ニュース
「それでいいよ。間違っていないよ。君の思う通りにやればいい」
「あなたは・・・よく・・・顔が見えない。もっと近づいて!動けないの。省吾さん?ねぇ省吾さんなの?どうしてここに・・・」
「愛莉、愛莉。あ・い・り~」
「わぁ~!お姉ちゃん!」
「誰が省吾さん!何寝ぼけているの!ひょっとして新しい彼氏?かーくんのことはどうするの?」
「どうするって何よ!どうもこうもないわよ。それより私、名前呼んでいたの?・・・その・・・」
「省吾さん?ええそうよ。そんなことより愛莉、大ニュースよ。先に下りているから早くおいで」
そう言えば、望が起こしにくるのは珍しいことだ。
何年ぶりであろうか。滅多にない時に限ってヘンな夢を見て、それをよりによって一番聞かれたくない相手に聞かれた。愛莉は寝起きで、しかもヘンな夢を見ていたので望が急かしていることも忘れて、眠い目を擦りゆっくり着替えていた。すると一階から望の急かす声に適当な返事をして下りた。あくびをしながら一階に下りると、望がテレビを指して手招きをしている。
「愛莉。早くこれを見て!」
テレビの前には父も母も食い入るように画面を見ていて、見ろと言われても見られない。
しかし、音声は聞こえていて現場レポーターの慌てている様子はよく分かる。
「パパ、お母さん、愛莉が見えないじゃない。少しどいてあげて!」
望に言われて、やっと気づくほど集中している父と母。そして画面が見えたのだが、何やら大きなアンテナが映っているだけである。いまひとつ要領を得ていない愛莉に、望が画面右上を指した。愛莉はテレビに近づいてテロップを読んだ。
その間、父母姉は黙って愛莉の邪魔をしないようにしてくれている。そして、愛莉の目が丸くなっていくのが、三人には手に取るように分かった。
そこには、< ついに!地球外生命体と交信!> と書いてあり、愛莉は固まっている。それを見て、三人は一斉に話始めたが、愛莉は放心状態である。
「これ、ドラマとかじゃないよね?」
極めて遅い口調で愛莉は三人に聞いた。
「違う、違う。もう一時間以上、どのチャンネルでも同じ放送をしているから、いまさら冗談ではすまされないよ」
ここは一家の大黒柱の登場である。
「そうだよね。ついに来たかぁ!まさか、こんな早くに来るとは・・・これは忙しくなるぞ!まずは紀子に電話しなくちゃ」
「ダメよ、愛莉。電話はパンクでどこも繋がらないよ。私も掛けたけど、テレビでもそう言っている。パニックを避けるため回線を止めているらしいよ」
「そうかぁ!って言うか、お姉ちゃん早く行かなくていいの?今日、試験って言ってなかった?」
「それどころじゃないでしょう」
望はのんびり構えているが、愛莉は一刻でも早く紀子たちと話したいからと、慌てて用意をして朝食も取らず家を出た。登校中街の様子は普段と変わりなく、先ほどのニュースは本当だったのかと思うくらい、静かである。ただひとつ違うのは、いつもより人が少ないように感じることだ。愛莉は学校に到着すると、会う人みんなにニュースの事を聞かれた。
引退してもやはり天文部だったからであろうか。でもよく考えてみれば、起きた時間も遅かったし、一刻も早く登校したかったので、ニュースをよく見ていなかった。それだけに、みんなに謝りながら教室に向かった。
予想通り教室内はニュースの話で盛り上がっていて、愛莉は紀子にニュースの内容を詳しく説明してもらった。テレビでもあまり詳しく説明はしていなかったらしい。何でも、ある星座の方向から電波が送られてきて、現在、世界中の関係機関でそれを解析中であるということだ。それ以上のことは分かっておらず、紀子がテレビを見た限りでは、分かっているが公表できないような気がすると言っている。
