決別
リーダー不在の学園祭も無事終了し、愛莉たちに残るのは卒業までの僅かな高校生活とその後に待っている受験。
「紀子、今週末あいてる?菜穂子さんを棚機神社に案内するんだけど行ける?」
「ゴメン!いとこたちが来るから町案内しないといけないの。残念!菜穂子さんに会いたかったのに…ヨロシク言っといて」
「わかった。仕方ないね!何か発見があったら、メールする~!」
放課後、愛莉はひとりで紀子がまとめているノートを持って、駆が入院する病院に向かって自転車を漕いでいた。
「北山~、駆のとこに行くのか?」
歩いている野上が愛莉に声をかけた。
愛莉は自転車を降りて野上の所へ行った。
「あ~、野上くん。そう、今から」
「今日はひとりか?」
「そうなの。紀子は今日講習だって。野上くんはいま病院の帰り?」
「ああ。駆のヤツ寂しがっていたぞ!ところで例の謎解きのほうはどうだ?」
「なかなか進まないね。勉強もしないといけないから」
「そうだな。まぁ、お互い頑張ろう!分からないところがあったら、いつでも言ってくれよ。また、うちにも来いよ!」
「ありがとう」
夕暮れの中、野上と別れて、愛莉はさっき彼が言った言葉が気になっていた。愛莉は病室の扉をノックして開けた。中に入ると、駆が外を眺めている。いっぱいの夕陽が突き刺さって、駆は黒い影になっている。
愛莉はその光景を見て思わず叫んだ。
「戻って~!」
いきなり後ろからそう叫ばれたので、駆は驚いてベッドに倒れ込んだ。
「ゴメン!ビックリしたぁ?」
「何だよ!オマエかよ!今何て言った?」
愛莉はさっき野上から言われた、駆が寂しがっているという言葉と、いま影に見えた駆がオーバーラップして、彼が瞬時に異次元世界へ連れ去られたと勘違いした。もちろん、そんなことは言えない。
しどろもどろの愛莉の答えに駆はもういいと、話を変えてくれた。愛莉は預かったノートを渡し、イスに腰掛けた。
「もう、だいぶマシなようね」
「ああ。とりあえず足を吊られているのは、ツライな!アッハッハ」
入院以来久しぶりのギャグでご満悦の駆。
「面白くない!」
キッパリと切り捨てる愛莉。夕陽が部屋の奥まで射して、沈黙がさほど気にならない。愛莉は病院に来る途中、紀子がまとめているノートを見た。
そこにはその日の授業で習ったことや、あった出来事などが書いてあり、とても解り易くまとめられてあった。愛莉には紀子の駆への思いが手に取るように解った。自分はこれほどまでに、誰かのためにここまでできるだろうか。羨ましく思えた。
再び駆は窓際で外を眺めている。早く外に出たいのだろう。愛莉は駆の後ろ姿を見つめ、そっと近づき静かに抱きしめた。駆の身体は一瞬震え、答えるように愛莉の回した手を握った。何も言わない愛莉に合わせて、駆もジッとしている。それから、どれくらいの時間が流れたのだろう。もちろん、この瞬間に病室の扉が開か
ない保証はない。ふたりともそれすら忘れている。
そして愛莉は重い口を開いた。
「さようなら。かーくん!ありがとう」
そう言うと愛莉は、駆に回していた腕を解き、カバンを取り病室を出た。残された駆はそのまま立ち尽くすだけであった。愛莉はいま、幼き日よりいつも一緒にいた、幼馴染としての駆と決別した。
いつまでも、親友が思いを寄せる相手に、幼馴染だからという理由で今まで通りにするわけにはいかない。
これからは皆と同じ同級生でいようと、心に誓った。明日からいつもの自分でいつも通りに残り少ない学園生活を過ごそうと思った。
愛莉は自転車で帰る途中、涙が止まらなかった。泣いても、泣いても止まらない。気がつくと河原の土手に座っていた。ここは子供の頃からいつも星を観測する絶景のポイントで愛莉のお気に入りの場所である。
寝転がっていると、ちょうど天頂付近がよく見える。もう秋だと言うのに夏の大三角がまだまだその存在をアピールしている。愛莉は思い出していた。
棚機神社で見た石のモニュメントが模した夏の大三角。こんな壮大なものを一体誰がつくったのか。
どんな人たちが、どんな思いでつくり、どのように伝えたかったのか。少なくとも、その存在に気づいたものはどうするべきなのか。考えても、考えても答えはすぐに出ない。この広い宇宙のように・・・。
