恵夢山キャンプ場
学生にとって夏休みは他の休みとは全く違った特別の期間。色々なドラマがあり、何かが始まり、何かが終わる。中高生ではそれぞれ三回の夏休みが訪れ、一年ごとに思い出も変わり、成長途中で自分も周りも戸惑うことが多い。愛莉もそのひとりであり、二年生の夏休みは進路すら決まっておらず、短い夏を楽しむだけしか頭になかった。未来はおぼろげにしか存在せず、自分には関係ないことのように思って日々過ごしていた。
だが今年はガラリとその様相を変え、進むべき未来が燦然と輝き、また身の回りの出来事が今まで止まっていたかのように急激に動き出したとさえ思えた。
そして、待ちに待った夏休みに入りまもなく、こちらも楽しみにしていた天体観測会当日を迎えた。
愛莉たち天文部は十人の部員と引率の顧問二人で計十二人、学校からは電車とバスを乗り継いで目的地の恵夢山キャンプ場に向かった。この観測会を迎えるまでは準備が大変で今年は特にサッカー部を招待するという初めての試みで用意することが多かった。
二、三年生はある程度経験しているが一年生はまず、天文知識を勉強することから始まって今年の場合は天体図製作や招待用の冊子作り、慣れないことが多く先輩以上に疲れたが、毎年この観測会を終えると部員は天文というよりは宇宙に触れ、それまで以上に熱心になり益々深く入り込んでいく。
ある者はその後、カメラマンやアウトドア関係で世界中を飛び回る道に進み、またある者は天文学や物理学の仕事に就いたものまでいた。愛莉は今後、後者の道を歩む。電車内はワイワイがやがやとまるで修学旅行のような賑わいで引率のふたり、志賀と菅原は何度も声を荒だけ叱り、まだ始まったばかりにもかかわらずうんざりといった様子である。
それもそのはず、まさに旅行と同じであり、ここに来るまでの事を思うと騒がずにはいられないといった有様でこういう時だけ都合よく、子供だからと言い訳をして大人ふたりを困らせた。
そしてようやく、目的地の恵夢山キャンプ場に到着した。ここは日本でも有数の三千メートルを超す恵夢山の裾野の山にあり厳密には藍山という。
オートキャンプ場、野球場、サッカー場、テニスコート、その他登山やアウトドア全てに対応したレジャーランドである。宿泊施設も充実しており、天文部が泊まるところは宿泊棟で温泉街にあるホテルのような大きさでキレイなところである。ここには二日前からサッカー部も合宿のため滞在しており、文字通り修学旅行といった感じである。
「やっと落ち着いたな!みんな。じゃあこれから部屋割表を渡すぞ」
宿泊棟のロビーで皆を集め顧問の志賀が今晩の予定を説明した。学年ごとに男子女子と分かれて顧問ふたりはそれぞれ三年生と同じ部屋割となった。
解散後、夕食までのあいだ自由時間でそれぞれ過ごし、夕食後サッカー部主催の肝試しに続き天体観測会という予定である。愛莉と紀子は教師の菅原とともに部屋へ入りひとまず休憩をした。
「結構いいところね。正面は恵夢山の絶景が拝めるし、ここにしてよかったね。二年前は逆側だったから山が見えなかった」
「さすが愛莉、と言いたいところだけど最初愛莉はテント張るって言ってたじゃない」
髪を束ねながら紀子が言った。菅原がそれじゃなくてよかったと言うと、愛莉はふたりに夏はキャンプが一番イイと説明して、もともとそうするために、この場所に決め最悪コテージかバンガローにして狙いはテントを張るところまで話は進んだが、紀子と野々宮が反対して宿泊棟に決まった。愛莉としては子供の頃から祖父によく連れてこられ、自然のもとキャンプをすることが身に染みているので皆にも是非味わって欲しいと企画したが虫
嫌いの紀子と面倒なことが嫌な野々宮が珍しく意見が合って愛莉の意見は通らなかった。
愛莉と紀子がそう言い合っているあいだ菅原がお茶を入れ、三人で茶菓子と一緒にそれを啜った。
一段落して愛莉と紀子はレンタサイクルで周辺を巡ってみようということになり、最初にサッカー場に向かった。高原の風は気持ちよく、普段通学で自転車に乗っているがそれが全く違う乗り物にでも乗っているみたいに感じられ、今いる自分たちが別世界にいるような感覚に陥る。なだらかな坂を下った先にサッカー場が見えてきた。そこでは掛け声とともに激しく動く部員たちが走り回っている。
「咲~咲~、お~い!」
部員の怒号が飛び交う中、ふたりの声は聞こえるはずもなく随分近くまで行かないと気づかない。
そこでもう一度ふたりで叫んだ。
「来たよ~!咲~」
やっと聞こえてふたりに手を振る咲。ベンチ近くで後輩マネージャーと重たそうなやかんを持ち、それを運び出している。そこまで近づいて三人でハイタッチをしながら、暑い熱いと言い、持っている団扇でお互いを仰いだ。それに気がついたのか駆が笑いながらボールを持って走って来た。
「サンキュー!差し入れかぁ?」
真っ赤な顔をして駆が言った。
「そんなもんないわよ!それよりサボってないでちゃんと練習しなさいよ!昔から言うでしょ。出来ないヤツほど先に休むって!」
冷たく愛莉が言い放った。
「よっ!迷コンビ復活!」
紀子がそう言うと愛莉は顔をしかめ、咲は手を叩いて笑った。手で追い払うような仕草を愛莉がすると、駆がボールを愛莉に目がけ投げてきた。
