石のモニュメント
この宮司は何者で何を自分たちに伝えたいのか。紀子を見ると首を横に振っている。目の前の庭園らしきものは、愛莉たちが今いる丘の方から前方に川が流れていて、右岸に石がひとつ、左岸に大きさの違う石がふたつ、そして前方に横三つ、それに交差するように縦ふたつ、計五つの石が置かれてある。愛莉は考えた。
ランダムではなく、川を中心に石を意図的に配置し、何かに見立てているようだ。愛莉はそれを紀子に説明した。
「これ、どこかで見たような気がする」
紀子がそう言うと、愛莉も頷いている。
「ねぇ、紀子。石の大きさ、右岸にあるのが一番大きいね。次に左岸の左側の石。上の五つはよく見ると、十字型にも見える」
「そうだね。石の大きさは偶然なのかな?それとも、意図的に置いたのかな?」
考えながら宮司を見ると、腕組みをして目を瞑っている。しかし、愛莉たちの声は聞こえているようで、時折頷いている。
「もう一度よく考えてみよう。中央に川、右に大きな石、左はふたつ、それで上が五つ。
どこで見たのかなぁ?」
愛莉は考えながら空を見上げた。
「あっそうだ!川は天の川だ。となると、右側の石が・・・」
愛莉が言っている途中で紀子が被せた。
「ベガ。左の大きいのがアルタイル、一番上がデネブ」
「そう、紀子。夏の大三角だよ」
愛莉と紀子は嬉しさのあまり、ハイタッチをしてはしゃいだ。宮司はその横で満面の笑みでふたりを見ている。そして、口を開いた。
「よく、お解りになりましたな。わしが案内して、お嬢さん方で二組目じゃ。よほど、星に詳しいのですな」
「はい。私たちは天文部ですから・・・宮司さん、もう一組は、どういう人ですか?」
「もう二十年以上前のことだからのぉ。確か、お嬢さん方よりはもう少し年は上だったような・・・大学生と言っておった気がするのじゃが・・・男女のカップルじゃったな」
「そうですか・・・」
これ以上は無理のようだ。愛莉は今の自分たちのように、目の前の光景が夜空を地上に映したモニュメントであると解った人たちのことを知りたかった。
直感的にその人たちが自分たちと同じ謎を知っているであろうと思ったからだ。だが、ここで疑問が湧いた。なぜ、夏の大三角なのか。それとなぜ、この場所からしか見えない所に造ったのか。
「宮司さん、いつから、ここにあるのですか?このモニュメント」
「それが全くわからないのじゃ!この神社の創建前、遥か昔のようじゃがのぉ」
誰が何のために、ここに夏の大三角を模したのか。たまたま川が流れていたので、そこにあった石を使って造ったのか。いや、そうではないだろう。何か意図があって、場所と星座を選んだのだ。愛莉は自信もってそれが眼下に広がっていると確信した。
「ねぇ、愛莉。考えたんだけど、棚機神社の名前と大三角形って関係あるのかな?」
確かに紀子の言う通り、字は違えど七夕伝説と同じ名で、しかも意味も同じ。
その疑問を宮司にぶつけてみた。
「これは伝承だから、ハッキリとは分からんのだが、太古の昔は七夕といえばあれのことを言っておったと聞いておるんじゃが」
宮司は目の前のモニュメントを指した。
「え~!でも、七夕って織姫がスピカで彦星がアルクトゥルスだよね?」
驚く紀子に頷く愛莉。続けて紀子が言った。
「もし、大三角なら、どれが織姫で彦星なんだろう?星が多すぎて余っちゃう」
宮司もそれ以上のことはわからず、もし良ければ社務所に古文書があるから、それを見てはどうかと、親切に言ってくれたので、その好意に甘えた。
丘を降りて、社務所内の奥にある部屋に通され、宮司が古めかしい箱を持ってきた。
「これなんじゃが、お嬢さん方に読めるかのぉ?かなり古いもんじゃ」
宮司は箱の中から一冊の古文書らしきものを出し、愛莉に手渡した。十ページほどのもので表紙に何か書いてあるが読めず、それが年季のはいった紙と相まって、古文書らしさを醸し出している。
「ありがとうございます。わたし古文が大好きなので頑張って読んでみます」
紀子は腕まくりして張り切っている。
「それじゃあ、わしは向こうにおるから、何か用があったら呼んどくれ」
「いろいろ、ありがとうございます」
愛莉は丁寧に頭を下げた。
「どう?紀子、読めそう?」
「ダメ~!表紙からして全然解らない!」
紀子はお手上げのようだ。そんな時、すっかり忘れていた望から電話があり、龍一と社務所まで来てもらった。愛莉は龍一と望に丘で見たことを話した。
「お父さん、これ読める?」
「どれどれ、表紙はたぶん、< 棚機天文目録> か?」
龍一が読んでいる間、愛莉、紀子、望の三人は他愛のない話をして待っていた。
「のりちゃんは進路どうするの?」
「わたし、愛莉みたいにこれっていうのがないからずっと迷ってたんだけど、決めた!