そう思うと、自分の悩みが何だかちっぽけに思えて、可笑しくなってきた。ひとりでニヤついていると、何か遠くからヘンな音が聞こえてきた。小さいながら段々、こちらに近づいてくる。愛莉は怖くなってきたが、どうすることもできない。闇に紛れてジッとするしかない。
そして、その音がハッキリ聞こえてきた。誰かの息遣いであるようだ。
「ハァハァハァ!ハァハァハァ!」
もうそこまで来ている。愛莉は見ることもできず、うつ伏せになった。だが、あることに気がついた。
自転車を自分がいる上の道路に停めてある。シマったと思い、声が出そうになるのを手で必死におさえ、息を殺した。
「ハァハァハァ!ハァハァハァ!」
愛莉のすぐ上のところでその気配は止まった。
もう限界だ。見つかった。
「アイちゃん!アイちゃん!」
そうだ。これは夢だったんだ。土手に座り、いつの間にか寝てしまい、夢の中で子供の頃、よく来たこの場所で星を見た時の夢だ。愛莉はホっとした。だが、頭上で物凄い音がして、それが夢ではないと理解した。
「イヤ~!」
愛莉は目一杯の声を上げた。すると・・・。
「オレ、オレだよ!駆だよ!アイちゃん」
そう言われて、恐る恐る上を見ると、暗がりに薄っすら映るのは紛れもなく駆であった。
「どうして、ここにいるの?」
「すまない!あとで説明するから、とりあえず起こしてくれないか?」
愛莉は倒れていた駆を起こし、近くの階段まで連れていった。
「大丈夫か?」
「もう怖くてどうしようもなかった。脅かさないでよ! それより、そっちこそ大丈夫なの?そんな格好で・・・歩いてきたのよね?どうしたの?」
「ああ。オマエ、あんなこと言って、それからオレ考えて・・・そしたら、居ても経ってもいられなくて、ケータイかけても電源入ってないし、それでオマエんちにかけたら、まだ帰ってないって言うから・・・」
「そうかぁ。よくここが分かったね」
「何かあったら、いつもここだったろ?」
そう言えば、愛莉は何かあって悩んだりした時はいつもこの場所にきて星を眺めていた。親や友達とケンカした時、進路に迷った時、祖父が亡くなった時、そのほか、ほんの些細な出来事や大事件の時、なんでも迷い悩んだ時に解決へと導いてくれる。
愛莉にとってここはそんな大切な場所である。
「とりあえず、おばさんに電話しろよ。心配していたから・・・」
「わかった。アンタもしなよ。黙って病院を飛び出したんでしょ?」
愛莉は改めて暗がりで白く光る駆のギブスを見ると、かなり汚れていて石膏が削れていた。そして駆は反対の足をさすっている。それは、ここまでの道のりが大変だったことを物語っている。愛莉は少し胸が苦しくなり、自分の一言の重みを痛感した。
「なんで、あんなこと言ったんだよ?ホントにどっかに行く気なのか?」
「さぁ、どうかな?心配?」
「まぁ。なんて言うかぁ・・・」
愛莉は少し駆を困らせた。脅かされた、せめてものお返しにと、からかった。
「ガキの頃、よくここでオマエが星の話をしていたな!新作はないのかよ?」
「どうしたのよ?よくイヤがっていたじゃない。小さい時は聞いてくれていたけど」
「なんとなく、聞きたくなっただけだよ」
駆にそう言われて、愛莉は夏の大三角の話をした。
ベガとアルタイルの恋人同士の物語。三角形を形成する、もうひとつの星、デネブについて話した。
「それで面白いのはここから、恋人同士のベガとアルタイルよりも、見た目ではベガとデネブの方が近くて、アルタイルもデネブの方が近いの。ほら、見える?」
それから愛莉は天頂を指し、三つの星の位置を説明した。確認した駆は言った。
「ホントだ。話をつくったヤツも、そこまでは考えなかったんじゃないか」
「デネブはほかの二つと違って、男女の区別がつけられてないから、人によって男女どっちでもいいの。今のわたしはデネブ」
「意味わかんねぇ!」
「いいの。そのうちアンタも解るわよ」
愛莉がそう言った後すぐに、土手の下の道路でクラクションが鳴り、降りて行くと駆の父が迎えにきていた。駆が乗った車を見送りながら、愛莉はもう一度心の中で「ありがとう」と「さようなら」を言った。愛莉の頭上には、はくちょうの尾を意味するデネブが、白い大きな羽を広げて今にも飛び立つが如く輝いている。




