肝試し終了
それとは逆に圧倒的に女子のほうが多い天文部で声を上げているのは一年生の女子といつも前で得意げに話す、あの男である。その情けない男を置いて先に進む紀子は前を行く翔子たちに合流した。
「あれ?ひとりなんですか紀子先輩。部長とペアじゃなかったんですか?」
「あんなダメ男と一緒にいたら、こっちまでおかしくなるわ!一緒に帰ろう」
そう言って紀子は木村、翔子ペアと同行することになった。この肝試しはサッカー部が毎年合宿の折に開催していて、女子マネージャーがだいたい四~五人ほどいるのでその数でペアを組み、残りの男子はお化け役とスタッフという構成で行っている。もちろんそれも抽選で決める。
「ねぇ野上くん、聞きたいことがあるんだけどいい?」
愛莉と野上ペアは折り返しの神社を過ぎ、下り坂をゆっくり歩いていた。お化け役部員の脅かしもこのふたりにはあまり効かない。それは肝試しに来ているというよりは話しをずっとしていて、周りをあまり気にせず怖がる暇がないといったほうがいい。
「いいよ。何だい?」
「前にオリーブで私たちが、野上くんに数学のことで聞いたこと憶えている?」
「え~っと、確か、組み合わせが何通りあるかってことだったよな?」
それは愛莉と紀子がボールの鍵を開けるために入れる三桁の数字が四組、その組み合わせが何通りあるか、理数クラスの野上に聞いた時のことである。
「あのあとに野上くん、違った方法ですれば、きっとチャンスがあるって言っていたでしょう?それって誰かに聞いた言葉?」
「あ~、あれは本で読んだことがあるんだ。確か物理学者の言葉だと記憶してるんだけど、家にその手の本がたくさんあって、その中の一冊に書いてあった。それがどうかした?」
愛莉はその言葉が祖父の手紙に書いてあり、同じ言葉なので野上の読んだ本が祖父の書いたものか聞いたが覚えていないらしい。
「そうだ。週末には合宿終わるから、帰ったら連絡するよ。ウチにおいで!おじいさんの書いたものか確かめよう。他にも何かあるかもしれない」
「ありがとう。その時はよろしく!」
一番手の木村、翔子ペアがテニスコートに戻ってきて準備係の者が出迎えた。最初に翔子が見えたので、てっきり横にいるのが木村と思いきや、紀子であった。皆が紀子に聞くとあまりにも情けない男子二人を置いて、紀子と翔子がペアになり帰ってきたという。
しばらくしてトボトボと飼い主に怒られた犬のように木村と野々宮が戻ってきた。それを見たサッカー部員は笑いでふたりを出迎えた。次に設楽とはるかのペアが戻ってきて拍手で迎えられた。
肝試しも終盤に差し掛かり愛莉ペアもキャンプ場の松林の中に入った。夏休みでここも大盛況である。
あちこちでランタンの灯りが燈り静かに話し声が聞こえる。微かな笑い声につられてふたりも顔が緩む、それはなだらかな下り坂の先に見えるテニスコートの灯りと、すぐ近くで見えるキャンプ場の灯り、そこには幸せそうな笑い声、爽やかな風、バーベキューで焼いている美味しそうな匂い、それらを包み込む満天の星空。
その全てが今この瞬間に愛莉の体を突き抜ける。
「愛莉~、愛莉~」
振り返ると光がグルグル回っていた。それは後ろから来ていた咲と須田のペアであった。
あまりの気持ちよさに愛莉はその場に留まり過ぎて時間を忘れてしまっていた。横にいる野上をも巻き込んで・・・。愛莉と咲ペアの四人が戻ってくると、皆は絵になる連中だとか、ドラマみたいだとか、冷やかした。恥ずかしくて愛莉と咲はすでに着いて腕組みをしている紀子のところにきた。
「よかったわね!ふたりともパートナーがイケメンで!私なんか翔子と帰ってきたよ」
完全に拗ねている紀子をなだめるのに結構な時間がかかった。それも江美理と駆の声でかき消された。
江美理が愛莉のもとへやって来たからだ。もちろん愛莉はその意味を理解していた。そして江美理に袖を引っ張られた。
「ちゃんと言ったよ!エミリ」
うるさい江美理に先手を打った愛莉。
「ありがとうございます。それより、沢口先輩はどうも愛莉先輩のことが好きみたいですよ!知っていました?」
