新たな謎
翌日、学校では駆の退院祝いをした愛莉以外の六人はもとより、愛莉が省吾の車に乗ったのを見たクラスメイトなどは興味津々。教室の中はその話題で持ち切りだった。
「紀子。今日の放課後あいてる?昨日の事で話したいんだ。菜穂子さんと棚機神社に行ったときのことも、この間話が途中になったからね」
「うん、いいよ。私も愛莉に聞きたいことがあるし」
少し元気のない紀子であったが、それよりも彼女の聞きたいことの方が気になった。いつもの紀子らしくない口ぶりだったのと、なぜか目線を反らしていたからだ。
昼休みに愛莉、紀子、咲はいつもと同じように屋上で弁当を食べていた。食べ終えると紀子は進路のことで職員室に行くと言って、先に下へ降りた。
「ねぇ、愛莉。紀子と何かあったの?」
「どうして?」
「なんか今日ギクシャクしているから」
やはり咲にも伝わっている。愛莉は心配する親友に何とか説明したいが、自分でもわからない。だから、ただ何もないとしか言えないのが、少し腹立たしかった。
「昨日ね、愛莉が行ってから紀子、元気がなかったのよ。愛莉が急にいなくなって心配になったからと思っていたんだけど、どうもそれだけではなかったみたい」
咲は校門からカラオケボックス、その後の夕食までの事細かい話を丁寧に話した。結局、咲の感じたことは最後に解散する時に解ったことだという。
紀子の元気がなかったのは愛莉がいないからではなく昨日はそれなりに楽しんでいたのだが、話の中で駆が愛莉のことを語った時にそうなると気がついた。
「駆、愛莉のこと凄く心配していたと思う。何とか誤魔化していたけど・・・それでね、帰り際にみんなビックリしたんだけど、駆何て言ったと思う?」
咲の質問に全く想像もつかない愛莉はただ、首を捻るだけであった。
「なんと!アイちゃんって言ったんだよ。それまでアイツとか、偉そうに言ってたのに、それで自分もシマッたって思ったのか、ギブスなのに走って帰っちゃった」
それを聞いてなぜか愛莉も恥ずかしかった。
「それで残った私たちはポカ~ンとして、紀子を見たら、下を向いて元気がなかった。愛莉たちっていつも、そんな風に呼び合ってるの?わたし聞いたことないけど」
「そう呼んでいたのは子供の頃」
ちょうどチャイムが鳴り、昼休み終了を告げたが愛莉にとっては救いの合図になった。
放課後、愛莉と紀子は渡り廊下のイスに座っていた。お互いどこから話を切り出そうか迷っている。いつもそんな事など考えず話をしているふたりなのに、今日は一言が出ない。とりあえず愛莉は菜穂子が言っていた、この近くのモニュメント探しと昨日の話を紀子にした。
彼女は真面目に聞いて時間が空いたら取りかかろうと言っているが、どうも何か気になって身が入っていないといった感じである。
「ねぇ、愛莉。沢口くんと何かあった?」
やっと重い口を紀子は開いた。その問いは愛莉の予想した通りの言葉であった。何かあったと聞かれれば、あったような、ないような。愛莉の気持ちだけのものなので、どう答えようか迷うところである。
なるべく紀子に嘘はつきたくないし、だからと言って何でもかんでも言えるものでもない。愛莉はただ、自分の気持ちだけは正直に話そうと思った。
「紀子。この間、子供の自分にサヨナラしたの。なんて、今も子供なのにネ」
愛莉は泣きながら言った。紀子はその短い言葉と涙でほとんど理解できた。
「そうかぁ、愛莉。私どうしたらいいか、わからないよ」
愛莉もまた親友の心の痛みを理解した。
そしてそれは自分が抱えている悩みと共通していることもわかっている。
「紀子。いいじゃん!いっぱい、いっぱい悩んで・・・そしたら、その内満タンになって、そんなもの弾け飛んでいくよ」
愛莉のガラリと変わった言葉に、紀子は戸惑いつつも噛みしめた。
「それかぁ。愛莉のおじいさんが言っていた、壁に当たったら違うアプローチをしろ!それと、星に訊けっていう意味は・・・」
「そうだね」
「えっ、違う?」
「ううん。大体は合ってるかな・・・」
紀子は愛莉がまた急に勢いがなくなり、自分の話を聞いていないように感じた。それもそのはず、愛莉は前方に何か気を取られている。紀子も見てみた。
「何かあるの?」
「わかんないけど、行ってみよう」
そう言って愛莉は走りだした。こういう時は必ず何かある。紀子も続いた。学校敷地の端、隣地との境界にあるフェンスを掴んで愛莉が言った。
「さ・か・な?」
「えっ、いま何て言った?魚?」
「そう!あれ魚だよね?」
そう言い愛莉が差した方を見ると、石であるが魚の形に見えなくもない。
「行こう!紀子」
