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星屑の記憶  作者: 橘晴紀
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野上家

 翌日の日曜日、愛莉と紀子は約束していた野上の家に向かうために、駅で待ち合わせをしていた。

「おはよう。待った?」

 先に着いていた愛莉に紀子が言った。

「うん。三十・・・秒ね!」

 愛莉のおちゃらけに紀子は笑い、そのまま行こうとしたが愛莉に止められた。

「まだエージェントが来てないよ」

 愛莉がそう言ったのは咲の事である。恵夢山で愛莉たちが帰ったあと、まだ合宿のため残っていた咲に、自分たちが行けなかった岩へと続く道を調査するように頼んでいた。暑いから待ち合わせ場所の銅像前から少し移動し、日陰に入ったところで咲が到着した。

「こっち、こっち、咲~」

 紀子が大声で叫ぶと手を振って咲が来た。

「ゴメ~ン!だいぶ待ったんじゃない?」

「ええ。三十・・・・・・・秒!」

 かなり溜めてふたりで咲をからかった。

「ごめんね。昨日も電話で言ったけど、今日夏期講習があるから行けない。すごく行きたかったから残念!」

 半泣きの咲に愛莉と紀子は、また今度一緒に行こうと頭を撫でながら慰めた。この時期であるから仕方がない。それよりも愛莉と紀子は大丈夫かと、逆に心配されたがふたりとも何だか余裕があった。

 以前、ふたりは受験に響くようであれば、即中止にしようと話し合っていた。それを聞いて咲は安心して、講習までにまだ時間もあり、エージェントの仕事も完了させなければならないので、お詫びを兼ねてふたりに昼食をおごると言った。

「もう!そんなのいいのに咲。でもどうしてもって言うなら、何ご馳走になろうかな?ねぇ愛莉、何にする?」

 そんなことを言いながら、三人ともが大好きなイタリア料理の店で食事をしたが、思ったより高くついたので、結局割り勘することになった。おごるという咲のエージェントとしての仕事は叶わなかったが、本来の業務はこなしており、愛莉、紀子とも喜んだ。

「隊長の命令通り写真を撮ってきました」

 おどける咲に愛莉も乗って、上官のような振る舞いをして紀子の笑いを誘った。愛莉は咲に岩へと続く道の所まで行き、その周辺の探索と写真を撮るように頼んでいた。咲はデジカメで撮った写真を見せながら説明した。道は下の方から続いていたが、咲は展望台から降りる階段があって、そちらの方から道に出て、岩の方へ向かったという。

 岩の真下に着くと、そこには看板があり岩の説明書きがあったという。

「槍ヶ岩っていうんだ。確かに槍だね」

 写真を見ながら愛莉がそう言い、咲は手帳を見ながら言った。

「写真では見えにくいけど、この岩が形成された時期とかが書いてあった。なんでも昔、恵夢山が噴火した頃にこの辺りにいっぱい岩が飛んできたんだって。詳しくは写真を引き伸ばして見て」

 それから咲は何枚か写真を見せて言った。

「岩から少し下ったところに凄い絶景が見えたから、思わず連写したの」

 それは眼下に街並みが写っていて、遠くまで果てしなく見える景色であった。展望台から見た景色とは違った方向で、こちらの方がずっと先まで見えている。

「それでね、これも引き伸ばして見てね。この辺なんだけど、双眼鏡で見ると大きな岩がいっぱい転がって見えるの。だいぶ距離があるはずだけど、そんな所まで飛んで行くってスゴイなぁって思った」

「へぇ、そうなんだぁ。いろいろありがとうね咲。おつかれさま」

 思いのほか苦労をかけたと、少し気が引けた愛莉だが、デザートをおごって労った。それから咲は講習へと向かい、愛莉と紀子は野上邸へと向けて店を出た。

 野上の家は愛莉や紀子の家とは駅を挟んでちょうど反対側にあり、いわゆる高級住宅街に住まいを構えてい

る。愛莉と紀子は野上から聞いていた住所をケータイのマップで見ながら歩いていた。

「愛莉、この辺だよ。公園の隣だから、あれかな?」

「そうだね。あれだよ」

 そこに近づくとふたりは息をのんだ。いくら高級住宅街とはいえ、周りの家もそれなりに大きいが、それらとは一線を引くような洋館であり、住所で聞くよりもその辺で一番大きな家、と言ったら誰でもすぐわかるような豪邸である。

「え~!うちの家だったら三軒は建つよ」

 紀子の言葉に何度も頷く愛莉。変に緊張して玄関チャイムのボタンを押した。なぜか妙に豪邸に合った爽やかな声でふたりを迎え入れてくれた。ス~っと玄関のドアが開いた。

「いらっしゃい」

「え~!なんでアンタがここにいるのよ」

 目の前に立っていたのは駆であった。愛莉の驚きを見た駆はピースをしてニタっとした。紀子も目を丸くして、何が起こったかすぐにわからなかった。

 そう、愛莉と紀子は錯覚に陥った。というよりは完全に思い込みに入っていて、ドアホン越しの声は野上で、そのまま彼がドアを開けると思いこんで、実際開けたのは駆であった。家の大きさに圧倒され、まして他の者が開けるとは思わず、そんな事など誰も予想だにしない。愛莉と紀子が固まっていると、笑いながら野上が奥から出てきた。