おじさんの弟子になる!」
「え~~~!」
突然の紀子の宣言にいつも近くにいる愛莉はもとより、何気に聞いた望はビックリして、静かな社務所にふたりの大きな声が響き渡った。
だが、一番驚いたのは龍一である。
「本気?紀子」
「うん。弟子って言ったら大げさだけど、愛莉が天文学者を目指すように、私はおじさんみたいに歴史学者になりたいってこと」
「よく言った紀子ちゃん。おじさんが手取り足取り教えてあげよう」
龍一は驚いたと言うより、嬉しさのほうが勝っているようだ。
「今のお父さんが言うと何かいやらしく聞こえるのは私だけ?」
愛莉がそう言うと、望は目一杯、紀子は小さく手を上げた。龍一は頭を掻いた。
「ところでお父さん、解読は?」
「だいたい解ったよ。ただ、これは目録って書いてあるから、見出しみたいなもの。もっとちゃんとした本書があるはず・・・」
「そうなんだぁ」
「続けるよ。この神社の創建時期は書かれてないけど、ここの祭神の∧ 天日鷲神∨ がなぜ、この神社に祀られるようになったのか、その辺の謂われが書かれているようだ」
龍一によると、元々この一帯は神社の名前にもあるように、「機」すなわち、機織が盛んな所で、その当時それらを使うことができたのは高度な技術と人材が必要であった。それらの技術を駆使した集団が存在しており、彼らは他の最先端技術も有していた。
その中で最も、重視していた天文学の名残が夏の大三角を地上に映した理由だと。
「だとすると、祭神はわし座のアルタイルのことよね?じゃあ、ベガと、はくちょう座の祭神は何だろうね?」
愛莉がそう言うと、続けて紀子が言った。
「ベガはこと座だよね。それに、はくちょう座も入れると、織姫、彦星ふたつじゃ足りないし、そうなると七夕にならないよ」
「そうだよね。ホントに昔は大三角が七夕だったのかな?お父さん、そんな伝説聞いたことある?」
「いいや。聞いたことないな」
手詰まりになり、少し休憩することにした。用事を終えた宮司が戻ってきたので、愛莉は今までの経緯を説明した。
「それはのぉ、ベガは太古の昔、< 落ちてきた鷲> と言われとったらしい。それでベガが織姫でアルタイルが彦星と言われとったというわけじゃ。それと、ここにはその本しかないんじゃ」
宮司がそう言った。
「しかし宮司さん、お詳しいですね」
龍一が聞くと、宮司が照れながら言った。
「いや~、昔わしが若い頃、物理学をやっておってな、星に興味があったんじゃ。将来はそっちの道にと、思っとたんじゃが親父が倒れて止む無く、この神社を継ぐことになった。後のことは共に学んだ友人に任せて、わしは趣味程度に調べておるんじゃ」
「そうですか。その後、成果はありましたか?」
今度は愛莉が聞いた。
「まぁわしはのらりくらりでボチボチやっとるわ。友人はその後、物理の大先生になって、たまに専門的なことも教えてもらっとったんじゃが、五年前に逝ってしもたわ」
そう言うと宮司は目頭を抑えた。
「差支えなかったら、その方のお名前教えていただいてもいいですか?」
「あ~、別に構わんよ。柴田権三じゃ」
「え~~~!おじいちゃん?」
飛びきりの大声で望が本日二度目の叫び声をあげた。
その声に宮司も驚いて周りを見渡すと、皆が頷いたので納得した。
「と言うことは権三のお孫さんか?」
「はい!」
愛莉は頷いて、宮司に権三の若い時の話や、その頃から調べている星の話を聞き、皆で亡き権三の思い出に浸った。
「しかし、長い間生きてきたが、こんな事もあるんじゃのぉ?まもなく迎えが来るじゃろうから、最後に星と権三がお嬢さん方を導いてくれたんじゃわ。有難い、有難い!」
そう言って宮司は窓を開け、天に向かって手を合わせるのであった。謎は残ったものの、天の巡り合わせに感謝して、晴れやかな気持ちで愛莉たちは棚機神社をあとにした。




