住吉菜穂子
愛莉が休日は高速道路もレジャー客で車が混むからと、普段学校に行く時間とほぼ同じ時刻に車へと乗り込んだ。混むからというよりは一刻も早く例のモノを見たいから、愛莉は父に無理を言った。
「紀子ちゃんとの待ち合わせ、郵便局でいいんだよな?それにしても愛莉なんだ!その格好は?海に行くんじゃないんだよ」
年頃の娘を持つ父親はどこもそうだろう。いつも心配になる。やれ肌が出すぎだとか、スカートが短いとか・・・。龍一もご多分にもれず眠い目をしながら、そういうところはシッカリ見ている。
そうこう言っているうちに待ち合わせの場所に到着した。
「ほらお父さん、紀子のほうが私よりビーチに合う格好よ」
そう言われ目のやり場がないほど困った龍一はやれやれといった感じでサイドブレーキを引き、ドアを開けるボタンを押した。
「おはようございます。お久しぶりです!おじさん、今日はよろしくお願いします」
「いやいや!紀子ちゃん、愛莉がわがまま言ったみたいで、こちらこそヨロシク!」
他人から見ればまるでピクニックへ向かうようで、まさか大学の研究室に行くとは誰も思わないであろう。
後部座席ではしゃぐふたりをルームミラーで見る龍一はさながら観光地のタクシードライバーの心境であった。東都大学は都心より少し離れていて、広大な敷地にキャンパスがあり、愛莉たちが向かう研究所は「東都森」と言われる大学内のさらに奥にある施設で研究棟がふたつ建っており、文字通り森の中で自然や宇宙を学ぶには絶好なロケーションである。
ようやく大学に到着し、正門で許可書を貰い研究所へと車を進めた。
「すごく広いんだね!大学って初めてきた。来年、愛莉もここに通うんだよね?」
「無事に合格すればの話だけど・・・」
初めての場所に少し興奮気味の紀子に対して、それだけの広さを擁する大学に挑戦することの難しさを痛感する愛莉の言葉だった。
「僕たちが通っていたときはまだ東都森の奥は開発されてなく、よく森林浴にきたものだ。あまり勉強熱心じゃなかったしね!」
少し照れて懐かしむ龍一。
「それでも大学の准教授になれるんだぁ」
「こら!お父さんをからかうんじゃない」
父娘の会話を聞いて微笑む紀子であった。
研究棟前の駐車場に車を停め三人は中に入っていった。休日とあって静かな施設内、守衛室で預かった地図を頼りに目的の研究室へと進んだ。
「なんかドキドキするね!」
おそらく三人ともその心境で今まであえて口には出さずにいたが、建物の中に入ると弥が上にも実感し思わず愛莉が口に出した。無言で答える龍一と紀子の反応がそれを物語っている。そして目の前にそれが現れた。
< 宇宙物理学研究所>
扉の上にそう書かれている表札は国家の頭脳と呼ばれる施設の割には簡素なもので、そのモノ自体にはあまり関心がないといった感じである。
「おじゃまします」
扉を開ける前から静かだったので、それに合わせて愛莉も小さな声で言った。場所を間違えたと思うほど全く人の気配がしないので心配になったが、奥のほうで金属音とともに声が聞こえたので三人はそちらの方へ向かった。ガタガタと何かが崩れる音がしたので龍一が奥の扉を開けた。
「あ~~!またやってしまったぁ!」
何かの実験をしていたのであろうか、三人が目にしたのは色んな道具が散乱している状況で、その前で呆然とする白衣を着た女性が気配に気づき振り返った。
「スイマセン!音がしたもので勝手に入ってきてしまって・・・大丈夫ですか?」
申し訳なさそうに龍一がそう言うと、愛莉と紀子も会釈をし、自己紹介をした。
「こちらこそ申し訳ないです。いきなりで驚いたことでしょう。こんな無様なところをお見せしてお恥ずかしい限りです」
穴があったら入りたいというのはこのことで、初対面のまして自分を訪ねてきた人たちにこのような騒がしい出会いで申し訳ないと何度も謝るので逆に愛莉たちが恐縮した。
