夜の出来事
そして、愛莉たちが走って行ったあと途中で話を止め、代わりに野々宮の望遠鏡で星を見ることにしたという。生徒たちも眠気が限界に来ていたからちょうど良かったのだと志賀は言った。夜も更けてきたこともあり、ひとまず観測会は終了する事となった。
このあとは有志のみが参加し、サッカー部のほとんどは宿泊棟に戻った。参加したのは天文部一同と咲、駆、野上、木村、設楽。しかもサッカー部の四人は主力メンバーでもあり、愛莉と紀子は感心した。
人数も減り動きやすくなったので、岩のほうへ移動することになった。愛莉は志賀に岩の矢印のことを簡潔に説明し、先ほどの星雲について聞きたいと申し出た。
足元が暗い中、各々が懐中電灯を手にし、岩のある展望台に到着した。愛莉、紀子、咲の三人はつい先ほどまでいたし、昼間もここにきたのでそれほど真新しいものはないが、ほかの者は闇の中の尖がった岩に畏れにも似た存在感を感じずにはいられなかった。
「おい!あそこ見てみろよ!岩の前で道が途切れているぞ」
暗闇の中、駆が柵に身を乗り出して岩の下へ向かって光を当てている。そこには整備されていないが確かに岩に続く道が下からのびていた。愛莉たちも昼間には確認していなかったがそこまでは気が回らなかった。
「みんないいか?それでは話を続けます。まずインフィニティ星雲についてですが、これは何座にあるでしょうか?え~っと、それじゃあ天文部一年生の三人、分かる人?」
志賀がそう質問すると三人とも手を挙げた。
「ちりとり座です」
手を挙げたと同時に桐生舞香が答えた。
「そうだ!正解。ダストパンとも言う」
皆が拍手をすると舞香は恥ずかしそうに頭を下げた。続けて志賀はレクチャーに入った。ちりとり座は文字通りちりとりの形をしており、冬を代表する星座である。その形も特徴的で一般によく知られている。ちりとりの柄の部分は先で二股に分かれて、受け手の上部に明るい三ツ星があり、底の部分右に一等星を要し、なにより凄いのはちりとりの中にちゃんとチリが入っているように見える縦の三ツ星があることだ。
しかし、その意味は全く逆でこのあたりは星の誕生地とも言われる。そのちりとりの左上にあるのがインフィニティ星雲である。これはその形が無限大のマークに似ていることから付けられた。かつて、ちりとり座の一員であったが超新星爆発で今のような星雲になったという。それが志賀の言う超新星の名残だと。
「みんな、双眼鏡で星雲を確認したら次の人に回してくれ!」
順番にインフィニティ星雲を見て、一同はその壮大な世界を堪能した。それぞれが星空を眺めて思い思いのことを考えている。そこはあまりにも幻想的で宇宙の大きさに人間など存在しないかと思えるほどである。
今にも落ちてきそうな星たちを捕まえるには人が少なすぎる。いつも見ている星空が違う世界でここはパラレルワールドであって、今日の自分たちはその扉を開けて入ってきた彷徨い人だと愛莉は錯覚を起こした。
十数人の人間がその場にいるにもかかわらず、そこは非常に静かでそこに何も存在して
いないと思えるほどであった。暗闇の中、愛莉の手に何かが触れた。ゆっくりと横を見ると、隣には駆がいて星空を眺めている。気のせいであろうと、愛莉は再び顔を上げた。するとまた一瞬手が触れたような気がした。
もう一度駆を見ると、さっきと同じ姿勢である。いたずらやわざとでもなさそうだ。駆の横顔を見ていると、懐かしい記憶が蘇ってきた。駆は憶えているかどうか分からないが、幼き頃遊んでいて陽が暮れると、よく空を眺めて、祖父から教わった覚えたての星座や星物語を駆に話していた。愛莉は無意識に駆の手を握っていた。
暗闇の中、頭を上げていた駆が愛莉のほうを見た。
ほんの二~三秒であろうか、駆は再び空を見上げると愛莉の手を強く握り返した。愛莉はなぜそうしたのかわからない。暗闇がそうさせたのか、それとも懐かしい記憶が忘却の彼方から戻ってきたからか、手を握っていた時間は長く感じられ幼少期の頃から、今この時までに思えるほどであった。
どれくらいの間、静寂に包まれたのであろう。一瞬の冷たい風がそれを終わらせた。
「よ~し、みんな、そろそろ戻るとするか」
志賀の号令に現実世界へ戻された一同は、まるで寝起きで愚図る子供のようであった。
一同はゆっくり歩き、眠い目を擦りながら宿泊棟に向かった。誰も言葉を交わそうとしない。いつもおしゃべりでムードメーカーの駆も一言も話さない。
「どうした駆?寝ているのか?」
ここはキャプテン野上の登場である。
「起きてるよ!あんなモノ見せられたら、いろいろ考えるよ!」
「へ~、駆でもそんな風に思うんだな。天文部の力かそれとも自然の成せるわざか?」
「天・文・部~~~」
顔も見にくい暗がりでその声は響き渡り、皆はビックリした。駆と野上のすぐ後ろにいた紀子と江美理がそう合唱した。
「そうだよな!君たちのおかげだよ」
