相対性理論
一方書斎では愛莉と野上が本を探していた。
「これなんかはどうだ?」
「『謎の巨石群』そうだね。ピッタリのタイトルだね」
愛莉は野上に手渡された本を開きながらイスに腰掛けた。
「なぁ北山。君たちが何を探しているのかはわからないが俺に協力できることがあったら、いつでも遠慮なく言ってくれよ」
「ありがとう。今までも十分してもらっているけど、また助けてもらうこともあるかもしれないから、その時はヨロシクね」
愛莉たちのいる書斎と紀子たちがいる野上の部屋では雰囲気が全く違って、書斎では静かに音楽が流れて、本を読むふたりがいる。方や二階では放課後の学校のごとく、デキの悪い生徒に根気よく教える教師、そんなふたりがいる。
「なぁ村田。いつもオマエたち、何をしてるんだよ。よく難しいこと言ってるけど」
「気になる?それはどっちの事?」
そう聞かれても駆は、紀子が何の事を言っているのかわからなかった。聞かれているのは自分だが、その質問自体理解できない。
「悪いけど、もう少しわかりやすく言ってくれないか?って言うか、そもそも聞いているのはオレのほうだぜ!」
駆は話している途中で気がついたのか、口調が変わり立っている紀子に自分の顔を近づけて詰め寄った。
「エッチ~!」
大声とともに紀子は駆の顔を叩いた。力は強くないがビックリした駆は少しよろめいた。
「あっ!ゴメンなさい。痛かった?」
そう言って紀子は机に顔を伏せている駆を起こそうと近づいた。その瞬間駆が振り向き、ふたりの唇が重なった。なぜかこういう時に限ってカラダが硬直して、その状態を保ったままでいる。実際にはほんの一瞬であるが、今のふたりには余りにも長く感じられた。
「事故だよ。なぁ村田!気にすんなよ!」
駆のその言葉には説得力がなく、明らかに動揺している。紀子も何か言わないといけないと思ったのか、訳のわからない事を言った。
「そうよ!事故よ。保険をかけているから大丈夫!勉強していただけだもんね!」
紀子の意味不明な言葉も頭に入らないほど駆は焦って、返事をするだけであった。二階でそんな事になっているとは露知らず、愛莉と野上は読書を続けていた。愛莉は絵の謎を解き、続いて岩の謎も一応は片が付いて、あとは菜穂子に調べてもらっている調査待ち。
しかし、その後の手掛かりがない。思えば祖父が残したものは手紙と絵だけである。最低限の手掛かりで次に続いていく、それはどういうことか。ヒントや手掛かりはたくさんあるに越したことはない。
しかし見方を変えれば、少ない分それだけ絞れるわけである。ただし、その推理が合っているという前提ではあるが・・・。愛莉は考えた。
絵の次が岩、そして手元を見ると『謎の巨石群』の本を手にしている。そこには世界中にある巨石について書かれてあり、日本にもたくさんあるようだ。
愛莉はその中のひとつのページに目が止まった。
そこには< 棚機神社巨石群> と書かれている。
読んでみると、ここから五十キロほどのところにあり、そう遠くない。愛莉は野上に部屋の場所を聞き、本を手にして二階へと向かった。ドアをノックして静かにノブを回した。部屋の中に入ると、駆は机に向かって下を向き、紀子は窓の外を眺めている。ふたりとも愛莉が入ってきたのがわからないのであろうか。
「ちょっと。ふたりともどうしたのよ?」
少し間が開いて駆が空返事をしたが、紀子はそのままである。
「紀子、紀子。どうかした?」
今度はかなり大きな声で言い、紀子の目の前まで歩み寄った。紀子はやっと気づいて返事をした。
「あっ、愛莉。どうしたの?」
愛莉にしてみれば、聞いているのは自分であって、全くうわの空である。愛莉はハッとして駆のところに行き、問い詰めた。
「まさかアンタ、紀子に何かしたの?」
「違う!違う!何もないよ!」
それは目の前の駆ではなく、奥にいる紀子の言葉であった。愛莉は紀子が言ったことがすぐには理解できなかった。そして、何故か分からないが悲しくなって、何も言わず部屋を出て行った。
書斎に戻ると、新しい紅茶が入っていた。野上は愛莉の様子がヘンだったので聞いた。
「どうかしたのか?」
「ううん。なんでもないよ」
愛莉は目を伏せながら答えた。気にはなったが野上はそっとしておいた。書斎には夕陽が差し、静かな音楽とページを捲る音だけが聞こえ愛莉と野上を包む。大きな屋敷に四人の若者がいるにも関わらず、そこは静寂と空虚が渦巻く空間と化した。しばらく、時間が止まっていたかにみえた屋敷に壁掛け時計の秒針音が戻ってきた。
「終了!人に教えるのって、結構難しいね。しかも相手が沢口くんときたもんだ!」
階段を降りながら紀子は言った。続いて駆も降りてきたがかなり疲れていた。
「どうだ?駆。村田にちゃんとお礼を言っておけよ!これで追試も大丈夫だな?」