「紹介が遅れました。私はここの研究員をしている住吉菜穂子です」
菜穂子は権三のもとで学んだことやその後の将来を気にかけてもらって導いてもらったことを話し、愛莉と紀子がソワソワしているのを察して早速本題に入った。
彼女によると、地震後この建物こそ崩れなかったものの、中はどの部屋もグチャグチャになって研究器具
や資料の大半が破損したり、失ったりしたという。
この研究室は一階と二階が半分吹き抜けとなっており、二階の天井が崩れそこからそのモノが二階フロアに落ち、そこから一階に転がってきたという。
研究室のほとんどのものが壊れる中、そのモノだけが無傷で皆は不思議がっていたが、それもそのはずその形状こそがそのモノの身を守った。
概要を説明して菜穂子は愛莉たちを隣の部屋へと案内した。電気をつけると実験器具の中にひときわ目立つ黒い物体が部屋の奥に置いてあった。
菜穂子がどうぞと促して愛莉たちは逸る気持ちを抑えて奥に進んだ。目の前のそれは不気味に黒くまるでボーリングの球のようであった。ただ違うのはその球らしきものが転がりもせず安定していることであった。
「これが謎のボールです。発見されてから、そう私たちは呼んでいます。いろいろ番号合わせを試してみたのですが、お手上げ状態でそんな時に北山さんから連絡をいただいてホっとしていたところです」
数ヶ月間、その物体は部屋の隅に置かれ、今まさに陽の目を浴びるところだが、これが本当に権三のつくったものであるならば、数ヶ月どころかもっと長い年月が流れて、それをいま確かめることができる。
そう権三が亡くなって五年、このような手の込んだものならば、つくるのにそれなりの時間がかかるはずなので相当な月日が経っているだろう。
愛莉たちは恐る恐るそのモノに近づいた。
番号を知っている愛莉が前に立ち、息を呑んだ。
そのモノは丸い球ではあるがなぜか安定していて、転がる様子はない。
「ひとりでは重たいので手伝います。せーので、愛莉さん一緒に引っくり返してください。気をつけてくださいね」
横から菜穂子が球の下部を持ち、愛莉が上部を持ち掛け声と共に引っくり返した。ゴロンとその球は転がりフラフラと龍一の前にきたのでそれを足で止めた。
置いてあった位置とちょうど逆になったその球は下部が四角く凹んでおり、それが扉になってある。
その表面には〈STAT〉、〈SURD〉の刻印と三桁の数字が四組あり、ファックスで送ってもらった通りであった。この数字を合わせるのは昔ながらのダイヤル式になっており、自転車の鍵などに使われているものを改造したようだ。その場の空気が一瞬にして緊張に包まれ、愛莉は皆の顔を見渡すと全員が頷いた。
まず一つ目のダイヤルを回す。カチカチと若干指が震えて緊張が皆にも伝わる。< 823> 数字を合わせたが特に何も起こらない。続いて隣のダイヤルを回す。
< 017> つくってから時間が経っているからか、それとも簡単な鍵を改造したものだからか、時折回りにくくて引っかかるようだ。一度、愛莉は深呼吸して紀子を見つめる。おそらく同じ気持ちであろう彼女も乾いた唇を拭って頷く。愛莉は手を、結んで開いてのように数回動かした。三個目の数字、< 631> 四人もの人がいる室内だが張りつめた空気の中、それを感じさせないほど静寂に包まれ時間が止まっているようだ。
汗や唾を飲み込む音さえ聞こえそうで皆が息をしていないと思えるほどである。そして最後の数字、< 003> それを合わせた瞬間なにかが起こると全員が思っていたが何ひとつ状態はかわらない。
それぞれが顔を見渡し、最後に皆が愛莉を凝視した。そこにいる全員が期待したことと違っていて番号違いだと思ったのである。一番ショックだったのはもちろん愛莉である。長らく悩んで、やっと閃いた数字を遠くまで来て皆の見守る中、期待通りに開けられると思って合わせたが何も起こらない。