「うん!知っていたわよ!」
「え~!」
江美理は気をつかい小さな声で話していたが、愛莉の返答で思わず声が大きくなった。
紀子と咲もビックリして近寄ってきた。
「だって、幼馴染だもん!」
「だったら愛莉先輩、沢口先輩と付き合ったらいいじゃないですか」
「あのねぇエミリ、言うのは勝手だけど私はアイツのこと別に好きじゃないし、アイツが好きって言うのも、私を女としてという意味じゃないの!わかった?」
愛莉はあまりにもしつこく自分本位な江美理に釘を刺した。その一言が効いたのか、江美理は頭を下げてその場を去った。
「なんかいいなぁ!」
小さな声で紀子が呟いた。どうしたのかと咲が聞くと、いつもケンカばかりしているように見える愛莉と駆の間になぜか入っていけず、突っ込んではいるけれども自分なりに違和感があるという。
それは長い間に培われた幼馴染という壁が大きすぎて腰が引けてしまうのだと。愛莉が言うよりもっと深い間柄だと思い知らされた。紀子は愛莉の言葉がそれをより物語っていると感じた。子供の頃より親の仕事で転校ば
かりを余儀なくされた紀子にとって、愛莉と駆のような関係は羨ましくもあり、また自分が無いものねだりで恥ずかしくもあった。
紀子が話し終わると咲が明るく言った。
「だったら、紀子も今からそういう関係をつくったらいいじゃん!始まりがないと、続けようにも続けられないよ」
「そうだね!たまにはいいこと言うね!咲。ありがとう」
そして最後のペア志賀と菅原の教師コンビが帰ってきた。皆は拍手で迎えたが、お化け役をしていたサッカー部員が声を上げた。
「不倫!不倫!」
ヘンな手拍子でそれを連呼した。ほかの者がなぜかと聞くと、始終菅原が怖がり志賀の服の袖を持って歩いていたからだと言う。独身の菅原は泣きそうな顔になり、志賀は眉をひそめ怒りを堪えていた。井尻が何をバカなことを言っていると、怒り拳骨をした。
「ヒドイこと言うよね!アイツら。そういえば、この間志賀先生を街で見たよ。一緒にいたのたぶん奥さんだと思うんだけど」
咲がそう言うと、興味津々の愛莉と紀子が目を輝かせ聞いた。
「それでどんな人だった?」
「小柄で凄くキレイな人だったよ。お似合いでなんか妬けちゃったな!」
「え~!咲、志賀先生狙い?」
「違う!違う!志賀先生って割とクールで若い時は凄くモテたなぁって感じでしょ?」
愛莉と紀子は頷いた。そういえば志賀は天文部顧問ではあるが、担任ではなく難しい物理の授業ぐらいしか接点がなく、もちろん本人もプライベートのことはあまり語らないので咲の情報は新鮮で興味があった。
無事に肝試し大会も終了し、各ペアが神社から持ち帰
ったカードを出した。そこには番号が書かれてあり、それによって景品が割り振られている。
愛莉と野上のペアは遊園地の招待券が当たった。
「ほら、北山。やるよ!」
景品を受け取った野上が愛莉に渡した。
「いいの?野上くんは行かないの?」
「ああ、あまりそういうところ興味ないし、一緒に行くヤツもいないし・・・」
「ウソ!野上くんだったら、一緒に行く人ぐらいいくらでもいるでしょ?折角ペアでもらったのに・・・じゃあ私、紀子と咲を誘うから野上くんも誰か誘って!皆で行こう」
少し考える野上。
「駆だったら・・・イヤか?」
「どうして、そんな風に聞くの?」
「なんか、いつもケンカをよくしているから、どうかなって思って・・・」
いつもの野上にしては遠慮をしているというか、気を遣っているというか。愛莉にしてみれば紀子や野上に、自分と駆のことでヘンに気を遣わしている。
自分はそんなつもりで駆に接していなくても、周りは必ずしもそう思わないかもしれない。もう幼少期の間柄ではないと愛莉は深く考えたのであった。
「気にしなくていいよ!私も親友を誘うから野上くんも親友を誘って!」
「わかった。楽しみにしてるよ」
「うん!」
夜が深まり星たちもたくさん輝き始めた。
愛莉の目の前にはぎょしゃ座α 星カペラが光っていた。




