三者面談
高校生活最後の夏休みを終え、これからは受験に向かってまっしぐらに進む忙しい時期を迎えた。
愛莉にとって、この夏休みは充実しすぎて振り返るにも時間がかかるほど。これからが受験生にとって正念場であり、時間が足りないと思うのも、この時期である。
二学期に入り、久しぶりにクラスメイトに会って、みんな夏休み中にあった事を思い思いに語り合って、高校生最後の夏を惜しんでいた。新学期早々、三者面談が始まりそれぞれが最終段階の進路希望を担任教師に提出して、終盤戦を迎える。昼食を終え、愛莉、紀子、咲はティータイムにはいっていた。
「あ~イヤだなぁ!面談」
「紀子いつ?」
「二番目。まだお母さんに言ってないから、ビックリするだろうな。愛莉は?」
「四番目。本当に私のお父さんの大学に決めたの?」
「うん。問題は学力ね。きっと先生にやめろって言われるよ。家でも恵夢藍女子って言ってるから・・・唯一賛成される理由は、国立だから少し安く済むってとこぐらいかな」
少し心配そうな紀子。
「じゃあ、紀子と離れるね。せっかく一緒に行けると思ったのに残念」
咲は恵夢藍女子を受験するという。
「これでみんなと離ればなれか?寂しくなるね。まだ、紀子と咲は近いからいいよ」
愛莉の寂しそうな顔を見て、紀子と咲は自分たちも同じ気持ちで切なかった。
「でも、親友だからいつでも会えるじゃん。元気出しなよ。愛莉も咲も。これ食べよう」
そう言って紀子は食後のデザートに持ってきたスイートポテトを袋から出した。
「そうだね。食べよう、食べよう」
さっきの悩みはどこに行ったのか。それを一番わかっている三人は笑いながら、スイートポテトを頬張った。
放課後、愛莉は三者面談のため来校する母里美を正面玄関で待っていた。ちょうど母の姿が見えたところで、紀子母娘が下りてきた。里美も着いて四人でそれぞれ挨拶をした。
「先日は娘がご馳走になったそうで、どうもありがとうございました。いつもご迷惑をおかけしています」
「とんでもございません。こちらの方こそ、いつもお邪魔させていただいているようで、ありがとうございます」
母同士が話している横で、愛莉は紀子に状況を聞いた。
「どうだった?先生なんて言ってた?」
「ギリギリだって。ここ一~二か月が勝負で、その経過を見て決めた方がいいって」
「そうかぁ。紀子だったら大丈夫だよ!一緒に頑張ろう!」
「うん。頑張る。絶対受かって、私は歴史から、愛莉は科学からで攻めて、どこまで出来るかわからないけど、あの謎に一歩でも近づいてやる!」
「そうだね。そのためにもしばらく休憩して、受験勉強に集中しよう」
「あいあいさぁ!ワトソン君」
久しぶりに紀子のギャグが出て、少し安心した愛莉であった。一方、母たちは・・・。
「ところで北山さん、先程ウチの子がご主人の大学を受験するって言いだしまして驚いていたのですけど、いつになく真剣に言うので承知しました」
紀子は恥ずかしそうにしている。
「そうですか。紀子ちゃん頑張ってね」
里美がそう言うと、愛莉がすかさず言った。
「紀子、私のお父さんに頼んでみたら?」
「バカ!何言ってるの、この子は・・・すいません。村田さん」
娘の戯言に恐縮する里美、その横で愛莉、紀子と母は笑っていた。
「じゃあ愛莉、先に部室行ってるね」
「わかった。終わったらすぐ行く」
愛莉の面談も終わり、このままの学力を維持すれば東都大学を受験できると担任に判を押してもらった。
教室の扉を閉め、これで第一段階終了といったところである。母と玄関まで一緒に下りてくると、天文部顧問の志賀がいた。
「あっ、志賀先生。いま面談終わって、これから部室に行くところです」
「そうか、どうだった?」
「ええ、何とか希望通りにいけるかな?ってとこです」
そして、愛莉は志賀に母を紹介しようと振り返った。
すると、母は持っていたプリントを落とし、固まっている。
「お母さん、お母さん。どうかしたの?」
愛莉は落ちたプリントを拾って、母に渡したが放心したままで微動だにしない。
そして、母は呟くように言った。
「向井くん・・・」
愛莉はその小さくか細い、五文字の言葉を聞いた瞬間、全てを悟った。そして、その小さな声に答えるように志賀も口を開き、それは愛莉のほぼ想像した通りの言葉であった。
「里美ちゃん・・・」
愛莉の考えでは母が向井という人物を知っている。
そこまでは予想していたが、その向井がまさか、自分たちのごく身近にいて、それが顧問の志賀とは誰が想像できるだろうか。
「お久しぶりです。お元気そうで・・・」
志賀にいつもの元気はなく、そう言うだけで精一杯のようであった。