言ったと同時に愛莉はまた走りだした。当然紀子もあとに続いた。一旦校門を出て、学校の外周道路を行くと、小高い丘が見えてきた。そこは古代の古墳であり、いまは林のようになり、その面影は一切ない。
古墳であることさえ知らないものも多くいる。
ふたりは息を切らしながら、ようやく正面らしき所に到着した。
「ここ確か、マナ古墳って名前だったね」
愛莉が言うと紀子も頷きながら言った。
「そうだね。隣なのに初めて来た」
「漢字で< 真魚> って書くんだぁ。紀子、やっぱりさっきの石、魚なんだよ」
「そうなのかな?でも愛莉、ここ立ち入り禁止になっているよ。この間の地震で崩れているって書いてあるわ」
先の大地震でこの古墳も被害を受け、立入禁止の看板とそこから先に進入できないように、ロープが張られてある。まだその後の調査と復旧は成されていないようである。
「大丈夫よ、紀子。崩れているのは反対側みたいだよ。行こう」
「ダメだよ!愛莉」
愛莉は紀子が止めるのも聞かず、丘を昇り始めた。仕方なく紀子も後に続いた。高さは四階建ての建物ぐらいであろうか。普通の丘と違って上まで斜面になっているのではなく、階段を昇っていくと一旦、テラスのような広くなっている所があり、また階段を昇ると二つ目のテラスがあって、最上部は平坦な広場のようになっている。
そして、周囲の斜面は人工的にカーブを描き、言われてみれば古墳のようにも見える。ただ、知らなければ普通の丘にしか見えない。木はうっそうと茂り、それが長い間人を寄せ付けていない何よりの証拠である。
ふたりは頂上に着き、周囲を見渡した。今は向かいに校舎があり、高い建物も多くあるから感じないが、おそらく昔は良い見晴らし台であっただろう。
上から見ると分かったのだが、テラスと思われていたスペースは周囲を堀のように囲み、ひな壇状で三段になっている。やはり、そう見れば古墳のようだ。
「紀子、見て!周囲の道に石がいっぱい置かれているよ」
「ホントだ。あの石が魚の形をしているんだぁ。なんでだろうね?」
「何か訳があるんだろうね。菜穂子さんが言うように、ここが恵夢山から続くモニュメントだったら絶対星空に関係あるよ」
「だったら愛莉、地図見たらいいんだよ」
「そうだね。紀子冴えてる~!図書室に確認しに行こう」
「ラジャー」
ふたりは古墳の階段を下りた。その頃には先ほどの涙や悩みは消えていた。図書室に着き、愛莉は地図に定規を当てて距離と方角を測っている。
紀子は天体図鑑を見て星空を確認している。
「どう?愛莉」
「う~ん、一応恵夢山と棚機神社、それとここはほぼ等間隔の距離だね。方角も西だしね。でも、まさかこんな近くにあったなんて驚きだよ。そっちは?」
愛莉はまるで紀子ではなく、机に話しているようである。
「魚って、やっぱり、うお座、みなみのうお座、かじき座ぐらいだね。でも、そのどれかだとすると、恵夢山のカシオペヤ、棚機神社の夏の大三角にここは対応しないね」
紀子も机にへばり付いた格好で答えた。
「ちょっと待って紀子。これを見て」
そう言うと愛莉は地図を紀子に見せて、ペンで真魚古墳のところを指した。
「さっき行ったよね。それで?」
「この古墳、前方後円墳だよね?これって何かの形に似てない?」
そう言われて紀子は考えた。しばらくして叫んだ。
「あ~!魚だぁ!」
言われてみれば、真魚古墳は前方後円墳で、現場にいると気づかないが地図のように上空から見ると、その形が少し肥えた魚のように見えなくもない。
「でも何か違うのよね。なんだろう?星座なのか?この場所自体違うのか?とりあえず休憩しようか?紀子。部室でも行こう」
「そうしよう!休憩、休憩」
愛莉と紀子が部室に着くと、何やらごった返していて皆忙しそうであった。
「あ~、先輩たち。元気ですかぁ!」
明るく出迎えた武田江美理。
「よっ、副部長!やってるねぇ」
紀子が茶化した。部室を見渡すと、どこかで見かけた天体望遠鏡があり、皆で取り囲んであれやこれや言っている。
「これ、元部長の望遠鏡?」
「はい、そうです。野々宮先輩が置き土産だと言って寄付してくれたのです」
愛莉が聞くと、新部長の須田隆也が答えた。それは部室にひときわ目立つ出で立ちで存在感を放って、野々宮お気に入りの天体望遠鏡である。
自分は新しいのを購入したので不要になったからと置いていったらしい。
「そうかぁ野々宮が・・・。最初で最後の天文部への貢献だね。惜しいヤツを亡くしたねぇ」
「生きていますよ!」
紀子がボケると、みんなが突っ込んだ。もう一方では天体図製作や漫画を描いているグループもある。
