料亭にて
桜貴学園の理事長である外川正則は学校経営のほか、手広く事業を展開しており、教育者というよりは実業家の面が強く、営利事業に長けている実力者である。
「失礼します。理事長、今月の報告書を置いておきます」
桜貴学園の事務長である三島明信が言った。
「ご苦労さん。ところで例の件は進んでいるかね?」
キューバ産葉巻を吸いながら外川が言った。
「はい。なにしろ手がかりが少ないので先方も大変だとは申しておりましたけど、必ず探し出すとおっしゃっておりました」
「そうか、それ如何によっては今後の事業を大きく左右するから、くれぐれも失敗のないように頼むよ。今晩、その彼は何といったかな?食事に誘っておいてくれないか?」
「はい了解致しました」
その夜、外川が贔屓にしている料亭にその場には似つかわしくない風体の男が現れた。
ヨレヨレの背広に髪はボサボサ、無精ひげをたくわえてクシャクシャのタバコを吸っている。仲居に案内されてまだ誰もいない部屋に通された。
約三十分後に襖が開き、三島が先に、そのあと外川が入ってきた。
「おまたせしました。私は事務長の三島、こちらが理事長の外川です」
「・・・」
男は鶏のように首だけ動かして、それをあいさつ代わりにした。そしておもむろに立ち襖に手を掛けた。
「ちょっと待って下さい。まだ何も話してないじゃないですか?遅れたことは謝りますから、どうかお気を沈めてください」
慌てて男の手を掴み、頭を下げる三島。
「ションベン・・・」
そう言うと男は部屋を出た。
「おい!三島!なんだ、あの態度は!帰るぞ。失敬なやつだ」
吸っていた葉巻を消し、今にも頭から湯気が出そうな勢いで怒る外川。
「理事長、ここは抑えて下さい。かなり変わった人間だとは聞いていたのですが、ここまでとは・・・」
外川の声は廊下を進む男はもちろん、他の部屋や厨房の方まで響き、タバコを吸いながら男はニヤっとした。それから三島は外川に男の素性について詳しいことを話した。男の仕事は画商。
しかし普通の画商ではなく、埋もれた絵を探したり、表社会に出ない絵を扱ったり、贋作を見極める目が確かで、いわば絵画探偵として、その筋では有名な男であることを説明した。そうこうしているうちに、男が戻ってきた。
「さっそくですが先生、どうですか?その後進展はありましたか?」
恐縮して三島が言った。
「この前も言ったがあまりにも漠然とし過ぎている。ほかに情報はないのか?」
男はタバコに火をつけながら言った。
「ええ、この間お話させていただいた通り、三角形の山が一つ、それと大きな岩が描かれているということです。」
胸ポケットから手帳を出し確認する三島。
「本当にそれだけか?オッサン!」
男は葉巻を指で弄ぶ外川を睨み言った。
「どうして私に聞くのだ!三島が・・・」
外川はそう言いながらアゴで三島を指し、まだ何か言おうとするのに被せて男が言った。
「見たところアンタが絵を趣味にしているとは到底思えない。誰かに依頼されたのだろう。オレはそこには興味がない!引き受けるからには絶対見つけ出す!ただそれだけだ」
ズバリ当てられた外川は観念したらしく、しばらく考えた。恥ずかしさも少しあった。
「君の言う通りだ。詮索もしないというなら私も助かる。思い出すから待ってくれ」
その間、三島が男に料理を勧めビールを注いだ。
外川は右手にビールグラス、左手には葉巻を持って考えている。男はビールを飲みながらタバコに火をつけた。
「あぁ、そうそう確か・・・ユダヤって言っていたような・・・」
自信なさそうに外川は言った。
「ユダヤ?それは画家か?それとも場所のことか?」
男はタバコの火を消して眉をひそめた。
「いやぁ、特定の何かを言ったのではなく、会話の中で「このユダヤは」っていうような事を言っていたような気がする」
外川は思い出すことで力を使い果たしたのか、葉巻を吸う気にはなれずビールを一気飲みして、大きな吐息を漏らした。その横で三島は手帳にメモを取って頷いた。外川の年齢を考えてもこれ以上思い出すのは無理と判断した男はふたりに言った。
「わかった。何か思い出したら言ってくれ。これ以上手がかりがないと言うなら、報酬は高くつくぞ!もちろん、それに見合った仕事はキッチリする」
男はそう言って部屋をあとにした。