「・・・」
母は出る言葉もなく、だた、立ち尽くすだけであった。愛莉には解った。
いま目の前のふたりが遠い時を超えて、この場所に向かい合っている。たとえ、その容姿に時がまとっても、心の奥底にある記憶は一瞬にして戻ってくる。
その当時のままで・・・。
「娘がいつもお世話になっております」
ようやく母は正気に戻ったようだ。
だが、いつもの母とは別人のようである。
「もし、お時間がありましたら少し話しませんか?」
昔の知人ではあろうが丁寧に志賀は申し出たが、母は首を横に振って言った。
「ごめんなさい。これから職場に戻らないといけないので・・・」
愛莉は母の本心がどうなのかわからないが、一秒でも早くこの場から逃げ出したいという気持ちはよく解った。気がつくと愛莉は渡り廊下の長イスに座って空を見上げていた。
まだ暑く、蝉も鳴き、入道雲も大きくせり出している。
「愛莉~、どうしたの?こんなところで」
「あ~、紀子」
「あ~、じゃないわよ。待ってるのに・・・面談うまくいかなかった?」
「だったらまだマシかも・・・せっかく受験に向けて謎はお休みと思ったのに、どうしても行けっていうのね?おじいちゃん!」
愛莉は空に向かって叫んだ。
「愛莉~、大丈夫?なんかヘン」
「向井の正体がわかったの」
「えっ!何で?さっき別れてまだ一時間も経ってないよ。誰なの?」
紀子が驚くのも無理はない。
「紀子、ビックリしないでね」
そう愛莉が言うと、紀子は背筋を伸ばした。
「志賀先生!」
「え~~~!冗談でしょ?愛莉」
有り余る声で紀子は驚いた。と言うよりは狐に摘ままれたといった方が合っている。愛莉はさっきあった出来事を紀子に話した。聞いている最中何度も紀子は首を捻っている。
「愛莉、混乱しちゃう。何がどうなっているのかわからない。どうして名字が向井から志賀に変わっているの?先生、婿養子なのかな?ちょっと待って!と言うことは愛莉のおじいさんとボールを運んだのは志賀先生ってことよね?」
「そうだね。私もさっきから頭の中を整理してるんだけど、どうにも・・・まずは帰ってお母さんと話をしてから・・・」
愛莉は再び考え込んだ。あまりにも急に俯いたので紀子は心配になって愛莉の顔を覗き込んで聞いた。
「どうかした?他にも何かあるの?」
「さっきお母さんたちを見ていて思ったんだけど、紀子も言ってくれたよね?アイツにちゃんと話をしなきゃって・・・」
「愛莉・・・その前に・・・私の話聞いてもらってもいい?」
紀子は改まって何か言いたげだが、なかなか言い出せない。愛莉は紀子が話すまで黙って待つことにした。
やがて紀子が口を開いた。
「野上くんの家で私と沢口くんが二階にいる時、愛莉が部屋に入ってきた時のこと憶えている?」
「憶えてるよ。紀子、様子がヘンだった」
紀子はその時にあった出来事を愛莉に話した。
もちろん偶然に駆とキスしたこともちゃんと説明した。
「そうだったの・・・」
愛莉は目を閉じてそう言った。
「やっぱり、イヤだよね?愛莉」
「違うの。紀子とアイツが何かあったことがイヤじゃなくて、自分自身がイヤなの」
紀子は首を傾げた。愛莉は続けた。
「憶えている?紀子。展望台で観測会をして、部屋に帰ってきた時のこと」
「憶えてるよ。愛莉の様子がヘンで、そのあと正直に話してくれたよね?」
「そう。あの時紀子が親身になって私に言ってくれたから話せたの。そして、あの時の紀子を見て、何かあったなぁって思った。だって、私の時と感じが似ていたから。でも、そのあと私は逃げるように部屋を出た。どうして紀子みたいに聞けなかったのか?」
愛莉は話しながら涙をボロボロこぼした。紀子はハンカチを愛莉に手渡して言った。
「そんな風に思わないで!私がその後すぐに言えばよかったの。そうやって時間が経つと、余計に言いづらくなるのに・・・」
紀子も涙を流していた。互いに思いやり、波風を立てまいと気遣い、そうした結果双方が悩み悲しむ。
何に遠慮をしたのか、あまりにも相手を意識しすぎて、かえっていらぬ誤解を与える。愛莉は紀子と話していて感じた。自分が言いづらかったのは、幼馴染の関係
だから起きたことだと。しかし、紀子の場合は気を使ってくれていたこともあっただろうが、単にそれだけではない。駆を異性としての目で見ていたからこそ、起きたことが言いづらかったのではないかと思った。
なおさら愛莉は駆とちゃんと向き合わなければいけないと思った。
「ゴメンね!紀子」
「ううん。私の方こそゴメン!」
ふたりは泣きながらお互いの肩をさすった。その様子を少し離れたところから、駆が見ていた。
いつになく神妙な顔で・・・。