「それでね愛莉、私たちツイているよ」
紀子の微笑みに愛莉は首を傾げている。
「もう!愛莉。身近にいるじゃない?」
「あっ、菜穂子さん」
紀子は愛莉や友達に電話を掛けてもダメで、次に菜穂子に掛けても全然繋がらなかったという。どこに掛けてもダメらしい。文明の利器もこうなると、ただの物体となる。学校内はチャイムが鳴っているにもかかわらず、一向に教師はやって来ない。
おそらく、どこの教室も職員室も、いや世界中のどこでも今は同じ話題で持ち切りなのだろう。愛莉はふと我に帰った。皆は浮かれていて、自分もそうではあるが、ここは冷静に考えなければならない。なぜ、いま地球外生命体の公表を行ったのであろうか。
テレビでは断定してはいないが、これは明らかにおかしい。誰かが意図的にリークしたとしても、それぐらいの事は抑えられるはずなのに・・・。これは公表ではなく呼びかけなのではないか。誘拐事件などでよくあることで、それまで報道を控えていたのに一斉に放送する。それは広く一般人に情報提供を求めるからだ。
まさに、今朝からの一連の出来事はそうなのではないか。そうであるならば、何を求めているのだろうか。解る人だけにメッセージを送っているのか。いずれにしても、自分には関係ないと愛莉は思った。
そう思うと、周りの喧騒を一歩引いて見られる。愛莉は自分だけ時間が止まっていると感じた。隣にいる紀子でさえも動かないように見える。
そして記憶が戻っていく。
「・・・君の思う通りにやればいい」
愛莉は急に顔が赤くなるのが分かった。今朝の夢だ。あれはやはり、省吾だったのか。なぜ彼が夢に出てきたのか。まさか自分は彼の事が・・・いや違う。
そうではない。それは夢の中の言葉と正反対である。どうなっているのだろう。愛莉は目を閉じて、再び目を開けると、そこには彼がいた。
「省吾さん!」
「省吾さん?それって、この間のノッポ野郎のことか?」
「えっ!何でアンタが・・・」
目の前には駆がいた。愛莉は何が起こったのかすぐに理解できず、周りを見渡した。
「何でじゃないだろう!残念ながらオレはこのクラスの者だから!悪かったな!愛しの省吾さんじゃなくて!」
怒って駆は教室を出た。愛莉は隣の紀子を見ると、両手のひらを上に向けて、首を何度も横に振っていた。
愛莉は下を向いた。ようやく担任の菅原が入ってきた。やはり、職員室でもその話が持ち上がって、今後の対策と普段通りの授業をして、特に難しい時期なので教師一丸となって、事にあたるということであった。
なにかあれば、国の機関や然るべきところから何か発表があるだろうから、それまでは平常通りにするということである。
「北山さん、ちょっといいかしら?」
担任の菅原はそう言うと、愛莉を廊下に呼び何やら話をしている。ちょうどその横を先ほど教室を出て行った駆がおぼつかない足取りで通り過ぎた。
愛莉はチラっと駆を見たが、彼は知らんぷりをしていて、まだ怒りが収まっていないようであった。
「わかりました。行ってきます」
愛莉はそう言うと、そのまま廊下を歩いていった。
一旦、教室に入った駆だったが気になったのか、顔だけを廊下に出して愛莉の後ろ姿を見送っていた。昼休みになり、未だ教室に戻らない愛莉を心配して、紀子と咲が職員室の菅原を訪ねた。
「えっ、北山さんまだ帰っていないの?おかしいわね。ちょっと見に行ってみようか」
菅原はそう言うと、紀子と咲を連れて職員室を出て、理事長室に向かった。菅原は朝、理事長から連絡を受け愛莉に理事長室に行くように言ったという。
それから二時間も経っていて、菅原は愛莉がてっきり戻っているものと思っていた。
理事長室前に着くと、菅原はドアをノックしてノブを回したが鍵が閉まっていた。
