絵の謎解き
宿泊棟に戻ると入浴の時間になっており、順番に入るよう菅原が各部屋を回っていた。
愛莉たちも用意をして風呂場のほうへ向かった。
そこにサッカー部の皆が帰ってきて、咲がふたりに気づきやってきた。
「あっ、私も一緒に入る~。待ってて!」
返事をしようとすると横から駆が言った。
「オレも一緒に入ったらダメかぁ?」
横にいた設楽と木村もニタニタ笑っている。
「いいよぉ!」
愛莉がそう言うと、言われた本人より設楽、木村その他の部員がオ~っと叫び声を上げた。駆は豆鉄砲をくらった鳩のように声も出ない。
予想外の愛莉の言葉にビックリした様子。隣の紀子も驚いて思わず声が大きくなった。
「ちょっと~、愛莉本気?嘘でしょ?」
「いえ本気よ!どうする?女風呂に入ってくる勇気ある?」
愛莉のその度胸に駆もたじろぎ首を数回横に振って、設楽と木村に部屋に帰ろうと促し、おどけて愛莉に向かって敬礼をして、その場をあとにした。
その横を野上が笑って通り過ぎ、すました顔の愛莉を見て紀子が言った。
「もうビックリしたよ。まさか愛莉、幼馴染だからイイよって意味だと思った」
「バカぁ!んな訳ないじゃん。アイツにはあれぐらい言わなきゃダメなの!」
そうこうしている内に咲が走ってきた。
「男子たちどうかしたの?今そこですれ違ったら凄く騒いでいて、何かあったの?」
「別に何もないわよ。さぁ行こう!」
涼しい顔で愛莉がそう言うと、紀子が咲の体を押して三人で風呂場に向かった。長めの入浴から出たあとはお待ちかねの夕食である。だが、それよりも愛莉と紀子にとって大事な用がある。
先ほど風呂でその段取りをしていると、好奇心旺盛な咲も一緒に行きたいと言い出した。折角のおいしい料理をゆっくり食べられず黙って出て行く。
それでもいいから連れて行けと、行けばきっと楽しいことがあると勝手に言う咲の情熱に愛莉と紀子は根負けした。夕食に先駆けて今晩の予定をサッカー部顧問の井尻が説明した。
食事は十八時から九十分間のバイキング形式で食するということである。他の宿泊客も多くいるので名門桜貴学園の名を汚すようなことだけは決してないようにと、生活指導も兼ねる井尻がする月並みな教師の話においしい食事を目の前にした生徒が聞くはずもない。
愛莉たちに幸いしたのはバイキング形式の食事ということである。皆が動き出し自分たちは速攻で食べ、グチャグチャになったのを見計らって出ようと打ち合わせした。井尻のあと、サッカー部員木村が肝試しは夕食のあと三十分後に始めると説明をした。
それから、交代して天体観測担当の野々宮が説明を始めたが皆の空腹が限界に達し、ブーイングが起こった。ほとんどがハードな練習をこなしたサッカー部の連中だ。それを見た愛莉たち天文部はケラケラと笑い、誰からともなくフライングで皿を持ち動き出した。
さらに天文部員は爆笑し、野々宮は面目丸潰れでひとりトボトボと席に戻った。それぞれ席が決まってはあるがバイキングなので皿を持って自由に動くため、始まると何がなんだかわからないようになり、三人は少なめに皿へ盛り慌てて食べた。
ガヤガヤと騒がしく、スプーンやフォークが皿に当たる音がそこかしこで聞こえ、大宴会といった様子である。その中を堂々と三人は出て行き、誰も気づく者はいなかった。
「ねぇ、どこまで行くの?食べたばっかりだから、横腹痛くなっちゃう」
三人の中で食べるのがいつも一番遅い咲が手でお腹を押さえながら言った。
「すぐそこよ。ほら見えるでしょ?」
展望台は宿泊棟からも見えて歩いても五分もかからないが、逸る気持ちと時間の制約があるのでどうしても小走りになってしまう。
「いま何時?まだ余裕あるよね?」
展望台に着き愛莉が紀子に確認した。
「大丈夫!ただいま十八時三十分。まだ日没まで三十五分くらいある」
そう言ってケータイを開き紀子が答えると、状況を把握していない咲が横から覗きこみ、マジマジと見ながら紀子に聞いた。
「この待ち受けって何かのおまじない?」
「違うの!よく見て咲、この絵とほら目の前の景色」
「あ~、似てる~。でも、この絵は山がひとつしかない!それに右下に何か書いてあるね。小さくて読みにくい」
目を凝らして咲が見ていると紀子が画面をタッチしてその部分を拡大した。
「ここ、かぁ?で、ここに何があるの?」
咲は天然ボケなところがあり、愛莉と紀子はいつも首を傾げることが多い。
「こっちが聞きたいわよ!咲」
またいつもの訳のわからないことを言う咲の言葉と思ったが、愛莉はもう一度いま咲が言ったことを復唱した。そして自分のケータイをよく見た。
「そうかぁ。お手柄だよ!咲、ありがとう」
分からずに礼を言われた咲と紀子がお互いの顔を見合って、首を傾げた。
「ほら、紀子!今まで私たち、画家の名前だと思ってたけどよく見て。< H・Ere> はヒアーよ!つまり< ここ> だよ」