冷静な野上は江美理の頭を撫でた。もちろん同じ学校の後輩という意味でそうしたのをわかっているのは江美理以外の全員だ。
「先輩、お話の続きしましょう」
そう言って江美理は野上の手を引き、皆より先に走って行った。
「やれやれ、野上くんも災難よね。ねぇ?愛莉」
紀子はそう言ったが隣にいた愛莉は下を向いている。なにか様子がおかしいと紀子は思った。そう言えば、さっき江美理と野上に答えた時もいつもなら率先して言うはずなのに、明らかに普段の愛莉らしくない。
「愛莉、どうしたの?眠たいの?」
紀子がそう聞いても愛莉は首を横に振るだけでなにも答えない。心配になりながらも、前を歩く駆に話しかけたが、こちらも何だかいつもと様子が違う。
そして駆は走り去った。宿泊棟に戻り、ロビーで駆が待っていた。それより先に帰った江美理と野上は喫茶コーナーで話をしている。
愛莉たちに気づくと手を振って笑っている。夜も遅いので他の人に迷惑がかからないよう静かに志賀が話した。天文部は翌日帰るので今いるサッカー部の咲や駆に軽く挨拶して長い一日が終わった。志賀と菅原に遅いから早く寝るように言われたが、目が覚めて仕方がない。迷惑をかけないと約束して閉店している喫茶コーナーで缶コーヒーでも飲んで談話することにした。
喫茶コーナーには真っ暗で外は見えないが窓際席に早くからいる江美理と野上。その席からひとつあけて翔子とはるかの二年コンビ。一年生は皆部屋に戻って、離れたところに野々宮。皆のコーヒーは彼が奮発し、得意顔
でひとり缶を啜っている。中央に愛莉、紀子、咲が一緒の席に座り、隣の席に駆、木村、設楽のトリオ。
江美理と野上以外は皆静かだ。
「なぁマネージャー明日何時起きだっけ?」
イスでブリッジしながら木村が聞いた。
「明日は二時間遅れよ。疲れてるでしょ?ゆっくりすればいいわ」
「マネージャーの時の咲ってカッコイイ」
そう紀子がはやし立てると、木村が紀子にいつもの咲のことを聞いた。
「そんなこと男子が気にすることない!さては木村くん、まさか咲のことを・・・」
「何言うんだ!村田。うちの部は昔から、キャプテンとマネージャーがカップルって決まっているんだよ!」
「え~!ウソ~!」
木村のその言葉に近づいてきていた江美理が叫び、隣の野上がすかさず言った。
「おい木村!いい加減なことを言うな。皆、誤解するだろ?」
頭を掻きながら謝る木村。今度はその矛先を変えた。背中あわせに座って頭を下げている愛莉と駆の肩を叩きながら言った。
「それにしてもふたりともどうしたんだよ。さっきから一言も話してないぜ!何か気まずくなるような事でもあったのか?」
そう言われてお互い振り返り、一瞬目が合ったがすぐに視線をそらした。愛莉はスクっと立ち上がり「お休み」と言って部屋に戻った。
それから一同も無言のまま解散した。紀子が部屋へ戻ると、愛莉は窓際のソファーに座って外を眺めていた。声を掛けようか迷ったが愛莉が口を開いた。
「紀子、時間の長さっていつも一緒だと思う?私は違うと思うんだ」
いつもの元気はなく愛莉は静かに言った。
「同じ時間でも楽しい時は短くて、イヤなときは長く感じるっていうやつ?それって何て言うんだっけ?」
「相対性理論」
いつもの愛莉とは全く違う口ぶりである。さっきロビーで木村に指摘されるまでもなく、紀子は明らかに愛莉の様子がおかしいことはわかっていた。愛莉に尋ねたが返事がなかったのでよっぽどの事だと感じた。
展望台から戻りながら紀子は考えていた。
あの時、愛莉の横には駆がいた。きっとその時に何かがあって愛莉の様子が変わったと。
「愛莉、ひとつ聞いてもいい?」
紀子は愛莉の対面に置かれているイスに腰掛けて聞いた。愛莉は頷いた。
「何でも答えてとは言わないけど、今晩あったことは私にも言えないこと?」
紀子はいくら親友とはいえども、自分も含めて何でも話しているとは思っていない。しかし、今夜の愛莉を見てそれが彼女にとって一大事であることは容易に察しがつく。親友だからこそ、あえて愛莉が答えづらい質問をぶつけた。愛莉は空を眺めている。
「そうだよね!好きな星、私はシリウスで紀子はプロキオン。大小、差はあるけど同じいぬ星座だもんね!」
少し愛莉の顔が明るくなった。そして、愛莉は展望台であった出来事を紀子に話した。話し終わると紀子は少し神妙な顔をして考えたが納得したのか、何度も頷きながら言った。
「私は幼馴染がいないから、なんとなくだけど、さっき愛莉がエミリに言っていたように男女間の恋愛じゃないというのも分かる。いつも愛莉のそばにいる私は理解できる。でも・・・沢口くんがどう思うか・・・」
「そうかぁ。でもアイツ、そんな風には感じないとは思うんだけど・・・」
「そう思うなら愛莉、一度彼とちゃんと話をしたほうがいいよ!」
「そうだよね」
寝息を立てている菅原を尻目にふたりはシリウスとプロキオンを眺めた。




