天体観測会
夜十時を迎え、愛莉たち天文部にとって一年で一番のイベント、天体観測会が始まった。本来もう少し早い時間で行うがサッカー部と合同でもあり、先に肝試しをすることから、この時間に行うことになった。
昼の間炎天下で激しい運動をしたサッカー部にとっては時間の遅さと、夜のゆったりした観測というただでさえ眠たくなるような事で辛い者もいるだろうと考慮して、この観測会は自由出席というカタチをとった。
それにもかかわらず滅多にない夜間の女子との交流の時間を無駄にはしないと、ほとんどのメンバーが顔を揃えた。しかし、頭と身体は違って、天文部部長の野々宮が説明に入るとコクリと頭を下げる者が出始めた。
退屈な野々宮の演説にも似た説明が終わると一年生が冊子を配り、それをもとに二年生の江美理を中心に、天文部一年生とサッカー部員に初歩的な天文知識と星の物語などを語った。同時にみんなで苦労して製作した天体図を使って方角や星の位置を説明した。
「今までの説明で何か分からないところありますか?」
甘えた声で二年生の渡辺はるかが言うと眠っていた者も一斉に目を覚ました。
「ほとんど分かりません!」
ふざけて駆が言うと、はるかが困った顔をしたので横から野々宮が出てきて助けようとしたが、一同はブーイングを起こした。代わりに愛莉が前に出ると、今度は拍手が起り、またもや野々宮は拗ねて後ろに下がった。
歓迎された愛莉は少しはにかんだ。
「皆さん南の空を見て下さい。まだ低くて見えにくいですがS字のカタチに見えるのがさそり座です。ちょうど真ん中に赤く光る、さそりの胸あたりにあるのがα 星のアンタレス。これは私達の太陽と同じ恒星といい、将来超新星爆発を起こすと言われています」
愛莉がそう説明すると、咲が手を挙げた。
「今まで爆発した星はありますか?そうなると、私達にも見えますか?」
咲が質問すると口々に地球も爆発すると言ったり、隕石が飛んでくると言ったり、宇宙人が避難してくるなど色々言い、その場が笑いに包まれた。
しかしサッカー部員はタフである。昼間の運動量を考えると夜も深まり眠気を誘う天体観測は一番堪えるであろう。愛莉は光の速度やそれらの星までどれくらいの距離にあり、どれくらいの時間がかかるかなどを説明し、当分そのようなことはないと答えた。
だが咲の質問には答えられないので専門家である顧問の志賀に代わった。満を持して登場した志賀は熱心にかつ分かりやすく説明した。科学的に過去たくさんの超新星爆発の記録が残されており、それらが起こった場合は肉眼でも見えるものもあり、その後時間が経過し星雲のかたちで見える。例えばアンタレスの場合では地球からの距離が約550光年、光の速さで550年かかる。
言い換えれば我々は550年前の姿を見ていることになる。と言うことは現在アンタレスが超新星爆発を起こしていても、いつ見られるかわからない。
志賀の難しい説明で折角興味をもって聞いていたサッカー部員も再び寝入ってしまい、あちこちでいびきも聞こえてきた。
「途中でスイマセン先生!先ほど来島が質問した見える超新星爆発というのはないのですか?」
数少ない、起きて真剣に聞いている野上が志賀の説明を遮った。
「すまない。少し長くなったな!そうだなぁ、え~っと・・・」
志賀は空を見渡し何かを確認した。
「村田、ちょっとそれを貸してくれ!」
隣の紀子が持っていたコンパスを渡した。
それを見ながら志賀は言った。
「あと三時間ぐらいすると、ちょうどあの岩のあたりに昇ってくる星座がある。そこにはインフィニティ星雲というのがあって、それは過去に超新星爆発を起こした星の残骸だ」
志賀はそう言うと、うす暗く不気味にシルエットを映す尖がった岩に光を当てた。
「あ~~!それだ!先生ありがとう!」
愛莉のあまりの声に寝ていた者がビックリして起きた。皆なにが起こったのかわからない。
