入院
昨今、高校の体育祭や学園祭は受験生を考慮して春に行われることが多い中、ここ桜貴学園は進学校にもかかわらず、昔ながらの伝統を守り毎年秋に行われる。
夏休みが終わると学園内は一斉にふたつの祭一色に染まる。体育祭は愛莉たちのクラス三年B組を含む、Bチームが優勝し、元全国中学陸上で優勝、しかもレコードホルダーの愛莉の活躍が大いに目立ち、チーム全員から賞賛されて幕を閉じた。
続く学園祭で愛莉たちのクラスはお化け屋敷をすることに決定した。それぞれ分担があり、愛莉と紀子はあと四人と一緒にセットを造る係になった。
部活やクラスでもムードメーカーの駆がリーダーということで皆一致し、彼は張り切って仕事をこなしている。放課後セットを造るため教室内の寸法を測っていた愛莉と紀子は窓を開け、空気の入れ替えをしていた。
もうこの時期は涼しくなり、秋風が心地よい。時折撫でるような風が吹く。そんな時、紀子が首に軽くかけていたスカーフが秋風にさらわれた。一瞬だったので成す術もなく宙を舞い向かいの木に巻きついた。
「あ~!どうしよう!」
紀子が結構大きく叫んだので下にいた生徒にも声が届いた。ちょうど、そこを駆が買い出しを終えて戻ってきており、事の一部始終を見ていた。
「村田。任せとけ!」
紀子の危ないと止める声が届くや否や、もう駆は木を昇り始めていた。ちょうど、今いる四階の教室と同じ高さなので約十二メートルはあるだろう。窓際には愛莉や他の者も集まり、危ないから降りるように促したが駆は一向に聞かず、まもなくスカーフが巻きついている高さに到達するところであった。
皆が見守る中、スカーフを握りしめガッツポーズをし、誇らしげにしている駆は次の瞬間、バランスを崩し木に揉まれながら地面へ落ちた。愛莉、紀子を含め女子生徒は悲鳴を上げ、下にいた者は駆を介抱した。
やがて、サイレンと共に救急隊が到着し、駆はタンカ
に乗せられ救急車へと運ばれた。愛莉たちも下に降り、その様子を見守っていたが、駆が運ばれているとき愛莉は一言、「バカ」と言って見送った。
愛莉がそう言うのも無理はない。タンカに乗っている間、駆は始終ピースサインで周囲を笑わせ、皆の心配を取り除いていたからだ。
学園祭の準備も終わり愛莉と紀子は帰宅前に駆の入院する病院を訪れた。病室に入ると、野上をはじめ友達数人が爆笑していた。駆は左足を吊られ、頭から顔にかけて包帯が巻かれていた。医者がいうにはあれだけの高さから落ちて、よく骨折とすり傷で済んだと木に感謝しなさいとたしなめられていた。
「沢口くん、ゴメンね!何て言ったらいいか・・・わたし・・・」
紀子は駆の姿を見ると涙ぐみ、それ以上言葉がでなかった。愛莉が紀子の肩を持ち、ベッド横にあるイスに座らせた。その様子を見て野上が友人たちを促し、一緒に部屋を出て行った。顔の包帯は枝に切られた傷で見るよりはたいしたことはなく、それで皆にミイラ男と笑われていた。
「村田。こっちこそ悪い!オレが勝手に昇ったのにかえって気をつかわせて」
「いいえ。こんな事になって、ごめんなさい。大事な時期なのに・・・」
紀子は鼻声でそう言った。
「心配しないで下さいね。受験のことなら大丈夫!これぐらいでダメだったらすぐに仕事してもらうから・・・駆!謝りなさい。アンタの無茶で皆さんに迷惑かけて、それにこんなカワイイお嬢さんを泣かせたりして」
駆の母あかねが入って来て息子を叱った。
「あ~、その~、ゴメン!」
「そんな謝り方がありますか!」
「いいですよ、おばさん。今日のところは・・・これで反省するでしょう」
「そうね。アイちゃんが言うのだったら、でも前にもこんな事あったわよね?」
あかねがそう言うと、しばらく愛莉と駆は考えて、思い出した。
「確か、小学校二年生の時。でも・・・あの時は・・・私が・・・」
愛莉が言いにくそうにしているので、三人はそれ以上聞かないでいた。少し間が開き、愛莉は口を開いた。
「あの時、確か・・・」
小学二年の愛莉と駆は近くの小高い丘で同級生たちと遊んでいた。そこは近所の子供たちのお気に入りの場所で学校から帰ると、ほとんど毎日遊びに行っていた。
ある日、崖の下から鳴き声が聞こえ愛莉は上から覗き込むと、子猫が少し窪んだ所にいて鳴き声を上げていた。
「アイちゃん、何してるの?」
「あそこに子猫がいるの。だから今から助けに行くところ」
「ダメだよ。危ないよ!」
「だって猫がかわいそう。大丈夫だよ」
「ダメだよ!ボクが行く!アイちゃんはここで待ってて!」
「うん。かーくん気をつけてね」
そう言って駆はゆっくり、デコボコの崖を降りて行き無事に子猫を掴み、愛莉にピースした。その瞬間、バランスを崩し地面に落下した。落ちる時に猫を庇うようにしたので、左腕を強打したが、再度駆は愛莉にピースをした。その後、左腕骨折が判明し、当分の間ギブス生活に入った。
「へぇ。そうだったの。駆カッコイイ!でもアイちゃんのせいじゃないからね」
あかねは息子を茶化し明るく言った。すっかり日が暮れて病室の窓から秋の一つ星と言われるフォーマルハウトが輝いている。病院を出て、愛莉と紀子は自転車を押しながら帰路に着いていた。
「沢口くん、思ったより元気そうだったね。落ちた時はどうなることかと思ったけど、大事に至らなくてよかった」
「そうだね」
「さっき愛莉の話を聞いて思ったけど、沢口くん、昔から優しいんだね」
愛莉は駆がいつも身近にいるので、自分も昔話をして紀子に言われるまで忘れていた。皮肉にも幼馴染の優しさがこういうカタチで知らされるとは思わなかった。
「わたし明日から学校の帰りにノートを届けようと思っているの。沢口くん、勉強遅れるし、少しでも役に立てればと・・・愛莉も協力してくれる?」
「うん、わかった。アイツも喜ぶよ」
「ねぇ愛莉。ひとつ聞いてもいい?」
急に紀子が改まって聞いた。
「どうして愛莉は沢口くんのこと、名前で呼ばないの?いつもアイツって言うから」
そう言えばいつからそうなったのか。愛莉も駆もいつからか、お互い名前を呼ばなくなった。思春期に入りそうなったのか、いつからかはわからない。無意識にそう呼んでいる。
「何でか、私にもわからないよ」
「気を悪くしたらゴメンね。前から気になってたから・・・以前、彼と何かあったのかって思ったの」
紀子がそう言うと、愛莉は首を横に振った。
しばらく沈黙が続いた。
「紀子が呼べばきっと喜ぶよ、アイツ」
愛莉は呟くように言った。




