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星屑の記憶  作者: 橘晴紀
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川上省吾

 駆が退院をしてはじめて松葉杖で登校してきた日、みんなで退院祝いをしようということになり、学校帰りにカラオケへ行くことになった。愛莉は土手で別れた日以来、はじめて駆に会うので少し緊張した面持ちでいた。

「愛莉。今日どうかしたの?なんか落ち着きがなくてヘンだよ」

 やはり親友には感知されているようだ。愛莉は教室で仲間に松葉杖を使ってオモチャにされている駆を見ながら言いかけた。

「紀子・・・」

 それとほぼ同時に咲がやってきて言った。

「愛莉と紀子も今日、駆の退院祝いに出られるよね?」

 マネージャーを引退して、久しぶりにイキイキしている咲が出欠を取っている。

「うん。もちろん」

「・・・」

 即答の紀子と対照的に愛莉は俯いた。

 ハッキリしない愛莉に咲はもう一度聞いた。

「愛莉。大丈夫?」

 愛莉は俯いた顔をさらに下げて、咲の問いに答えた。心の中で愛莉はあの日、いつも通りにしようと誓ったのに、全く逆のことになっている自分を恥じた。

「沢口くん、退院おめでとう。私何て言ったらいいか・・・ありがとう」

「もういいよ!村田。それより礼を言わなきゃいけないのはオレの方だよ。補習の時や今回の事も助かったよ。今度なにかおごるよ」

「いいよ、そんなの・・・」

「ダメだ!オレの気がおさまらない」

「わかった。だったら噂の沢口くんの作った料理がいいかな」

「OK!じゃあいつでもいいからウチに来いよ」

 休み時間廊下で紀子と駆が話しているのをぼんやり見ていた愛莉は、素直でいられない自分がもどかしかった。放課後、気が乗らない愛莉は帰り支度をしていると肩を叩かれた。振り返るとそれは駆であった。

「この間、アリガトな!また後で」

 ニコっと笑う駆につられて愛莉も微笑み、小さく頷き、ぎこちなく歩く駆を見送った。

 退院祝いを大げさにされるのが嫌な駆を尊重して、愛莉、紀子、咲、野上、木村、設楽で駆を祝うことになった。玄関で靴を履き替え、外に出ると咲以外の皆が待っていた。すると、先発しているはずの咲が戻ってきて愛莉と紀子に興奮気味に言った。

「ねぇ。校門の前に省吾さんがいるのよ」

「省吾さん?」

 愛莉と紀子は聞き返した。

「もう!ふたりとも憶えてないの?川上先生のお兄さんよ」

「あ~!よく名前憶えていたね。咲」

「もちろんよ!イケメンを忘れるはずないよ。知らなかったら調べるよ」

 呆れる愛莉と紀子だが、そうこうしている内に校門前に着いた。正面から少し離れた所に、黒いスーツにクシャクシャのタバコを吸っている男が立っている。

 愛莉と紀子は顔を見合わせ頷いた。

 それは間違いなく先日会った川上省吾であった。

 どう見ても彼は妹である、美術教師川上マリを待っているように見えない。生徒達が下校して混雑している中、省吾は愛莉の方をジッと見つめている。

 愛莉は吸い寄せられるように省吾のもとへ突き進んだ。あまりにも自然なので、紀子と咲は声もかけられなかった。皆が見守る中、愛莉は省吾と何やら一言二言話したかと思うと、戻ってきて言った。

「ゴメン!みんな。ちょっと用ができちゃった。じゃあまたね」

 笑顔で軽やかに省吾のもとに駆け寄っていく愛莉を見て、皆は唖然となったと同時にあまりにも自然で、まるで今から恋人とデートを楽しむ乙女のように見えた。

 すぐ近くに停めてあった車の助手席のドアを省吾が開け、愛莉はスっとそこに乗り込み、颯爽と走り去っていく車を皆は見送った。

「あの男、まさか北山の彼氏か?」

 愛莉に好意を抱く設楽が呟くように言った。

「違うよ!」

 咲の答えに紀子以外の皆が訳を聞いた。咲は省吾がマリの兄であること、先日会ったことなどを簡単に説明した。話を聞いた皆は不思議そうな顔をした。

 その中でも駆は不安が顔ににじみ出ていた。

 その様子を見て紀子は俯き、歩きだした一同に気づかずボーっとしていた。車の中で愛莉は先ほどの笑顔は全くなく、何も話さない省吾に合わせるかのように、押

し黙っていた。愛莉にしてみれば、省吾に言いたい事や聞きたい事が山ほどある。

 どれくらい走ったのだろう。高速道路を走り、山間部をぬい、どうやら目的地に着いたようだ。省吾は車を停め、ゆっくり降りた。愛莉も省吾のあとに続き、目の前の景色を見て驚いた。そこはこの間来た恵夢山の展望台だった。夏に来た時は高原特有の涼しい風が吹き渡っていて心地よかった。だが、いまは秋も深まって標高が高いここは下界と違って寒い。薄着の愛莉は自分で両腕を抱えるようにして、震えを押さえていると前にいた省吾が振り返り、おもむろに上着を脱ぎ愛莉に掛けた。