来月、近くの幼稚園へ出張ボランティアに行くので、その時の催し物に使うらしい。愛莉と紀子は後輩の部活動を見て回って、嬉しさと寂しさが同時に湧いてきた。つい数カ月前まで皆を引っ張って、部活動をしてきたがそれも引退を迎え、少し空っぽのようになるかと思ったが、すぐ受験勉強でそれどころではなくなり、天文部に在籍していたことも遠い昔のように感じた。
しかし、こうやってたまに部へ顔を出すと、皆は慕ってくれて、まだ天文部で活動しているように錯覚するほどであった。
「そう言えば翔子、絵を描くの上手だったね。それは何を描いているの?」
愛莉は堤翔子が一年生二人と描いている絵について聞いた。
「これは十二星座を擬人化して、子供たちに興味をもってもらおうと思っているんです。
ストーリーは江美理とはるか達が考えて、私達は絵のほうを担当しているんです」
その絵を見ながら愛莉は思い返していた。真魚古墳の石がなぜ魚なのか。目の前に見えるうお座を眺めながら、ふと気がついた。真魚古墳をうお座、みなみのうお座、かじき座、これは南天だから除外。どちらかに合わせてみても、方角距離ともに対応しない。やはり、違うのか。かといって他に魚が関係する星座はない。
「翔子。うお座と聞いて何思いつく?」
「そうですねぇ。モノの時代ですかねぇ」
「モノ?何のモノ?」
「物質のモノ。うお座は目に見えるモノが支配する時代です」
翔子の説明がいまひとつ分からない愛莉の前に助っ人、紀子が登場した。
「翔子が言ってるのは占星術の話でしょ?愛莉忘れたの?この子、不思議っ子ちゃんだったのを・・・」
「あ~、そうだったね。翔子詳しく話して」
歳差運動という現象で地球はコマのように揺れて、不動であると思われている北極星でさえも数千年ごどに移動する。他に春分の日による春分点も約二千数百年ごとに十二星座を移動し、一周約二万六千年。それは春分の日に太陽が昇るところにある星座を、占星術ではその星座の時代と呼んでいる。そして、それぞれの星座に象徴があり、それをその時代にあてる。
翔子いわく、うお座の時代は物質の時代というふうに。なんとなくといった表情の愛莉は聞いた。
「いまはその、うお座の時代?」
「いいえ。違います。かに座です」
少しがっかりな愛莉。やはり違うのか。
「まさかぁ!」
「どうしたのですか?愛莉先輩」
愛莉の頭にふとよぎった考え、それはあまりにも突拍子過ぎて、話しても信じてもらえないだろうと思った。隣の紀子と翔子も気になっているようだ。
「ヘンに思わないで聞いてくれる?それと翔子、その時代を計算できる?」
愛莉の申し出にふたりとも頷き、翔子は自分のケータイを開いた。その中に天文ソフトが入ってあり、すぐ見られるからだ。愛莉は話始めた。翔子の言う通り、約二千年周期で巡る星座が今は、かに座の時代。真魚古墳の石の彫刻が魚で、うお座の時代。
古墳は今とその年月差があり、それを計算すると造られた時代がわかると予想した。
「え~っと。先輩、うお座の時代は今から約一万七千年ぐらい前ですね」
「そら、ないわ!」
早速天文ソフトで調べた翔子が言うと、愛莉、紀子ともに言い放った。少し無理があったようだ。
先を急ぎ過ぎたのか。少し視点を変えてみたが、ズレているようだ。真魚古墳は見当違いなのか。
「せんぱ~い、駆先輩の復活よかったですね。わたしもうれしいです」
江美理が飛んで来てそう言ったが、愛莉と紀子は聞き間違えたのかと思った。江美理はいま駆の名前を言った。彼女は野上を追っかけているはずなのに、どうして駆の話題なのか。ふたりが問いただすと江美理は恥ずかしそうに答えた。
「それが・・・何というか・・・」
煮え切らない江美理に先輩ふたりは急かした。江美理は今でも憧れているのは野上だと前置きした上で話し出した。駆が木から落ちた時は当初、事情を知らない者がバカにした声も多かったが経緯を聞くにつれ、カッコイイとか、ヒーローだとか言う者が増え、入院中だった本人にもその声は届き、照れていたという。
それだけに駆が学校に戻ってくると皆から拍手で迎えられた。ただひとつ違った話になったのは、あの事故が縁で駆と紀子が付き合うようになったと、二年生を中心に広まった。それに漏れず江美理も駆に対して熱くなっているという。
「何それ~!エミリ、本人を目の前によく、そんなバカ話が言えるわね!って言うか、アンタも信じているの?他の皆に違うって、言っときなさい!いい?わかった?」
「は~い」
いつになく厳しい口調で紀子は言い放ち、江美理は生返事で答えた。それを見て愛莉は横にいる翔子と笑った。ふたりは部室を出て、愛莉は紀子をなだめ、なぜか紀子は愛莉に謝っていた。