「どうぞ、おふたりさん。脅かすつもりはなかったけど・・・気を悪くしたらゴメン」

 野上はそう言ってスリッパを出して、ふたりを案内した。駆は何かマズイ事でもしたかのように小さくなっている。

「おじゃまします」

 ふたり同時に言って、奥へと進んだ。野上に案内された部屋は書斎でそこには所狭しと本がずっしり並べられている。あまりの本の多さに愛莉と紀子はそこに立ち尽くすので精一杯であった。

 ふたりの遥か高く、天井まで本が棚に収められ、まるで図書館のようである。

「どうぞ、どうぞ、好きな本を手に取っていいよ。届かなかったらアレを使って」

 野上は本屋などによくある、ハシゴを指差して、書斎を出て行った。その部屋には丈夫そうな木の机が置いてあり、それに見合った座り心地のよさそうなイスもある。

「さぁ紀子、拝見させていただくとしますか?しかし、凄いね」

「野上くんのお父さんって何してる人なのかな?こんな豪邸を建てるぐらいだから、相当やり手だよね?」

「どこかの会社の社長って言ってたよ」

「だよね。御曹司じゃん!イケメンで文武両道、それにお金持ち。これから、どういう人になっていくか友達として楽しみだよね」

「困ったな村田。そんなに期待されても」

 ふざける駆の言葉に紀子は言い返した。

「え~!沢口くんには今言った事、どれが当てはまるの?」

 あまりに的確で少々キツイ紀子の指摘に駆は拗ねて書斎を出た。愛莉は親指を立てて頷いた。

「まずはこれでも飲んで」

 野上はそう言って紅茶とクッキーを持ってきた。もちろん、高そうなカップである。

 紅茶を飲みながら、愛莉は野上家の蔵書コレクションや本を集めた経緯を聞いた。祖父の時代から収集しており、父、野上とそれぞれ増やしていき、今では数えきれないほどにまで増えたという。そのジャンルは多彩で本物の図書館のように、ちゃんと整理されており、本好きには堪らないほどである。

「北山。はい、これ」

 そう言うと野上は一冊の本を愛莉に手渡した。

「あっ、おじいちゃんの本だ」

 手にしたのは愛莉の祖父、権三が書いた本であった。愛莉は初めて見るという。物理の本ではあるがそれだけではなく、哲学的な内容も含んでおり、専門分野の者だけでなく初心者でも十分読める科学本である。

「この間言っていた文はここだよ」

 野上は肝試しで愛莉とペアになった時に語っていた祖父の言葉が記されている箇所を指した。

 愛莉はその前のページあたりから読んでみた。どうやら祖父が言いたかったのは、壁に当たった時に一度、そこから離れて先に他の方法を試したあと、再度戻ってチャレンジしてみれば、結果ずっと悩んで立ち止まっているより早く解決でき、かつ後にまわそうとしていたものも処理出来て、一石二鳥以上のことになるという成功例を綴ってあった。

「それ、持って帰っていいよ」

「どうして?野上くんの本じゃない」

「その本はもう手に入りにくいらしいから、君が持っているほうがいい」

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて・・・ありがとう。野上くん」

 愛莉は野上に礼を言い、カバンに本を入れた。

「いや~!凄いな、これは・・・」

 駆が書斎に戻ってきた。

「そういえば、どうして沢口くんが野上くんの家にいるの?」

 紀子がそう聞くと駆が野上の肩を叩きながら答えた。

「そう。この頼りになる秀才が親友のために特別夏期講習を開いてくれたわけだ」

「その割にはこの部屋に合わない漫画本を持っているのはどういうわけ?」

 鋭い愛莉の指摘に紀子と野上は爆笑した。

「さぁ駆、先に部屋に行っておいてくれ。すぐに行く。おふたりさん、自由に使ってよ。分からないことがあったら二階にいるから呼んで」

 野上はそう言って駆の背中を押し、お盆を持って書斎を出て行った。そのふたりを見て、愛莉と紀子は改めて、野上と駆コンビの面白さとそれぞれの役割を見せつけられた。その間、ふたりは色々な本を手に取り、何かヒントになるものがあるか探してみたが、中々見つからなくて休憩することにした。

「どう?おふたりさん。村田、少し手伝ってもらってもいいかな?確か君、古文が得意だって言っていたよね?迷惑じゃなかったら、俺と代わって駆に教えてくれないか?」

「よく知ってるね。私が古文好きなこと。いいわよ!愛莉、ちょっと行ってくるね」

 そう言うと、紀子はなぜか軽快に階段を駆け上がった。野上はそのまま書斎に留まった。

「先生。よろしくお願いします」

 おどけて駆は頭を下げた。その時、紀子が持っていた本を落とし、拾っていると視線を感じた。上を見上げると駆と目が合い、その目線が胸元へと下がった。

「もう!沢口くん、どこ見てんのよ!」

「違うよ!違うよ!誤解だよ」

「わかった。わかった。そんなにむきになると逆に怪しいわよ。さぁ始めましょう」

「はい!」

 駆は紀子が同級生であることも忘れるぐらい、先生のように感じた。

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