軽くしたつもりが結構きつくなり、愛莉も本気で投げ返した。
「おお!ドッジボールが始まったぞ!」
どこからともなくそんな声が聞こえて他の者も交じってサッカードッジボールになった。
愛莉、駆、紀子それに数人のサッカー部員が受けては投げ、段々ふざけてきて笑いが起こった。
愛莉たちがいるベンチ近くから一番遠くにいた顧問の井尻とキャプテンの野上がやってきて、井尻は部員を叱り元の配置につかせ練習を再開させた。
野上と駆は水を補給するため愛莉たちのところへきた。
「どうしてドッジなんかしてたんだ?」
そこに至るまでの経緯を知らなかった野上が水を飲みながら駆に聞いた。
「愛莉が駆を嗜めたら急にボールを投げてきたの。それも本気で!」
駆が話そうとすると咲が野上の前に立ち話しだした。本気じゃないと駆が説明すると、野上が手を挙げて分かったというポーズをとった。
「じゃあまた後でな!怖くて泣くなよ!」
駆がそう言って走って行くと、野上も微笑んでペットボトルを咲に投げて走って行った。
駆が言った「泣くな」とはこの後の肝試しのことで、言った本人が一番怖がりなのを知っている愛莉は駆の後ろ姿を見て苦笑した。
「咲、肝試しどういう風にしてするの?」
愛莉が聞き、紀子も頷いた。
「いつもと一緒ならある所に紙を取りに行くの。毎回男子が用意するから詳しくは知らないけど・・・天文部は女子が多いからいつになく盛り上がっていたよ」
「それより愛莉たち、用意が大変だったんじゃない?」
「そうねぇ、でもみんな頑張ったし、何とかカタチにはなったよ。咲も楽しみにしていて。暑いけどファイト~!また後でね」
愛莉と紀子は再び自転車を漕ぎ探索に出かけた。
かなり広大な敷地なので自転車で周っても相当な時間がかかり、それよりもあまり道を下って行くと帰りが大変。ふたりはそこそこにして喉が渇いたので、そろそろ戻ろうかと話していたところ前方に売店が見えた。
引きつけられるようにそちらに向かった。洋風レンガ造りの建物でとてもキレイである。
美味しそうなニオイと涼しげな飲み物が並べられてあり、愛莉はコーラフロートを紀子は
オレンジシャーベットを注文した。その売店があるところは山の中腹でこれからキャンプに行く者や登山をする者などがいて、さながら峠の茶屋といったところである。ふたりはジュースを飲みながら歩き、その先にある柵の方へ向かった。
そこにはコインを入れて見られる望遠鏡があり前方には雄大な恵夢山、眼下には広大な裾野に抱かれた原生林や七大湖、恵夢の町並み。
「キレイだねぇ!なんか涙が出てきそう」
愛莉は思わず目を瞑った。
「イヤなことも吹っ飛んでいきそう」
ふたりは暫し物思いにふけった。静かな風が吹いて目を瞑っていた愛莉の顔を髪が撫でた。
そっと目を開けたとき、何かが頭の中を駆け抜けた。
「紀子。ここ、どこかで見たことない?」
愛莉は同じく横で目を瞑っていた紀子の腕を掴み揺らした。紀子は目を開け考えた。
「う~ん、どこかで・・・見たような」
ふたりは顔を見合わせた。そして・・・。
「あ~~~!」
同時に叫び、ふたりともケータイを開けた。
お互いがケータイを持ち、目一杯腕を伸ばし前方の景色に合わせた。そう、あの絵とよく似た景色だ。
ふたりは首を傾げた。
「ほとんど一緒だけど恵夢山はふたつ、この絵の山はひとつ。おしいな!」
「でも、紀子~。ここだよ!間違いない。しかもこの位置から見た景色」
愛莉が指差したふたりが立っている場所はタイルがそこだけ色を変えて、< 星見展望台>と書かれている。
下を見た紀子は驚いた。
「でも愛莉、山がふたつだよ。ここは」
絵の構図も同じで柵の位置、案内図の有無、左側に大きな尖った岩。まさにここから誰かが描いたとしか考えられない。ただひとつ、恵夢山の数を除いては・・・。愛莉は俯いて考えた。
「紀子、それがこの絵に隠された秘密。なぜ、ひとつしか山を描かなかったのか?」
「クックック!でも愛莉、まさかここにきて絵の秘密が出るとは思わなかったね。天観のことで忘れていたよ」
緊張が解れたのか紀子は笑わずにはいられなかった。愛莉もつられて一緒に笑った。
「愛莉、場所は解ったけど、この先どうする?もう一度よく見てみよう」
紀子はケータイを開き考えた。隣で愛莉は腕組みをしている。
「絵と違うのは山の数と・・・え~っと」
「案内図!実際の案内図はここから見える景色がちゃんと書かれている。でも絵の中の案内図のところには文字が書かれている」
考える紀子に被せるよう愛莉が言った。書かれていたのは< S・E・NUTS> 、それをアナグラムとみて以前ふたりは並び変えた。
そして浮かび上がったのが< SUNSET> 。
「紀子、今日の日没は何時だったかな?」
「え~っと確か、さっき調べたんだよね。あった、あった、十九時六分」
「ちょうど夕食の時かぁ。なんとか抜け出してここに来よう!」
「そうだね。遠回りしたから分からなかったけど、宿泊棟すぐそこだよ」
そう紀子が指をさすと、宿泊棟が見えた。
自転車で出発した方向とは逆側にあり、ちょうど一周まわってきたようだ。
ふたりは清々しい気分で宿泊棟に戻った。