愛莉にそう言われ紀子は声も出せず目を丸くして頷いた。気づいた愛莉もそうだが今までふたりで何度も絵を見て検討し、キャンバスの絵まで見ているのにたったいま一瞬見ただけで全く違った視点で見た咲の洞察力に恐れ入った。と言うよりは咲の方が自然で愛莉と紀子がいかに先入観でものを見ていて、違った角度から見る余裕がなかったということである。
「紀子、そこで合わせてみて。私がここに立ってみるから・・・この辺かな?」
愛莉は絵に「ヒアー」と書かれた辺りに立ってみた。その位置に何か意味があると思ったからだ。
紀子がケータイと実際の絵を見比べて、「ヒアー」と書かれた位置を調整して愛莉に指示する。
ちょうど愛莉が見ている方向は紀子と咲と向かい合っていて、まもなく太陽が沈む時間なので直射日光で眩しくて目を開けていられない。
太陽は沈んでいくほどその輝きを増す。まるで落ちていくのを惜しむように。愛莉はあまりにも眩しいのでおでこに手でひさしをつくり、時より顔を動かして調整をした。
「愛莉、そこよ!その辺でいいよ」
紀子がそう言ったものの、特別なにが起こるわけもなく変わったところはない。
「ねえ愛莉、それは何をしているの?」
何が何だかわからない咲が聞くのも無理はない。
何も説明していないのだ。眩しさに溜まらず愛莉は紀子と咲のところに戻った。そして、咲に説明した。
絵に書かれた案内図の文字のアナグラムがサンセットだから、いまこの時間にここで何かが起こると思い試してみたが、何も起こらない。もう時間がない。
まもなく太陽は沈む。焦る中で愛莉はもう一度、さっきの位置に立ってみた。しかし眩しいだけで、やはり何も変わらない。目を閉じて考えた。
そして、パっと一瞬目を開け太陽を見たが、もちろん眩しくて一秒以上見ていられない。愛莉は後ろの柵にもたれていたが体を反転させて恵夢山の方に向いた。
まるで眩しい太陽から逃れるように。そして柵に手をかけ、ため息交じりに下を見た。
しばらく下を覗き込んでいたが段々、愛莉の体が柵を乗り越えていくので、紀子と咲は心配して愛莉に近づき体を掴んだ。
「どうかした?愛莉、危ないよ」
「二人とも気を付けて見て!ほらあそこ」
愛莉が指をさした方に何かが微かに光っているようだ。よく目を凝らして見てみる。
「なに?矢印、だよね?」
紀子と咲は愛莉に聞いた。
「そうだね。左向きの矢印に見えるよね」
そして、陽が落ち、矢印は消えた。
「え~!」
三人は一斉に声を上げた。
「これを見せたかったんだよ。あの絵」
愛莉が静かに言った。三人は身を乗り出していた柵から降りて、それぞれ黙り込み考えた。
「あれ石だよね?どうして、光っていたのかな?そんな石ってあるのかな?」
紀子はそう言って愛莉と咲を見たが咲は首を傾げ、愛莉は暗くなった空を見ていた。
「おそらくだけど、陽が落ちていま見えないでしょ?昼に下を見たときも見えなかった。でも私が眩しくて下を見たとき光っていたよね?あれって石自体が光っていたんじゃなくて、太陽の反射だと思うんだ!」
続けて愛莉は言う。太陽が昇ってから日中の間その影響は絶大で燦々と輝く。だが暮れかけてくると徐々にその力が弱まり、眩しさだけが際立ち斜めからの光で影がより出来る。この展望台では正面に恵夢山を見たとき、後方から太陽が当たる。
そうすると、自分の影で下が暗くなる。周りはまだ太陽の光が僅かに差し、柵の間から夕陽が差し込む。
その時に自分の影と周りの僅かな光と柵からの光が微妙なコントラストで石を照らす。
愛莉はそれが偶然、矢印のように映ったと推理した。まさにアナグラムで現れたサンセット。僅かなタイミングでしか見えない現象をあの絵が導き出した。
「お~~!すごい!さすが東都大受験生」
「なにそれ?まだ受けてないよ」
見事な愛莉の推理に驚く紀子と咲。紀子がボケると、愛莉がすかさず突っ込む。
「冗談はさておき、じゃあ矢印の意味はどういうことかな?左を見ろ!かな?」
そう紀子が言うと三人は左側を見た。太陽が完全に落ち薄暮になっている。そんな中で左側にあるのは不気味に天を貫くように尖った巨大な岩がそびえ立つ。
「あの岩、先が尖がって矢のように見えるね。左矢印の次は上向きの矢印?空しかないじゃん!」
「そうだよ!紀子、空だよ」
愛莉が上を向いてそう答えると咲はポカンとした顔をし、つられて空を見た。
そこには薄っすらと星が見えている。
「とりあえず、ここまでのようね」
愛莉は夕食時間もそろそろ終わるから、一旦引き揚げようと紀子と咲に言った。ふたりは静かに頷いてそれ以上、愛莉に聞くことはなかった。
無言のうちに三人はその場をあとにした。来る時とは違いゆっくりと宿泊棟に向かった。
ある程度の謎は解けたがまた新たな問題が出てきた。いつまで続くのか。愛莉はそう心の中で呟いて少し不安になったが後悔はない。歩きながら横を見ると夜空
を見上げる紀子と咲、愛莉も顔を上げると、頭上には夏の大三角が輝いていた。