そして、岩に向かって走って行く愛莉をただ見送るだけであった。愛莉に続き紀子と咲も後を追った。
志賀が呼びとめたが聞くはずもなかった。三人は闇に消え、皆は呆気にとられたが志賀は話し続けた。
「どうしたの?愛莉!」
やっと追いついた紀子が聞いた。
「天の矢印だよ!紀子。星よ、星だよ」
「そっかぁ!あの岩は星を指しているんだぁ!でも、どの星を指しているのかな?」
そう紀子が言って前方を見上げた。そして咲も着き同じことを聞いた。続けて今見えている星の名を聞かれたので愛莉が答えた。
「あれはプレアデス、日本ではすばるとも言うの。星がいっぱい集まった星団で下に見える赤い星はアルデバラン」
「ふ~ん、じゃあ、すばるが答え?」
そう咲に聞かれたが答えはわからない。岩が差す方向は確かに東の空だが、季節や時間によって見える星は違う。そう、動いているからだ。
< 天の矢印> と言ったものの、多すぎてそう簡単に特定できない。そんな選択肢の多いやり方で目印を残すものか。自分たちの、それもサッカー部を招いての天体観測会を放り投げてまでやってきたのに、とんだ頭打ちである。少し落ち込む愛莉。
「愛莉、大丈夫?」
「あっ、そうだね。咲が私に聞いてたんだよね?ゴメンね。すばるじゃないかも・・・」
愛莉と紀子はケータイを見ながら考えをまとめた。
空に見える星空を忠実に再現する天文ソフトをケータイにダウンロードして、いつもそれで確認している。
さすがは天文部に在籍しているだけのことはある。
東から南の空は天体ショーが目白押しで全天の中でも目
立つ星が多い。それだけに矢印が差す星を特定するのは難しい。
「ねぇ、いくらあの岩が尖がっていても、そんなピンポイントに星を指せる訳ないと思うんだけど・・・ということは星座かぁ!」
愛莉はそう言うともう一度ケータイを見た。
紀子も見ながら考えている。
「ねぇ愛莉聞いてもいい?」
咲が聞くと、愛莉は頷いた。
「それって、さっき私が質問した超新星爆発と関係あるのかな?」
愛莉と紀子は顔を見合わせた。
「咲、またお手柄だよ!紀子、さっき志賀先生が言ってたのは・・・」
「インフィニティ星雲!」
愛莉と紀子は同時にそう言い、お互い頷いた。
なぜか咲はガッツポーズをしている。
「まだ昇ってないね。あと一時間ぐらいかぁ、戻って先生に詳しく聞こう」
愛莉はそう言うと、紀子と咲の肩を叩き促した。
紀子は咲の頭を撫でた。三人が観測会に戻ると、なんだか賑やかしくなっており寝ている者はいなかった。
どうやら天体望遠鏡で順番に土星を観測しているという。よく見ると、その望遠鏡に見覚えがあった。
野々宮自慢の望遠鏡である。
「見て、見て愛莉、野々宮のあの顔」
「いいんじゃない!たまには・・・こういう時にしか彼の力が発揮できるとこないし」
野々宮にしてみれば、ここに着てからというもの、ブーイングを浴びたり、天敵紀子にバカにされたりと散々な一日であったから、この機会を逃すまいと張り切るのも、致し方ない。愛莉の言葉は少々キツイがそこは一応天文部部長の気持ちを理解した。
「あ~、いいなぁ!私も見たい」
「行っといで咲。よく見えるよあの望遠鏡。かなり高額みたいだから、野々宮いわく」
咲が望遠鏡の列に並ぶと交代に駆が来た。
「なぁ、どこ行ってたんだよ!オマエら夕方から何コソコソしてんだ?何か楽しいことでも見つけたのか?オレにも教えろよ!」
「ダメ~!女同士の楽しみを何でアンタに教えなきゃならないの?」
愛莉はそう言いながら、人差し指で駆のおでこを突こうとしたが、ためらって指を引っ込めて下を向いた。
拍子抜けしたのか、駆は目を見開いている。愛莉はそっと紀子を見ると、無表情でこちらを見ている。
「紀子、先生のとこ行こう」
愛莉が静かに言うと紀子はコクリと頷いた。
「なにか収穫はあったのか?」
志賀は特に責めるわけでもなく軽く言った。