理事長はすでに校舎を出ているようだ。
「北山さん、どこに行ったのかしら?本当に戻ってないのよね?」
不思議そうに菅原が聞くとふたりは頷いた。
「おかしいですね。もし、愛莉が外に出たならカバンも置いてあるし、戻ってくるはずですよ。それに私たちにも何も言わず出るなんて、考えられないです」
紀子がそう言うと、咲も頷いた。
「そう言えば理事長、今日はどうされたのかしら?滅多に学校にはお出にならないうえに、なぜ北山さんを呼ばれたのかしら?」
「先生、これはひょっとしたら理事長による愛莉連れ去り事件ですよ」
「まさか!滅多な事言わないの!村田さん。どうして理事長がそんなことするの?」
確かに菅原の言う通りである。白昼堂々、しかも理事長本人が愛莉を寄こすよう、菅原にことづけた。その後愛莉の所在が不明になった時、真っ先に疑われるのは理事長である。
「とりあえず様子を見てみよう。ひょっこり北山さん、戻ってくるかもしれないし」
菅原の言葉は気安めにもならないといった表情の紀子と咲。考えてみれば、愛莉はいつも何か閃いた時、周りを見ずに突っ走ることが多々ある。けれども今回は少し違うようだ。特に今日は朝から世界的ニュースが駆け巡っている。これは偶然ではないと紀子は思った。
紀子はいつも一緒にいる愛莉の閃きがうつったように、直感的にこれはおかしいと思い、菅原に理事長がいつ学校を出て、次の行き先がどこなのか、調べてもらうことにした。
「咲、私たちも愛莉の行方を捜そう!きっと愛莉、何か事件に巻き込まれたのよ。大丈夫かな?すごく心配!」
「そうだね。愛莉に何事もなかったらいいけど・・・わたし、川上先生のところに行って来る。省吾さんに連絡取ってもらう」
「わかった。じゃあわたしは志賀先生のところに行くわ。またあとで・・・」
それから、手分けして愛莉が立ち寄りそうなところも当たってみたが、一向に手掛かりが掴めずイライラが募るばかりであった。菅原によると理事長は愛莉と話して、すぐに学校を出て、予定の教育委員会の会議へ出席しているという。愛莉とは十五分ほど話して、彼女は理事長室を出たらしい。夕方になり、まだ愛莉とは連絡が取れていない。
朝に不通であった電話回線も復旧しているが、愛莉のケータイはずっと、電源が入っていない状態である。
さすがに小さな子供でもないから、警察に届けるのはもう少し待とうということになったが、愛莉の両親にだけは連絡を入れた。皆が協力して、できるだけのことはしているので、あとはそれぞれに任せておいて、紀子と咲は愛莉の家へと向かった。
なぜか、おぼつかない足取りの駆もついてきた。愛莉の家に着いた三人は母の里美に説明して、今後の対策を考えた。夕陽が傾き、北山家にオレンジ色に輝く不安の光が差している。
里美が出してくれた紅茶も冷めて、無言の一同は玄関のチャイムに動揺した。里美が玄関に向かい、リビングの三人はお互い顔を見合わせて、心を落ち着かせている。玄関先で里美の驚きの声と共に三人の前に現れたのは教師の志賀であった。
「ゆっくりしている時間はないので、簡潔に言います。愛莉さんの所在にひとつだけ心当たりがあるので、今から向かいます。もし三時間経っても僕から連絡がなかったら、警察に行ってください」
そう志賀は里美に言ったあと頷き、出しなに紀子、咲、駆に向かって頷いた。
少しだけ安心したのか紀子が静かに言った。
「おばさん、今日は愛莉が帰って来るまで、ここで待っていていいですか?」
同じく、咲と駆も里美に頼んだ。
「ありがとう。みんな!こちらこそ、お願いします。でも、みんな、おうちに連絡しておいてね。お茶を入れ直すわ」
そう言うと里美はキッチンに行き、目頭を押さえた。三人はそれぞれ自宅に電話をした。