「ああ。たぶんね。サンキュー村田」
駆は後ろから紀子の肩を数回軽く叩き、礼を言った。振り返り紀子は微笑んだ。その様子を見て愛莉がさっき、二階の部屋に行ったとき目にした光景は何だったのか考え込んだ。確かにあの場所にいたのは紀子と駆であり、自分もその中にいたはず。
その時に感じた異様な空気とふたりの態度は何だったのか。夢を見ていたのか、それとも勘違いか。いま目の前にいる紀子も駆も、いつもと同じで何ら変わったところはない。だが、ほんの一時間ほど前は確かに様子が違った。
「愛莉、愛莉。聞こえてる?野上くんがゲームをしようって、はい、これ・・・」
愛莉が考え込んでいる間にいつのまにか、そういう話になっていて紀子にゲームで使うリモコンを渡された。それからどれくらい時間が経ったのだろう。
オレンジ色に輝いていた部屋から移動し、大画面テレビにバーチャルな街並みが映し出されていて、そこにいる主人公は自分に似ている二次元な娘。
目の前にはジュースやお菓子の袋。そして、みんなの笑い声。温い夜風に混じって一瞬ヒヤっとした風が愛莉の頬を撫でた時、周りを見渡すと横には紀子と駆がいて、うす暗くなり始めた街を三人で歩いていた。
「紀子たちが一階に降りてきて、だいぶ時間経ったよね?」
「何言ってるのよ、愛莉。何も憶えてないみたいに言っちゃって!ゲームで優勝までしといて・・・悔しい二時間だったよ」
「そうだよな!村田は最下位だったしな」
妙に明るい紀子と駆であったが、気になったのは、ちゃんと時間が流れていたことだ。
当たり前だが、今日の愛莉にとってその時間は刹那なのか、それとも却なのか。
「相対性理論」
愛莉は小さく呟いた。
「愛莉。また感じたの?」
紀子の質問に愛莉は静かに頷いた。
「じゃあ私はここで・・・今日は楽しかったね。またね愛莉。沢口くんも・・・」
「気をつけてね!紀子。言う暇がなかったけど、今日収穫があったから、また電話する。バイバイ!」
微笑んで手を振る紀子であったが、その笑顔の中には何かが織り混じっていた。駅で紀子と別れて、方向が同じ駆とそのまま一緒に帰ることにした。
「なぁ。さっき村田にも聞いたんだけど、オマエら何かを探しているのか?」
「紀子は何て答えた?」
「いや、それが途中で・・・何かウヤムヤになって、結局聞けず仕舞いになったから」
何かバツの悪そうな口ぶりの駆。それから、沈黙が続き、愛莉が口を開いた。
「星のこと。星にまつわる話」
また沈黙が続き、今度は駆が言った。
「あっちにスゴくひっついている赤と白の星、何て言うんだっけ?」
駆が指差した西の空にはアルクトゥルスとスピカが輝いている。一等星同士では最も近く寄り添って見えるふたつの星である。
「あ~、あれね。夫婦星。赤いのが・・・」
愛莉はいま駆に星の説明をしているはずなのに、記憶が戻っていくような気がした。それは幼き日、今と同じように駆とふたりで家に帰っている途中に祖父から教わった、星の物語を話していた時のように・・・。
「ほら。かーくん、あのくっついている星見えるでしょ?赤いのがかーくん、白いのが
わたし」
「いやだよ!ボク男だから赤はイヤ!」
「だって仕方ないもん。決まっているから。あのふたつは恋人なんだって。赤い星は男の子でアルクって言って、白い星は女の子でスピカって言うの。だから、かーくんがアルクでわたしがスピカ。わかった?」
「ほんとは赤イヤだけど、アイちゃんが言うならいいよ。赤が男の子なんでしょ?」
「そう。昔、昔は離ればなれだったけど、アルクが近付いてきて今みたいにくっついた
の。それでこの先もずっと一緒にいるの」
「じゃあ、アイちゃんとボクみたいだね」
「うん!」
遠い日の記憶。幼き日に交わした何気ない会話などいつまでも憶えているわけもなく、まして、ほんの数秒のこと。それから、その何万倍もの時が過ぎたのに、何かのキッカケで蘇る。愛莉は自分だけの胸の奥にしまい込んでいた記憶に懐かしさ以上のものを感じた。
そして、長い静寂を駆の声が引き戻した。
「そうだ!思い出した。アルクとスピカ」
得意げに駆がピースをする。
「正解!思い出したのは名前だけ?」
恐る恐る聞く愛莉。駆は夜空を見上げながら、何か考えている。そして、言った。
「なぁ。オレらって幼稚園から、小中高ずっと同じ学校だったよな。来年、オマエは東
都でオレはこっち。初めて離れるよな」
「そうね。清々するでしょ?」
言った愛莉も言われた駆も、それ以上言葉が出なかった。だが、愛莉は駆が自分と同じように全て憶えていることを確信した。この時だけはお互い考えていることが、手に取るようにわかった。そんな時はこの先もあるのだろうか。愛莉は懐かしさと寂しさが同時に押し寄せてくるのが切なかった。黙って歩くふたりの頭上にはアルクトゥルスとスピカが見守っていた。