 ペコっと頭を下げる愛莉に省吾は言った。

「君は勇気があるな。怖くないのか?」

「怖くないです。どうしてですか?」

「オレのことを知っているんだろ?どんな人間か。君に何をしたか」

「あなたのことは知らないですけど、わかっているのは私の家から金庫がなくなったことです。そして、それを持ち出したのはあなたでしょう?」

「ああ。その通りだ。よく、そんなヤツの車に乗ったな」

 愛莉は答えなかった。それよりも省吾がなぜ、ここに自分を連れてきたのか。愛莉は自分の身の危険よりも、その先にある好奇心の方が勝っており、何か進展があると期待した。

「ひとつ聞いてもいいですか?」

 愛莉はタバコを吸う省吾に尋ねると彼は煙を吐き出し、それを返事の代わりにした。

「あの金庫あなたがひとりで持ち出したのですか?」

「そうだ」

 実に素っ気なく、かつ分かり易い答えだ。愛莉は考えた。自分たちが金庫を研究所から運んだ時、女子高生とはいえふたりもいたし、父も今は学者であるが学生時代は野球部で、四十代の現在でも本人いわく体力は衰えていないと言っていた。その三人でかなり苦労して持ち上げたモノを細身の省吾が果たしてひとりで持ち、それ

を愛莉の家の納戸からどうやって運び出したのか。

 ここまできて嘘をついているとも思えない。でも、なぜ自分はこの男の言うことを素直に聞き入れているのか。世話になっている教師の身内だからなのか。

 先日初めて会って、今日初めて話しただけなのに。

 愛莉はこの先の何かに期待して、まずはこの男の出方を見てみようと思った。

「君はこの場所と絵の関係をどこまで知っている?」

 省吾はまたタバコに火をつけ聞いた。

「なぜ画商で泥棒のあなたがそんなこと聞くのですか?」

「少し知っているからだよ。おっと、君の質問の答えはここまでだ!」

「何ですかそれは?人に聞いておいて、自分は言わないってズルイですよ」

 愛莉は少しイライラした口調で返した。

「すまない。そういうつもりじゃないんだ。正確には言わないんじゃなくて、そこまで知らないんだ」

 省吾は少しはにかんで言った。なるほど、川上マリが言うように不躾な男だが、それは照れ隠しで意外と素直で優しい人間なのかもしれないと愛莉は思った。

「知っている事はまだ途中で、パズルのピースを合わせても何色かもわからない状態です。あなたも何かを探しているのですか?」

 愛莉の問いに省吾は携帯灰皿にタバコの火を消す動作で答えた。それを見て愛莉は少しホッとした表情を浮かべた。もちろん心を許したわけでもなく、まして男が犯した罪が消えるわけでもない。

 だが、なぜか同じ謎に向かっていると思うと、少しだけ安堵感があるのも否めない。

「君に会いに来た理由はこれなんだ」

 そう言いながら省吾は愛莉に近づき、少しかがんで顔を寄せてきた。愛莉はとっさに顔を横に向け、目線だけを省吾に合わせた。そして、省吾の手が愛莉の体の横あたりに伸びた。愛莉は身動きがとれず、なすがままになっている。省吾の手は愛莉が羽織っている彼の上着のポケットに入った。そして、手を抜くと折りたたんだ一枚の紙を持っていた。愛莉は安心したと同時に少し恥ずかしかった。省吾はその紙を広げ、愛莉に手渡した。

 それはチラシであった。そのチラシにはまもなく国立美術館で開催される絵画展の案内が書かれてあった。

「ここに行ってみるといい。きっと君の知りたいことが見つかるはずだ」

「どうして、そんな事をわたしに?」

「オレは借りをつくるのはイヤなんだ!だから、その借りを返すのとお詫びを兼ねて」

「私、あなたに貸しなんてないですよ」

「北山愛莉。そんな愚問は今日までにしておけ!それじゃあこの先、謎なんて解けやしない。よく考えて事に当たれ!」

「は、はい」

 いきなりのカウンターパンチにまるで上司に叱られている部下のように答える愛莉であったが、なぜか晴れやかな気分であった。その後、省吾の運転する車は山を降り、愛莉の街に向かった。省吾はすっかり遅くなったことを謝り、愛莉の自宅前まで車を回した。

「いろいろ失礼なことを言ってゴメンなさい。ありがとうございました」

 愛莉にそう言われ省吾は逆に申し訳なかったと再び謝った。そして最後に付け加えた。

「君は勇気と好奇心を持ったいい娘だ。だけど、危ないと思ったらとにかく逃げろよ。この謎にはヘンなヤツも絡んでいる。もっと自分を大切にしろ。…昔君にソックリな娘がいた。今日の君を見てそれを思い出した」

 愛莉には暗い車内で懐かしむ省吾の顔だけが輝いて見えた。愛莉は車を降りてドア越しにもう一度礼を言って、走り去る省吾の車を見送った。

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