、その彼に理由を聞いてもなかなか話してもらえず、だいぶ後になってから人づてに聞いたのは、どうも駆が原因だったということであった。それから、愛莉と駆は険悪な関係になり、ケンカばかりするようになった。

「だから、何回も言ってるけど、あれは誤解で・・・」

「もういいよ。話しを持ち出した私がイケナイし、それにもう何とも思ってないから」

 少し沈黙が続いた。暮れというのに、ここのところ温かく、外にいてもそれほど寒くない。

 愛莉はジュースをふたつ買って、駆にひとつ渡した。

「よく眠れたか?元気そうでよかったよ」

「昨日はありがとう」

 ふたりは庭のイスに腰掛けて、先ほどの騒がしさはなくなって、お互い静かにジュースを飲んでいる。

「なぁ?・・・嫌じゃなかったら、オレたち・・・その・・・」

 愛莉は少し緊張した。

「昔みたいに、名前で呼び合うのってのはどう?ふたりだけの時だけでも・・・正直、昨日アイちゃんが助かった時と同じくらい、自然に名前を呼び合えて嬉しかったんだ!」

 それは駆の真っすぐな気持ちで、たとえ昔誤解があっても、その気持ちを大事にしたい。

 愛莉もまたそう思った。

「いいよ!ちなみに、かーくんこの前みんなの前でも言っていたみたいだけどね」

「そんな事ないよ!」

「だって、咲が聞いたって言ってたもん」

 駆の顔が赤くなっていた。ちょうど、診察の時間がきたようで戻ると、母も下りてきていた。病院を出て帰りに買い物に行くことにした。愛莉は母の顔がホッとしているように感じた。

「愛莉。向井くんと話せてよかった。二十数年ぶりに誤解が解けたのよ」

それで母は嬉しそうな顔をしているのだ。

「よかったね。お母さん」

「愛莉。あなただけに言うわ。お父さんや望に絶対言わないでね。昔ね、お母さん、向井くんが好きだったの」

 乙女のように恥じらう母。愛莉はそれを見てクスっと笑った。

「何笑っているのよ!まさか、あなた、気づいていたの?」

「お母さん解りやすい!バレバレだよ」

「えっ、いつから?」

「最初にお母さんに向井さんの事、聞いたときから・・・」

「さすが、愛莉。おじいちゃんが望じゃなくて、あなたを選んだ訳が解ったわ」

 大げさに言う里美と笑いながら、母娘はこの時期の一番星、金星が輝く街を歩いた。

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